第72話 アシュレイ視点



「よ、養子…ですか?オレ…じゃなくてボクが…?」



 侯爵家の一件から5日。まだアシュリィは目覚めない。現在オレとお嬢様は王宮でお世話になっている。アシュリィと魔族の方々も一緒だ。

 アシュリィの部屋にいたら、なんだか急に国王陛下に呼び出された…怖。オレなんかしたかな…?


 あのレイチェル様の姿をしていたのはリンベルドという魔族だったらしい。あのままだと人間の国を滅ぼしかねない状況だったから…彼を討ったらしい。やったのは魔剣に選ばれたオレだが…。

 だがそのまま世間に公表すると、人間と魔族の関係が悪化する可能性があるとのことで、一部変更して公表するらしい。その結果オレの行動は無かったことにせざるを得ないと謝罪されたが…別に構わない。

 オレはただ、アシュリィとお嬢様を守りたかっただけ。なぜあの剣がオレを選んだかは不明だが…アシュリィの力になれたのなら、それでいい。

 彼女が目を覚ましてくれれば…オレの報酬は、それだけで十分だ。



 そして今朝、呼ばれた。オレみたいな平民が陛下に謁見って…怖いんですけど。アルバート殿下の父上とはいえ、なあ…。

 だが逃げる訳にもいかず、腹を括って呼ばれた部屋に向かう。そこにいたのは陛下、宰相、アルバート殿下とヒュー様。あと…見覚えの無い、貴族。

 誰かと思っていたが、なんとこの方はブルジャス公爵家当主だと紹介された。なんでそんな人が!?


 なんか王族公爵家に囲まれているオレ(宰相のオスカー様も、アギラール公爵家出身である。家は彼のお兄様が継いでいる)。逃げたい。切実に。

 そんな面子がオレになんの用かと構えていたが…冒頭に戻る。




「そう。こちらのブルジャス公が其方を迎え入れたいと言っている。其方はその年で執事として優秀だと聞いているし、剣術もまだまだ伸び代がある。更にアルバートと親しいと聞く、是非息子の学友となって欲しい。

 それに…称号も授かっているらしいからな。」


 称号。それは誰もが持つものではない。確かこの国でも数人しかいないと聞く。オレももちろん無かったが…気付いたのは一昨日のこと。




 オレは、ガイラードさんに稽古をつけてもらっていた。彼はオレにとって、家族を救ってくれた恩人だ。彼もオレのことを覚えてくれていたらしい。


『ああ、お前はあの時の。

 あの後…お前を逃した少年に、あいつには手を出すなと言われてしまってな。最初から悪いようにはしないつもりだったが…お前には幸福の魔法をかけて逃しといた。…うむ、元気そうでなによりだ。』


 そんなことがあったのか…。それで、その幸福の魔法とは?


『まじないに近いものだ。お前の運勢を少し上げる…お前の進むべき方向に導いてくれる魔法。だがお前が行動しなければ意味は無い魔法だ。それにかけられた本人が自覚したら効果は無くなる。…今、切れたな。もう…必要無いな?』


 オレは…知らないうちに彼に導かれていたのか…。



『はい…ありがとうございました!オレは…この先、自分の力で前に進みます!!』


 オレがそう言って頭を下げると、彼は微笑みながらその頭を撫でてくれた。…いつか、オレもこんな風になりたい…!

 オレの周りには会長にハロルドさん、そしてガイラードさん…目標にしたい人が沢山いる。いつか、そんな大人に…!


 そのまま稽古をつけてもらったのだが…なんかおかしい。身体が…軽い??

