第62話


 少しだけトレイシーがどう戦うのか観察していたけど…巨大斧か。それを自在に振り回す姿…不覚にも、ときめいた…!!

 くそう、格好いいじゃんか…!!血塗れだけど、足下に死体転がってるけど!!あの姿にときめく私やっぱ普通じゃないのかな?落ち着けアシュリィ、あれはただのハゲだぞ!!…ぐああああ!!!



 

 トレイシーと合流したら、服に包まれた子供を渡された。これ…犬耳!?ケモミミしっぽ!獣人!?あ、獣憑きってやつか!



 獣憑きとは。私も本で読んだだけだし、絵本の中の話だと思っていたが…遥か昔のどこかの王国で。一匹の美しい狐がいた。その子は神の御使で、神獣として敬われていた。

 だが当時の女王が「あの美しい毛皮で襟巻きを作りたいわ」なんて言っちゃった。女王のお願いを叶えられれば、素晴らしいご褒美が貰える。臣下達は張り切って神獣を殺して女王に献上した。

 当然怒るのが神様。人間の世界に降り立ち、「私の狐を殺したのは誰か」と問い掛けた。すると誰も彼もが「女王様です!!!」と答えた。

 怒った神様はその女王を殺してしまい、更に国民を獣の姿に変えてしまった。しかし年端も行かない幼子は難を逃れたのだが、それ以来彼らの子供孫子孫に稀に、獣の姿で生まれる子供が現れたそうな…。


 うーん、先祖返りみたい?この子もその1人か。ただの御伽話じゃなかったんだな、流石ファンタジー世界。

 彼らは数が少ない上に、その愛らしさからこのように売られることも少なくない。もしくは穢らわしい、関わると神罰が下ると迫害されもするらしいが。…今は眠っている、目が覚めたら、この子の言葉を聞こう。



 それよりも、遂にこの計画も佳境を迎える。観客共が騎士に次々捕縛されているのだ。私も参加したいが今はこの子の安全が優先だ。トレイシーはアシュレイ達がいる方に向かうと言って去って行った。

 子爵は…いた。縛られてボンレスハムみたいになっとる…。しかしなんかスムーズすぎない?もっと苦戦するかと思ってたのに。まさか私達は罠に嵌ってしまい、この建物ごと爆発させる仕掛けがあるとか!?



「ないないです。自分達も微力ながらお手伝いしましたので。」


「うおっ!?…あ!半人前の影!!」


「その覚え方ですか…。」


 私の背後にぬっと現れたのは、ミーナ様付き予定の影!!お手伝いって?



「ああ、お金は発生してないのでご心配なく。お頭は貴方に借りでも作りたいんでしょうかね。我々の訓練も兼ねて、この逮捕劇に参加させていただきました。そろそろ撤収致しますので、またお会いしましょ」


「喋り過ぎだ。」


 あ、ゲンコツ…。先輩と思われる影に半人前は連れ去られた。相変わらず口軽いんだから…借り、ねえ。まあ助かったし、覚えておきましょう!



 私は子供を抱えて逃げ回っていたが…もうこの騒動も終わりだな。会場内はすでに制圧完了。中にいるのは騎士か死体か捕縛された者のみ。他はどうなったかな…。




※※※※※※※



「あ、いたいた。チェルシー、あれ捕まえてえ。」



 ジュリアの言葉に彼女の精霊、チェルシーは植物の蔓で逃亡者を吊るす。ジュリアは今、リュウオウに乗り上空にいる。


「結構逃げるもんねえ。まったく男共の仕事は荒いんだから。でもさっきから捕まえる前に気を失ってるの多いわね。協力者でもいるのかしらあ?

 あ、また。チェルシー、あっちも。」



 こちらは異常無し。





※※※※※※※




「おい!!商品はどうした!」


「それが強力な結界に阻まれて、手が出せません!!ここは諦めて逃げましょう!」


「クソがあ!!あれだけの逸品を集めるのに、どれだけの時間と金を掛けたと思っている…!!

 仕方ない、撤収しろ!オークションを滅茶苦茶にしてくれた奴…許さんぞ…!必ず地獄に叩き落としてやる…!!」




「そりゃこっちの台詞だ。」


 

 抜け道を走る連中の前に現れたのはセイドウ、アシュレイ、他数名。予想通り、支配人及び数名の護衛、スタッフはここから逃げようとしていた。



「貴様らか犯人は!!よくもやってくれたな、貴様らのせいで私の人生はもうお終いだ!!

