第71話 リリーナラリス視点



「お嬢はまだ目覚めないのか?」


「ええ…もうあれから3日経つのですけれど。」



 私は現在、恐れ多くも王宮にお世話になっている。先日の件でアミエルの屋敷は全壊、使用人も…多数亡くなったわ。

 お父様も亡くなったと聞いた時、驚いたしショックだったけれど…それほど悲しくはなかった。私って、自分で思ってた以上に薄情なのね…。



 

 そもそもあの日…私はベンガルド伯爵家にてアルビーと共にアシュリィ達の帰りを待っていた。もう夜中でいつもならとっくに寝ている時間だけれど、どうしても眠れなくて。ちなみにランス様と第三王子殿下はもう寝たわ。

 そんな時…執事のハロルドが「そろそろお休みになられては?」と言ってくれた、瞬間。まず殿下が持っていたティーカップを落とし、倒れた。驚いて受け止めようと立ち上がったら…私も、倒れてしまったわ。もの凄い…身体の奥底から感じる不快感と共に。ヒュー様が駆け寄って来るのが見えて、私の意識は途絶えた。



 目を覚ますと…アシュレイが目の前にいたわ。どうやら私は意識不明だったようで…アルビーも同じくらいに目覚めた。他にも体調不良を訴える使用人はいたらしいけれど、全員回復したようね。なんだったのかしら…?

 ところで…アシュリィは?一緒じゃないの?


「アシュリィも少し体調不良を訴えていましたけど、すぐに回復して…アミエル侯爵家に向かうと言っていました。リュウオウの主人を一時俺に託し、何か…追い詰められている様子でした。

 放ってはおけません、オレも今から向かいます。お嬢様と殿下は待っていてください。」


 待って!あの恐ろしい色に染まった空…我が家の方角だわ。きっと侯爵家で何かあって、アシュリィはそこに向かったのでしょう?なら私も…!と思っていたら…



「君達、遅いよ。ほら早く乗って乗って。リュウオウはアシュレイの命令じゃなきゃ飛ばないんでしょう?」


 アルビーが、すでに乗っていたわ。私とアシュレイは思わずその場に倒れた。これがアシュリィの言っていた、ずっこける、というやつなのね…。


「殿下!危険です、先程アシュリィ様が、侯爵が禁術をしようしたと仰っていました!ここはアシュリィ様にお任せして…!」


「やだ。行く。僕も行く!」


「殿下…!わっ!」


 アルビー…ヒュー様に対して魔法を使ってまで、アシュリィの心配を…!


「僕が、行くの。リリスとアシュレイも。」


「…分かりました。では、私も同行致します!私から離れないようお願いします!」


「約束は出来ない。行くよ!!」


 そうしてリュウオウに乗り込み、出発…!しようとしたら。


「キュ?」


 キュ?今のは…リュウオウの声ね。なんだか…彼が持っている、古い剣が…カタカタ震えている?


「リュウオウ…その剣、なんだ?」


「クルルル、グウウン…」


 何か言っているけれど、彼の言葉はアシュリィにしか分からないわ…。



「それ、アシュリィちゃんに渡されたって言ってるわ。なんでも大事な物で、いつか必ず必要になる時が来る…魔剣ですって。」


「!ジュリアさん、起きたんですね!」


 アシュレイがジュリアと呼んだ彼女は…ベンガルド家専属の魔法師、だったかしら。…女性として、羨ましいスタイルね…。アルビーも凝視しているわ…彼の頬を強く抓りながら聞いてみる。


「あなたは彼の言葉が分かるの?」


「正確には、このアタシの精霊が訳してくれてるわあ。精霊同士は言葉が通じるし、このコの言葉ならアタシも分かるもの。」


 魔剣…そう言っている間にも剣は震え続け…ついにリュウオウの手からすっぽ抜けた。そして…ふよふよ浮かび…そのまま…アシュレイのもとに。

 すると…!


「「「光ったああああ!!?」」」


 すごい…!さっきまでボロボロだったのに、アシュレイが触れた途端に眩しく発光し、白銀に美しく輝いているわ!まるで宝剣…!!


