第63話
「全員集合しろ!!」
団長の声に騎士が整列する。完全制圧完了したようで、参加者と名簿の照らし合わせをしているのだ。捕まった奴らは「私が誰か分かっての狼藉か!」とか喚いているが、分かっているからやってんのじゃこちとら。
ちなみにハムになっていた子爵だが、更にぎゅうぎゅうにされていた…。どうやら団長が、アシュレイの分の恨みを込めてやったらしい。…その子爵、さっきから顔が赤くなってハアハアと息遣いが荒いのだが…苦しいだけだよね?変な扉開けてないよな!?
その様子を見ていたアシュレイはドン引きしていた…。良かった、いいぞもっとやれとか言わなくて。
これ以上私の出番は無さそうで、副団長が「子供は先に帰って寝なさい」とか言うもんだから…私とアシュレイはベンガルド邸に戻ることになった。後始末お願いしまっす!
「いいのか?オレらだけ。」
「私達の仕事はお終いでしょ。それより執事としてお嬢様のお側に戻るよー。」
現在時刻は午後11時。子供はとっくに眠る時間で、アシュレイも半分目が閉じている。残りの問題は全て大人に丸投げしよう。
ジュリアさんを乗せたリュウオウが降りてきて、そのまま飛び乗る。ジュリアさんも一緒に帰るそうなので、ベンガルド邸に向けて——…
その時。
「……な、に…?」
遠くの空が赤黒く光っている。同時に感じる威圧感、膨大な魔力。これは、これは——
—…いかん!!—
「ジュリアさん!?」
突然ジュリアさんが意識を失い、危うく落下しそうになってしまった。リュウオウが掴んで助かったが…一度地面に降りる。というより、私も気持ち悪い…。
「おいどうした!?真っ暗でなんも見えないんだけど!」
アシュレイ…お前元気そうだな…そんな元気なら照明の魔法使えや…。
「あ、そうか。…光れ!
うわっ顔色悪いぞ!?ジュリアさんなんて真っ青じゃねーか!」
ほんまやん…なんであんたは元気なんだ?と思っていたら、クックルの目が光った。誰からだ?
〈ヒューです、殿下のデルタをお借りしています。アシュリィ様ですか?〉
「様!?なんでですか、と言いたいところですけど、急用でしょうか?」
〈急ぎですので簡潔に報告をさせていただきます。こちらは皆アシュリィ様方のお帰りを待っていたのですが、先程殿下とリリーナラリス嬢が倒れ、意識不明の状態です。そして伯爵夫妻を始め、一部の騎士と使用人が目眩の症状を訴えています。
私やランスは特に異常はありませんが…北西の空の妖しい光が原因でしょうか。〉
そっちもか!こっちもジュリアさんが意識不明、私も…なんかもう大丈夫になっちゃったわ?そしてその妖しい光の発生源は…
「アミエル侯爵家…侯爵が…禁術を使用しました…。」
「アシュリィ…?」
…そうだ。侯爵は禁術を使ってしまった。そのせいで沢山の人間の運命が狂うんだ。お嬢様も、私も。
なんで私は、そんな事を知っている?
…………私は、何を忘れている?
6歳で天涯孤独になった私は教会に引き取られた。ずっと塞ぎ込んでいたが、8歳の時に父親が迎えに…来て…くれて…?
いや父親ってなんだよ。私もうすぐ9歳だし。全然塞ぎ込んでなかったし。いや悲しかったけど、前世思い出したおかげでそれどころじゃなかったし。
…じゃあこれは、誰の記憶?
さっきからすごくモヤモヤする…あとちょっと、何かピースがあればスッキリする気がする…。そのピースがわからない…!でも、だけど…!
〈アシュリィ様?〉
「おいアシュリィ、どうした!?」
「……アシュレイ、今すぐ伯爵家に向かえ!!私は侯爵邸に向かう!!
リュウオウ!今より暫くの間はアシュレイを主人として仕えよ!!」
「え!?」
—構わぬが…主人殿はどうやって行くのだ。走っては時間がかかろう—
「問題ない…アシュレイ、後で説明するから。自分でもよく分かってないけど…あと少しで分かるんだ。」
何か言いたげなアシュレイと意識の無いジュリアさんを乗せ、リュウオウが飛び立つ。私は…そう、足なら問題ない。
少しだけ、思い出した。私の唯一の友達だった、相棒。本来ならまだ出会うのは先だが…問題無い。私達は出会う運命だから、それが少し早まるだけ。
「幾多の試練、茨の道を歩むこと幾星霜。我が身を包むは星の光、天の祝福。」
私は知っていた。いつか侯爵が禁術を使うこと。…いや、違う。使い続けていたこと。そして彼は命を落とし、引き換えに得たものは——。させない、今からでも止めてみせる。
私が今詠唱しているのは…最上級の召喚魔法。本来なら国が認めた極一部しか閲覧出来ない魔導書、私は読んだ事がある。この国で、ではないけれど。
そうだ、少しずつ思い出してきた…。どうして私は、ここがゲームの世界だと思ったのだろう。この世界は紛れもない現実で、私は最初からずっとアシュリィで。でも…前世の記憶は確かにある。…駄目だ、まだ混乱している…集中しよう。
「散りゆく生命を愛でるは真理。神々の遊戯、生者の天秤、時の流れは一方向。」
最上級精霊と契約するには…上級以下とは訳が違う。主従の関係ではなく、対等でなくてはならない。故に精霊の求める能力が私に足りなければ、契約出来ないどころか殺されることもある。だから最上級と契約したがる人なんてほとんどいない。
それでも今は、彼女の力が必要だ。
「…私の名前はアシュリィ…我が名はアシュリィ=ヴィスカレット=ウラオノス!!私の声に応えなさい、グレフィール——!!!」
大声で、彼女の名を叫ぶ。私の身体から大量の魔力が吸われてゆく。来い、来い、来い!!!