 ガイラードさんも驚いていた。人間の子供にしては動きが良すぎる、と。オレ、あの一件で強くなったとか?まさかー…。そうだとしても、一気に上がりすぎだ。そこでステータスを確認すると…。


『あ…レベルが3になってる。能力値もそれぞれ上昇してるな…。それと…称号?』


『え!?称号を授かったのか?読んでみてくれないか。』


 一緒にガイラードさんに扱かれていたヒュー様がそう言う。えーと。


『称号:魔剣に選ばれし者。効果は…《魔族・魔物との戦闘時、全ての能力値が2倍になる》だそうです。すげー。』



『………すげー。じゃないよっ!?私は今から陛下にご報告に向かうから!!』


『え?あ、はい。』


 彼はそう言い残し去って行った。残されたオレとガイラードさんは顔を見合わせ首を傾げる。いやまあ、局所的とはいえ確かに凄い効果だけど…あんなに慌てるほど?






 …と思っていたのに。公爵家が欲しがるほどに凄いものだったんだな…。

 でも、養子か…。この話を受ければオレは公爵令息になる。そうすれば…殿下やお嬢様、アシュリィと対等になれるかもしれない…!もちろん殿下はオレより上だけど、アシュリィの立ち位置ってどうなんだろうな…?

 とにかく、オレは前向きに考えていた。次の公爵の言葉を聞くまでは。



「君も知っているかもしれないが、現在我が家には娘しかいない。その娘も隣国に嫁ぐことが決まっていてな…君にはブルジャス家の分家の令嬢と婚約し、後を継いで貰いたいんだ。」


 ———…………。



「………身に余る光栄でございます。畏れながら…このお話、お断りさせていただいてもよろしいでしょうか。」


 オレの発言に、陛下と公爵と宰相が目を見開いている。殿下とヒュー様はニコニコだが。


「ほら、僕が言った通りでしょう?アシュレイは断るって。」


「な、何故だ?君にとっても悪い話ではないと思うのだが…?もしも公爵を継ぐのが不安だとしても、婚約予定の令嬢は優秀だから大丈夫だ。君を必ず支えてくれる。」


 宰相がそう言うが…そこが問題なんだ…!

 だが言うべきか!?言っちゃうのオレ!?この場で!!?さっきから殿下とヒュー様がオレの背中をグイグイ押してくる。


「ほらほら、言っちゃえ。言わないと強制だよ?そこは理解してるでしょ?」


「今しかチャンスは無いよ、ほらほら。」


 分かっていますとも!!オレは平民、相手は王族の血を引く公爵家。命令されればオレは受けるしかない。今は提案という形だけど…!


 ああああああちくしょー!!!





「ボクは…好きな人がいます!!今はまっっったく意識されていませんが…オレは…!


 オレは!アシュリィが!!好きなんです!!!」






 最初はただ、可愛いなと思っていただけだった。


 初恋を自覚しても、ただ「一番近くにいる、優しくて可愛い女の子」だから好きになったんだろうと思っていた。

 なんつーか、カルマがそんな感じだ。あいつはアシュリィにアタックしていたが…今は他の女の子に夢中だし。オレも身の丈にあった女の子が近くにいれば、そういう子を好きになるんだろうと思っていた。


 彼女はオレよりも遥か高い場所にいて、とても追い付けねえ~…と思っていたし。でも…一緒に過ごして。執事の勉強もして。…オレよりもオレのことを心配してくれて…オレの身体の古傷を全部綺麗にしてくれて…。

 その時決めた。彼女に追い付き、並びたいと。今は守られてばかりだけど…いつか、オレが彼女を守るんだと!

 しかもその後、旦那様とハロルドさんから「アシュリィは君の治療をしたくて上級魔導書の閲覧許可を求めたんだよ」なんて聞かされたオレの気持ちがお分かりか!?

