第70話 これは誰かの走馬灯
「リスティリアス=ノイシド=ウラオノスを今代の魔王に任命する!!」
前魔王だった曽祖父の言葉と共に、姉であるリスティリアスの魔王就任が決定した。
何故俺は選ばれなかった。神の加護がなんだという、そんなもの…強者に縋らなければ生きていけない、弱者に与えられるものだろうが。
…まあ、いい。姉が王ともなれば、俺の議会での発言力も大きくなるだろう。この機に、目障りな人間共を一掃する。
我々魔族と人間は、およそ200年前から争いを続けている。それまでは互いに暗黙の了解で不可侵だったのだが戦争のきっかけになったのは…ああ、そうだ。俺か。
まだ子供だった俺が人間の国にこっそり侵入した。不可侵と言っても、魔族は度々人間の国に赴いている。それは技術の進歩を観察したり、ただの娯楽としてだったり。俺は、人間というものに興味があった。
そうして辿り着いた人間の国。外見は我々と大差無いが…なんと脆弱なことか。転んだだけで血が出る。馬に蹴られただけで死ぬ。…このように弱い生物が…この世界の支配者?
「其方はここで何をしておる?ここは王族の住まいぞ。疾く失せよ。」
俺が人間観察をしていたら…人間の子供に声をかけられた。偉そうな奴だな…何が王族だ。弱いくせに。このようなガキを敬う人間共の気が知れないな。
王とは。圧倒的強者でなくてはならない。全てを捻じ伏せ屈服させる力。それが備わって初めて王と言える。
「聞いておるのか!死にたくなければ…」
「うるさい。」
喧しいので、殴り飛ばした。それだけで身体は吹っ飛び壁に激突し、絶命する。弱い、弱すぎる。俺が人間観察に戻ろうとしたら…
「き、きゃあああああ!!!誰か、誰かあ!!殿下が…!!」
…喧しいのが増えた。なんなのだ、一体。
人間共が増えてきて、面倒だから皆殺しにしようと思ったが…曽祖父より人間の国に行くならば、騒ぎを起こしてはいけないと言われていたのを思い出す。
はあ…帰るか。ここで得るものは何も無い。
「待て、そこの子供!!余の息子を殺したのは貴様か!!」
…これが王か。この程度で王なら…俺は神か?
「だからなんだと言うのだ。」
「全員取り押さえろ!この者を斬首に処す!!」
…くだらない。俺がひと睨みすれば、全員竦んで動けなくなる。それでどうやって、俺の首を落とすと?
「弱い、弱い。貴様ら人間共など、俺に指一本触れることも叶わぬ。」
「貴様は、魔族か…!?」
「それすら見抜けぬか。はあ、人間とは弱い上に愚かなのだな。もう良い。」
そうして海を渡り国に帰った。帰った後も…何故この世界を人間なぞが支配しているのか…俺の疑問は尽きない。
そんなある日。どうやら人間が攻めてきたらしい。俺が殺したあの子供、大国の唯一の王子だったとか。そしてその国と同盟国がなんか…来た。詳しくは知らん、きっかけなんぞ、興味無い。
しかしまあ、面白い。数に物をいわせて我々を討つと言うか!これは神が寄越したチャンスに違いない。神も人間を疎ましく思っているのだろう!
だが魔国は、大半の者が人間と争う意思を見せなかった。まさか、腑抜けたか?
俺は俺と同じ考えを持つ者をまとめ上げ、人間の国に攻め入った。そうして殺した。沢山、沢山!!だが足りん、もっとだ!!
だが…200年の間に気付くとこちらも人数が減っているではないか。小癪にも人間共は知恵を絞り、弱いなりに奮闘しているようだ。それでも俺が出てしまえば、なんの意味も無いが。
英雄と呼ばれる騎士も。賢者と謳われる魔法使いも。俺の敵では無い!!だが人間は殺す端から生まれてくる。しぶとさと繁殖力の強さは虫並みだな。
「人間に和平条約を提案する。」
「…は?」
何百年と人間共との小競り合いが続いているが…とうとう頭がイカれたのか、魔王である姉がそのようなことを議会で提案しやがった。まあ、当然可決されるはずもない…
「それが良いですな。」
「これ以上、双方に犠牲は必要ありません。」
「!?何故だ!貴様ら、正気か!?」
「無論正気だとも。…リンベルド、お前の人間嫌いは知っているが…これは魔国、いやこの世界全体の問題だ。お前だけの意見など通らん。
人間には賠償としてこの国にある魔石やら宝物を…」
この、クソ姉がぁ…!!これまで何人の同胞が犠牲になったと思っている!!?
「その何千倍の人間を殺した!?そもそもこの争いは、数百年前にどこかの阿呆が人間の要人を殺したのが始まりだろうが!!!」
「誰が阿呆か!!俺は間違ったことをしてはいない!むしろ無能が王になるのを阻止してやったのだ、感謝されこそすれ恨まれる筋合いではないわ!!」
俺がそう叫ぶと、部屋の空気が変わった。
「やはり貴方だったのか!」
「なんてことをしてくれたのですか!?」
何故だ、何故俺が責められる!?お前らだって、心の奥底では望んでいた筈だ!この世界の支配権を我々に!!愚かで惰弱な人間を魔族が管理し隷属させる!!理にかなっているではないか!!!