召喚サークルから現れたのは…美しい、ドラゴン。
私の目を真っ直ぐに見据えている。私も、その宝石のように美しい瞳を見つめる。
「…何処かで、会うた事があっただろうか。何故妾の名を知っている。本来なら不愉快ゆえ即刻喰い千切ってやるのだが…不思議と其方に名を呼ばれるのは心地良い。」
「…予定では、貴女と出会うのはあと50年は先だった。でも今、グレフィールの力が必要なの。お願い、私と、友達になってください。」
最上級の精霊は人の言葉を操る。そして気位が高く…美しい。気に入った相手以外には名前も呼ばせないし、うっかり呼んでしまえば即お陀仏だ。
「…よかろう。妾はグレフィール。アシュリィ=ヴィスカレット=ウラオノス。其方に妾の名を呼ぶ権利、友となる栄誉を与えよう。
ウラオノス…初代魔王の名を継ぐ少女よ。」
魔力が、繋がる。…ありがとう、グレフィール。早速彼女の背に乗り、侯爵邸を目指す。彼女のスピードなら、10分程で着くだろう。
…実は早く飛べるからってだけで今喚んだんだけど…それは黙っていようっと!
※※※※※※※
少し前、王宮。
国王が急ぎ応接室に向かうと、ソファーには穏やかそうな青年が座っていた。彼は艶やかな黒髪に赤い目をしていて、やや垂れ目なところが少し幼く見せているようだ。
更に供に4人もいる。正直なところ、お茶を出したメイドは即逃げたし、他の使用人も全員今すぐ逃げたいと思っている。一番逃げたいと思っているのは国王だが。
魔王と思われる青年は立ち上がり、にっこりと笑いながら手を差し出してきた。
「今晩は、夜分遅くに申し訳ない。僕はリャクル=ノイシット=ウラオノス。今代の魔王を務めている。急ぎ確認すべきことがあり、こうして来てしまった。
無礼は承知だが…魔族として見過ごせない状況のようだからね。どうか許して欲しい。」
「いや…私はジルベール・ベイラーだ。名高き魔王陛下とこうして相見えること、光栄に思う。
して用とは…魔族の娘の話だろうか。」
握手を交わしながら国王がそう問い掛けた瞬間、5人の目が光った気がした。その瞬間国王と宰相を残して全員逃げた。
「僕達は互いに国を背負い守る者同士、対等だ。どうか僕に対して気楽に接して欲しい。
そして話が早くて助かるよ。こちらの情報は、「魔族を名乗る少女がこの国の侯爵家と敵対した」としか伝わっていないんだ。詳しく知っていたら教えて欲しいし、知っている者を紹介して欲しい。」
やはりか…と国王は思った。しかし予想以上に早過ぎる!その上まさか魔王陛下直々にやって来るとは想像すらしなかったのだ。
まあ魔族とは強力な存在だから…神経質になるのも無理は無い、と納得するしかないのだった。
「うむ…私も実際その場にいた訳ではなく、話でしか聞いていない。ただそちらの情報に間違いはない。丁度現場に私の息子がいたのだが今は不在でな、また明日詳しく話す、でいいだろうか?
部屋を用意させるので、本日は休まれよ。」
今すぐ眠ってください、こちらはその間に徹夜で情報収集しますんで。そんな風に考えている国王陣営。
そうして魔王も「じゃあお言葉に甘えようかな」と言ってくれたのでほっと息をついた途端——
5人の顔が険しくなった。
宰相は不備があったか!!?だからそのソファーを新調しろと何度も言ったのに!!とか考えていた。国王は夜食か!?腹が減っているのか!?と考えた。
「ど、どうかされたか。」
「…陛下!!」
「うん。行こうか。
…ジルベール、重ね重ね申し訳ない。
——ちょっと暴れて来るね。」
「は——…」
国王の返事を聞くことなく、彼らは窓から飛び立った。物凄く不穏な言葉を残して。
暫く呆然としていたが、何やら廊下が騒がしい。さっそく街が破壊されたか!?と絶望していたら、全く違う報告が次々舞い込んできた。
「陛下!!王宮魔法師を筆頭に高い魔力を持つ者が次々体調不良を訴えております!」
「陛下!ザイン領にて闇オークションが開催されていたとの情報です。現場はベンガルド伯爵家の騎士団が制圧致しましたが、至急近衛を派遣して欲しいとのことです!」
「へへへ陛下!!!ここより西の空が赤黒く染まっております!!魔族の皆さんもそちらに向かった模様です!!」
今日は厄日だ。そうだ、そうに違いない。明々後日は1日オフにして家族の交流の時間だったのにな~。ははは。
「しっかりしろジル!!」と宰相に背中を叩かれながら、少しずつ対処していくのだった…。
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