 信用も失ったし大切な商品もだ!!貴様らが邪魔さえしなければ、私はまだまだこの社会で幅を利かせられていたというのに!!」



 まるで自分たちは完全なる被害者で、こちらが悪人だという物言いにセイドウ達は呆れ顔だ。


「俺らも良い人じゃないスけど、こいつらにゃ負けまスね。」


「あー、お前ら。大人しく捕まるのであれば手荒な真似はしない。だが抵抗するというのであれば…」



「黙れえっ!!お前ら、こいつらを皆殺しにしろ!!」


 

 支配人らしき男の命令で、護衛が飛び出す。人数的には護衛が不利だが、狭い通路なので勝算アリと踏んだのだろう。その判断は間違いだが。

 護衛とセイドウ達が剣戟を繰り広げる中、支配人達に忍び寄る影がひとつ。

 



「みーつけた。」


「は——ぐぎゃっ!?」



 護衛が何事かと振り向いた瞬間、セイドウの剣がその身体を捉えた。戦場においては一瞬の隙が命取り。というより…護衛が主人から離れた時点でもう駄目じゃねえか、とセイドウは思った。



「会長すげえ血塗れじゃねえか。怪我してんのか?」


「だからしてねえーっての。」



 セイドウ達とは反対側からやってきたトレイシーが、残りを全て捕縛したのだ。ここじゃ狭くて斧使えねー、と愚痴りながらもロープでぐるぐる巻きにする。


「オレなんもしてない…。」


「はっはっは、俺もだ!全部嬢ちゃんやトレイシーに持って行かれたなあ!!」


「そりゃわりーな。とにかく俺は残党探しに行ってくる。あんたらはお嬢と合流しな。」


 そう言い残しトレイシーはまた移動した。あいつは働き者だなあ、実に頼もしい!と笑うセイドウ。



「(負けた…)」



 まあ、アシュレイまだ子供ですから。




 そんなこんなでオークション会場は拍子抜けするほどあっさりと制圧した。だがまだまだ…夜は長いのである。


 

 この長い夜が、アシュリィ達の運命が変わる日になる。








※※※※※※※



その頃。王宮にて。



「…頭が痛い…。」


「お気持ちは分かりますが、ご理解ください。昼間のトゥリン家でのお茶会にて、アシュリィ様がアミエル侯爵家に宣戦布告したとの報告です。

 証人達の言葉は全て一致しており、真実かと。」


 そう淡々と説明するのは宰相。アルバートの予想通り、話は国王まで伝わっていた。予想よりも早かったが、国にとっては一大事。


「(ハルク…お前はもっと賢いと思っていたのにな)」



 アルバートがリリーナラリスと婚約したいと言ってきた時、国王はじめ周囲は戸惑った。なにせ相手は悪い噂の絶えない令嬢だ、完璧な侯爵家の唯一の汚点とまで言われていた。

 故に我が子が可愛い国王はリリーナラリスについて調査した。そうしたら結果として、リリーナラリスの悪評は噂しか無かった。実際に横暴な振る舞いを見たと言う者は家族しかおらず(特にアイニー)、それどころか教会の子供達に慕われているという。


 何かおかしい…しかしあの優秀な臣下であるハルク・アミエルが、と思ってしまった。これまでの功績もあるし、不当に娘を虐げているなど断定は出来ずにいた。



「(茶会でのやりとりはすでに社交界に知れ渡っている。もっと早く、リリーナラリス嬢の話を聞けば良かった…。)」


 過ぎた事を悔やんでも仕方ない。こうなった以上アミエル家を捜査し、然るべき処置をしなくてはいけない。魔国に、我々に敵意はないと証明する為にも。



 国王がそう指示をしようとした時、執務室にノックもせず飛び込んできた1人の騎士。そして急ぎ礼をとり、「ご報告申し上げます!」と言った。本来なら厳罰ものだが、緊急事態のようだ。そう感じ取った国王及び宰相は、次の言葉を促す。





「そ…その…現在!!ま、魔王陛下がお見えになっております!!

 高貴なお方専用の応接間にお通し致しましたが、至急国王陛下にお越し頂きたく存じますっ!!!」



「「……………。」」


 開いた口が塞がらない2人。だがこの騎士の様子からして偽りではなさそうだ。こんな嘘ついたら厳罰ものだが。

 というより、罰しないから「冗談でーす!!!」と言ってほしい。今なら国王も宰相も「んもぉー、ビックリしたー!!」と答えるから。





「……オスカー。」


「……なんですか、陛下。」


「気絶してもいいか?」


「今すぐ向かいなさい!」



 いいから早く向かってくれ!!!と思っている騎士であった。



 

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