「すごい、どういう仕組み!?アシュレイちょっと貸して!!」


「え、はい、どうぞ!!」


 アルビーが手に持つと…輝きが消えたわ。私が持っても同じ。でもアシュレイが再び持つと…


「「「おおおおおおおお!!!」」」


 すごい、また輝いたわ!!もしかして…今が、この剣が必要な時なのかしら!?私達が3人で興奮していたら…



「行かれるのではないのですか!?」


 …ヒュー様の声に我に返ったわ…こんなことしている場合じゃないでしょう!!ジュリアはここを守ると言うので、今度こそ4人で飛び立つ。まあ、飛行中もずっと剣の話題で盛り上がっていたのだけれど…。アシュリィから通信があったらしく、全然気付かなかったわ…アルビーがデルタをヒュー様の言うことも聞くようにしておいてくれて助かったわ。



 でも屋敷が近付くにつれ…恐ろしい…不快感がまた込み上げてきたわ。一体、何がいるの…?


 そうして見えてきた屋敷は…壊れてるわ!?



「アシュリィ、アシュリィー!

 アシュリィーーー!!大丈夫か!?」


「アシュレイーーー!!」


 アシュリィの声が聞こえる…!彼女の姿が見えたと同時に…惨状も目に入った。

 倒れている人、アシュリィとそっくりの顔の男性、そして彼女達が対峙している相手は、紛れもない…!


「お、母様…?」


 肖像画でしか見たことはないけれど…確かに私のお母様、レイチェル・アミエルだわ…!アシュリィはアレは悪魔だと言う。…ええ、私もアシュレイも、彼女を信じる!!

 そのままリュウオウが飛んでいたら…


「ギャウッ!!?」



 え?え?ええ~…?


 何か見えない壁にぶつかって…落ちたわ。なんとかラッシュが受け止めてくれて助かった…アシュレイは自分で着地したけど。どうやらこれは結界のようね、とても強力な…!!


 そしてなんとか中に入ったけれど…より近付いたことで分かる。なんて禍々しい気配なの…!?アレを倒すには、アシュレイの持つ剣しか効かないらしいわ。彼にしか使えないとも。でも、アシュレイの技量が足りない…!!


 どうしよう、どうすればいいの!?アシュレイにくっついて来たはいいけれど、何も出来ないじゃない…!!アシュリィも彼女のお父様もお仲間も、皆ボロボロになるまで戦っているというのに…!!


 私達は、ただ見ているしか出来ないの…!?




 その時。アシュリィが…いつも強くて格好良くて頼もしいアシュリィが。涙を…流していた。

 誰も死なせたくないのに…!と…。私は…彼女の涙を見たくない。いつも笑っていて、無茶をして、元気でいてほしい。


 その涙を見た時…わずかに残っていたお母様の形をしたモノに対する情は消え去った。私は、母よりもアシュリィを選ぶ!!

 するとアルビーも同じようで…私達は手を取り合った。そのままヒュー様の制止も聞かずに歩き——




「泣かないで、アリス。」



 …アリスって誰かしら?彼女はアシュリィよ。でも…今はこう呼ぶべきだと思っちゃったのよね。




「お願い、リリー!!アル!!」


 アシュリィが、私をリリーと呼んでくれた…ずっと、そう呼んで欲しかった。私は彼女と、アシュレイと。主従でなく…対等な友人で在りたい!!!


 アルビーと共にアシュレイを強化する!すると彼の動きは私にも分かるほどに速くなった!!

 私達目掛けて瓦礫や魔法が飛んでくるけれど、それらは全てヒュー様と精霊達が受け止めてくれる。お願い、アシュレイ!!アシュリィを泣かせるあの悪魔を…倒して!!!