 

 それでもオレはまだまだで。全然アシュリィに追い付けない。…会長…トレイシーの方が彼女と並んでいて。

 …アシュリィが魔族だと確信した時は悩んだ。オレやお嬢様はどう足掻いても彼女より先に年老いて死んでいくだろう。オレはいいけど…残される彼女の気持ちを考えると…と思った。それでも、一緒にいたい…。


 そして、今回。正直…死ぬかと思った…。オレも強化されていたけど、相手がめちゃくちゃ強い上に怖かった…。でも、不思議と逃げようとか引こうとは思わなかった。

 それは…アシュリィがいたから。彼女を置いて逃げるなら、死んだ方がマシだ。それに…もしも死んだとして。最期にアシュリィがいてくれるなら…オレは…。


 最期まで一緒にいるなら、アシュリィがいいと思った。



 街で買い物をしていても。服を見ればアシュリィに似合いそうだなと思ったり。お菓子を見ればアシュリィが美味しそうに食べる姿が思い浮かんだり。

 気がついたらいつの間にか…オレの中心にはアシュリィがいた。それをトロに相談したら…。


『ベタ惚れじゃないの…どうしろっていうのさ。』


 と、返された…。そして今すぐ本人に言ってきなさい、と部屋を追い出された。言えるかバーカ!!






 そして…何今の状況?なんでオレは公開処刑受けてんの?羞恥に耐え切れないオレは、ソファーに膝を抱えて座り泣いている…。



「だってえ…アシュリィ、怖いもん見て眠れなくなったって言って…オレの布団に普通に潜り込んで熟睡してるしぃ…。これって、オレ男として見られてないんでしょう…?」


「え、どうかな。こう、男として頼りにされてる感じしない?」


「どうでしょう…?どちらかというと抱き枕扱いでは?」


「そんでえ…オレも同じように眠れなくなって…アシュリィの布団に潜り込んだけどお…さあ来い!っつって普通に受け入れられたし…。」


「「何してんの!?」」



 なぜか殿下とヒュー様に相談…というか愚痴を聞いてもらっている。陛下達はというと、3人で顔突き合わせてヒソヒソ話してる…。




「どうする?相手は魔王の娘だぞ。私も最初はジェイドの嫁にいいかと思ったが…降りた。」


「そういうことは早く言え!!私は魔族を敵に回す気は無いぞ。」


「いや敵と決まった訳ではないだろう、マルクス。」


「とにかく。それでもあの少年はどこかの家に養子にした方がいいと思うぞ。オスカー、アギラール家はどうだ?」

 

「うちだと…後継者問題がな…。」




 

 しかもなんか…廊下の向こうからもの凄い足音が聞こえる…明らかにこの部屋に近付いている…。



ドドドドドドドドドドド!!!

バッターン!!!


「ちょっと!!!今この部屋からウチの可愛い娘に愛の告白したような気配感じたんだけど!!?

 駄目だよジルベール、アシュリィはあと300年はお嫁にあげないよ!!?」



「うああああああん!!オレ300年後絶対死んでるーーー!!!」


「陛下ーーー!!人んちで走ってはいけないと申したでしょうがー!!

 …って、何子供泣かしているんですか!?」


「可哀想…ボク、こっちおいで。」


 現れたのは…魔王陛下と側近の女性2人。オレはもういっぱいいっぱいで、ついに決壊した。



「え、え、え。ごごごめん!?ええっと…アシュレイ…えーと?ジルベール、どういう状況?」


「リャクル!!魔族基準で考えるでない!それに娘が可愛ければ望む相手と添い遂げさせてやれ!!」


「いやいやいや!!君は娘がいないからそんなことが言えるんだ!!」



 もう…陛下2人は言い合いを始めるし。オレはお姉さん2人に慰められて…ちょっと嬉しい…。でも殿下とヒュー様が恨めしそうな目を向けてきて、アシュリィにチクるとか言うし。宰相と公爵はなんか遠い目してるし。


 


 アシュリィ…早く起きてくれ。…今はまだ駄目だけど、いつか必ずオレの想いを伝えるよ。

 でも多分…お前は魔国に行くんだろうな。せっかく父親が見つかったんだから。だったら…オレも行く。力をつけて、会いに行く。


 だから…オレ頑張るから。また、お前の笑顔を見せてくれ。



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