「もうよい!!リンベルド、お前は牢にて頭を冷やせ!!処罰は追って沙汰を下す!!」
暫くの言い合いの後、リスティリアスがそう下した。当然受け入れられるものではない。ないのだが…この国最高クラスの戦士が揃うこの議会にて、どれだけ抵抗しようとも逃れられはしなかった。
そうして俺は牢に入れられた。だがいくら時間が経とうと俺の意思は変わらない。ここを出たら、もう手加減も遊びも無しだ。全力で人間の国を滅ぼす!!くそ、魔力を封じられてなければ今すぐにでも行くのに!!
それから何日ほど経ったのだろうか。人気の無い地下牢に、足音が響く。この音は…
「なんの用だ、リスティリアス。」
「…やはり、分かるか。」
「ガキの頃から聞いた音だ。他の誰でもなく、お前の足音だけは間違えん。」
「………。」
そしてそのまま俺の牢の前に座り込む。魔王陛下ともあろう者が、地面に座ってよいのか?
「良いであろう。今この場においては私は王でなく…ただの…お前の姉でありたい。」
…なんなのだ、こいつは…。その後も取り留めのない話ばかりする。幼い頃の思い出やら、最近の話題まで。何が、言いたいんだ…。
俺は適当に相槌を打ちながら聞いていた。だがリスティリアスは話したいことは終わったのか、立ち上がり俺を見下ろす。
「…お前の意見は、変わらぬか。」
「変わらん。俺が俺である限り、未来永劫変わりはしない。」
「…そうか。」
そのまま、去って行く。その後ろ姿は…昔から変わらない。まるで、俺と喧嘩した後…とぼとぼ歩き屋敷に帰る姿そのものじゃないか。
…もう、こうして姉と言葉を交わすこともあるまい。俺は恐らく処刑か封印か。…あの姉のことだ、封じられる可能性が高い。
このまま終わってなるものか。あいつの使いそうな術式には心当たりがある。それを利用して…いつの日か必ず復活を果たす。信頼出来る部下に俺の全てを記した書を託す。姉の死後封印が弱まったところで…俺が目覚めるために。
だが今俺がいる場所は…真っ暗な空間だ。上も下もなく、何故か自分の姿ははっきりと見える。今頃は…人間の国を蹂躙していたはずなのに…?
漸くリスティリアスが死に、俺は蘇った。筈だったのに…何故だ?
「こんなところでもなぜなぜ言ってるのか貴方は…駄々っ子か!?」
貴様は…アシュリィと言ったか。何故お前がここにいる。死んだか?
「死んでたまるか!!貴方に引っ張られたんだ、私は今寝ているはずなんだから。」
俺はこの小娘共に敗れた。何故だ。確かに器は人間の中でも弱い女の死体だったが…
「それ。ずーっと聞きたかったんだけど…貴方、なんですぐにレイチェル様の身体を壊さなかった?
復活してすぐに壊してもっと強力な器だって探せたろうに。」
ずっと…?こいつは何を言っている。だがまあ…そうだな。
俺が目を覚ました時…目の前には人間の男。周囲には生贄に使われたと思われる人間共。目の前の男は泣きながら俺に抱きついて来ようとしたから…気色悪くて殺した。
そしてすぐに外に強力な気配がいくつかあるのを感じた。紛れもない同胞達だ。その中でも1人、圧倒的存在感を放つのがいた。それこそが今代の魔王だと理解した。
だから…そいつらを従えて手始めにこの国から滅ぼすつもりだった。手足は多い方がよかろう。
「そんな理由!?貴方思ってたより頭悪いな!?」
誰の頭が悪いと!?王たる者、有能な臣下は多ければ多いほどよかろうが!!
「誰も彼もが貴方に従うと思うなよ!!」
なんなのだこの小娘は!?こいつも赤い目を持っているようではあるが…生前、こんなにも俺に盾突く奴はいなかった。それこそ…リスティリアスくらいしか…
「はあ…どちらにせよ、貴方はもう終わりだ。この後魂がどこに向かうか私も知らないけど…またいつか、生まれて来ることもあるかもしれないね。」
生まれて、くる?生き物は、死んだらそこで終わりだろうが。
「…私の知っている世界では、輪廻転生という…システム?なんて説明したらいいの?そもそも悪人は輪から外れる説も聞いたことあるし…うーん?」
何やら考え始めた。…自分の身体が消えて行く…。俺はここまで、か。
最後に、ひとつだけ聞きたいことがある。
「…何?」
お前は…リスティリアスの最期を知っているか。
「…私が生まれる前に亡くなったが…最期まで貴方の名を呼んでいたと記録に残されている。」
…そうか。もういい、俺は行く。
お前もとっとと…お前の言う愛する者とやらのいる場所に帰るがいい。
「そーさせてもらいますよーだ。…こっちも、最後にひとつ。貴方…ライナスという名に心当たりある?」
…?俺の、息子だが?
「…それ、私の祖父。」
…は??
「お、私も目を覚ましそうだな。じゃーね、曽祖父ちゃん!!今度は弱い者いじめすんなよ!!」
待て待て!待…!!
「…はあ、このシスコンが。…貴方が他者を虐げるようになったのは…リスティリアス様が幼い頃、同じ年頃の男の子にからかわれているのを助けてからだって…魔族全員知ってんだからな。
…そこで弱い者を守るという考えに至らなかったのは、生まれ持ったものだよな…。」
アシュリィの呟きは誰に届くこともなく。ただ虚空に吸い込まれるのみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます