第69話




「泣かないで、アリス。」




 ——は。え?


 

「……お嬢様?」



「アシュレイを強化すればいいんだね?いける?リリス。」


「ええ。アシュレイもアシュリィも私の大切な家族。アシュリィのお父様もお仲間もよ。」



 いつの間にかお嬢様と殿下がすぐ近くまで来ていた。危な…っ!!




「私と精霊でお2人を守ります!アシュリィ様は集中なさってください!」


—我らは消滅しようとも、其方の魔力があればいくらでも再生出来る。気にするな—


—儂も盾になるくらいは出来よう。さあ主人殿、役目を果たされよ—



 ヒュー様、ラッシュ、リュウオウ…



———…泣き言抜かしてる場合じゃねえ!!!





「お願い、リリー!!アル!!」


 私の言葉に、2人は笑顔で頷いた。その笑顔がなんだかとても懐かしくて…頼もしい!


「「強化!!」」


「!うお…っ!っし、これなら…!!」



 凄い、アシュレイの動きがさっきとは比べものにならない。でも…ドロシーが脱落した!



「ガイラードとルーデンももう止めろ!!残りは私がやる!!」


 2人も返事をする体力もないようだ。私はまだ大丈夫。魔力は尽きてるけど…なんの為に8500も体力があると思っている!!残り1200だけど!1になるまで使い切ってやる!



 アシュレイ目掛けてリンベルドの魔法や屋敷の破片などが飛んでいく。それを全て相殺するのはお父様。


「うーん、僕の息子じゃなかったか。でもまあ、子供を守り導くのが大人の役目だよ、ね!」


 すごい…完璧にアシュレイを守りながら、彼の行く手を一切遮ることなく魔法を繰り出している。

 

 アシュレイがリンベルドに迫る!…っ惜しい、躱された!


「まだまだあっ!!」


 だがアシュレイの猛攻は止まらない。お嬢様と殿下のサポートとお父様の守り。これだけあれば…!

 

 あと、一歩!



「そこだっ!!」


「!?ぎゃっああああ!!?」


 捉えた!!リンベルドの腕が宙を舞う。そこで初めて絶叫をあげた。どうやら、今まで痛みも感じていなかったようだな。どうりで躊躇いが無いと思った。ただの死体だもんな、血すら出ない。

 だから余計に恐ろしい。


 でも今…相手が怯んでいる。畳み掛けろ!!


 ベンガルド家騎士団仕込みのアシュレイは、サポートの力もあり並みの騎士を超えている。

 相手の攻撃を躱し、受け止め、攻める!あの剣で負った傷は私には治せない、左右から、前から。時には後ろに回り込み、リンベルドを追い詰める。



「何故その剣からあの女の力を感じる!!?っ何故だ!?何故貴様らは俺の邪魔をする!?貴様らも魔族であれば理解出来よう!?何故種として優れている我々魔族が下等な人間共と手を取り合わなければならないのだ!!可笑しいとは思わんのか!!?何故魔族があのような島国に閉じ込められればならぬのだ!!」


「なぜなぜうるせえ!!貴様はその歪んだ愛国心をどうにかせい!!優れている、の基準は人それぞれ!!私は人間が魔族に劣っているとは思わん!!!」

 

 この状況でやかましい奴だな!!舌噛んじまえ!

 私はハーフと言っても魔族の血が強すぎてほぼ人間要素は無い。それでも、私は…


「私は人間として生まれ…この街に育てられた!!言っておくが、私はこの国を救おうとか人間全ての味方だとか考えて無いからな!!

 ただ私の愛する人々を傷付ける貴様は絶対に許さん!!これで、終いだっ!!!」


「!!が、はっ…」


 フルパワーで動きを止める!要はとどめさえ月光の雫で刺せばいいのだから、もうここで手足がもげようと構わない!!

 後は——


「アシュレイ———!!」


「だあああああ———!!!」




 瞬間、アシュレイが踏み込む。躊躇いなく、一直線に…リンベルドを、貫いた。


 その一撃は、この場にいる全員の力が籠もっているんだ。…貴様には受け止められまい。




「か…」



 …リンベルドの抵抗が、無くなった。




「な、ぜ…」



 念の為アシュレイをこちらに引き寄せ反撃に備える、が…



「不要みたいだね。」


 お父様がそう言う。…うん、うん…。

 リンベルドの身体が沈む。そして…月光の雫がその形を失う。サラサラと、砂のように…天に昇っていく。…何度も見た光景だ。お父様が…貫かれた時。月光の雫は役目を終え、消滅する。それは…リンベルドの死を意味する。



「なぜだ…俺は、まちがっていない…」


 …この後に及んでまだ言うか。でも、そうだな、言うなれば…


 アシュレイの姿を見れば…満身創痍じゃないか。いくらお父様が守っていても、余波までは防げなかったか。…ありがとう、ここまで頑張ってくれて。

 そのアシュレイの手を取り、握る。すると彼もにっこり笑って握り返してくれた。



「貴様…貴方が間違っているとか私達が正しいとか言うつもりは無い。私に決められる話じゃないし…貴方にとっては、確かに正義だったんだろう。

 私は私の信念に基づき貴方を討つことを選んだ。…私は、正義の味方なんかじゃない。」


 だって過去に何度も私は、お父様を助けたいが為に…侯爵を殺したり、目の前で死にゆく人々をただ見送っていた。いい人はそんなことしない。


 だがアシュレイは、更に強く手を握る。


「お前は正義の味方なんかにならなくていい。お前の大事なものだけを守ればいい。オレもお前を全力で守るから。」



 俯く私の頭に、なにか温かいものが乗せられた。…お父様の手だ。そのまま私とアシュレイの頭を優しく撫でてくれる。



「もう眠れ、リンベルド=カインド=ウラオノス。現魔王リャクル=ノイシット=ウラオノスとその娘アシュリィが見送ろう。」


 お父様の言葉に皮肉な笑みを浮かべ…


「いつか…お前達にもわかるさ…おれが、ただしかったと、いうこと…が…」



 そして…息絶えた。…周囲を見渡すけど…誰も身体乗っ取られてないよね?…終わった?



「…終わりだね。お疲れ様、アシュリィ。君達も。」



「…終わった…?」


 …やっ、と…。






 何度も、挫けそうになった。自分は間違っているんじゃないかって、ずっと自分に問い掛け続けて。


 それでももう後に引けなくなって…もう何度繰り返したか分からなくて。


 僅かな光に縋って…お父様を取り戻す為だけに多くの人を犠牲にして。


 いくら時間を戻そうとも私の行いは無かったことには出来なくて。眠れないほどに夢に見て。


 前世まで戻って、愛斗と凛々に出会って…ようやく自分の亡霊と決別して。


 またこの世界に生まれて、今までと全く違う道を歩み…ここまで来た。


 いつも…お父様は死んでしまった。私は何度も「このままじゃお父様がリンベルドに乗っ取られて死んじゃう!!」と叫んだ。お父様は…「それでも行かなきゃいけないんだよ」と言って…何度も…。



 …それが、終わった?




「…なあ、オレまだ混乱してんだけど…このレイチェル様そっくりの化け物なんだったんだ?

 …アシュリィ?」


「う…」


 ああ、駄目だ…



「う、うあ…あああああああああああ!!!!」


「「アシュリィ!?」」


 私はお父様に抱きつき…泣いた。ああ、温かい…生きている、失わなかった、お父様は…ここにいる!!

 そう思うと…涙が次から次へと溢れて止まらない。お父様だけじゃない、みんながいてくれる…それだけで、もういい。



 私は泣いた。王国の騎士団がやって来ても、陛下が胃を押さえながら現れても…構わず泣き続けた。


 その間お父様はずっと頭を撫でてくれて、アシュレイとお嬢様と殿下が後ろからぎゅーっと抱き締めてくれた。それをヒュー様が少し離れたところから見守っていてくれて。

 グレフィールは妾の出番が少なかった!と怒っていて。ラッシュもリュウオウもボロボロだけどここにいるし、クックルだけ元気いっぱいだ。アンリエッタが瓦礫の下から這い上がって来たり。ルーデンもガイラードもドロシーも仰向けに倒れたまま笑ってるし。

 




 気がつけば…東の空が明るくなってきていて…。

 


 やっと…長い、本当に長い夜が終わったんだと実感した。


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