 そうしてアシュレイの激しい猛攻の末…彼女は倒れた。そうして、何事か言い残し…息絶えた。


 …あまり役には立てなかったけど、アシュリィのお父様ももう終わりだと言う。その言葉を聞いたアシュリィは。終わった…?と呟き…そして…。

 お父様に縋って、泣き出した。

 私は彼女に泣いて欲しくないけれど…今は、このままにしておくべきだと思った。せめて、と思いアルビーとアシュレイと一緒に後ろからぎゅーっと抱き締める。お父様は大きくて温かい手でずっと彼女を撫でていた。そして空いている方の手で、私達のことも抱き締めてくれた。…ふふ、素敵なお父様ね。

 



 その後近衛騎士団や陛下がやってきても彼女は泣き続け、やがて夜が明けた頃…眠った。そのままお父様がアシュリィを抱きかかえ、陛下のもとへ行く。




「やあ、ごめんねジルベール。お屋敷壊しちゃった。後で魔力が回復したら修復するからさ。」


 へ、陛下に対してなんて軽い…!大丈夫なのかしら!?


「はあ…リャクル殿、説明を求める…。」


「はは、殿は要らないよ。国王同士、フランクに行こうじゃないか。魔国じゃ皆僕に遠慮しているからね。」


 …ま、魔王陛下!!?あの方が!?じゃあアシュリィは…王族ってことじゃないの!!?対等どころか私より上じゃない!!

 だからヒュー様も急にアシュリィ様って言うようになったの?…私もそう呼ぶべきかしら?でも…アシュリィはそう呼んだら泣きそうな気がするわ…やめとこう。

 でも…そのヒュー様も驚いているわ。もちろんアルビーもアシュレイも。アシュレイなんか「と、遠すぎる…」と別の意味で泣きそうね…頑張って。








 そうして今回の騒動は…お父様…アミエル侯爵が禁書を使い、魔国で封印されていた悪人を解き放ってしまった。魔王陛下と部下とアシュリィはそれを止め、その悪人対策に遺されていた魔剣がアシュレイを選び…倒した。訳が分からないわ…?


 でもまああれだけ派手に暴れてしまえば…誤魔化しはきかない。でもそのまま公表する訳にもいかず…陛下は、私なんかにも意見を求めてくださったわ。


「リリーナラリス嬢。今回の件…ルイスを庇うことは出来ない。なんとか君達子供だけは守るが…アミエル家の信頼は…取り戻せない。」


「…構いません。私は全てを理解できておりませんが…今回の騒動、全て父の責なのですよね?でしたら…どうか魔族の皆様に類が及ばぬよう、世間に公表していただきたく存じます。」


「いやあ、暴れたのは事実だけどね。ははは。」


「其方は黙っていてもらえないか!?今からどう公表するか会議だ!!私とリャクルとオスカーで!」


「はーい。君はアシュリィのお友達でしょう?あの子まだ目が覚めてないから…側にいてあげて欲しいな。」


 そう言って魔王陛下は、私の頭をポンポンして会議室に連れて行かれたわ。…本当に素敵なお父様ね、アシュリィ。


 …彼女は、魔国に行くのかしら。どうやら魔王陛下はアシュリィの存在すら昨日まで知らなかったそうなのだけれど…きっと、一緒に帰るのよね。


 …いつか別れる日が来るのは分かっていたけれど…やっぱり、やだなあ…。

 でも…彼女の幸せがそこにあるなら…。




 話し合いの結果。

 お父様が禁術を使いお母様を蘇らせようとした。だが失敗し、そのままお父様は死亡。呼び出したモノは恐ろしい悪霊で、たまたま別件で王宮に来ていた魔王陛下とその側近、陛下の娘が力を合わせ消滅させた。…ということにするらしい。

 大体その通りだけど…アシュレイの活躍は公表しないことにしたらしいわ。そうすると魔剣の説明もしなくてはならないし…でも、国王陛下や魔王陛下、私達は分かっているから!!





 ねえアシュリィ、貴女に報告しなくてはいけない話が沢山あるのよ。だから、早く目を覚まして…。そういえばアイニー様も起きないようだけど。魔法で眠っているだけらしいから、大丈夫よね。


 さっきまでトレイシーという男性もいたけれど、どこかに行ってしまったわ。…ふふ、アシュリィったらモテモテねえ。私も、貴女が男性だったら絶対に好きになっていたわ。



 だから…早く、起きて…。

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