2 鎌倉デート

 最上級生として新入生を迎え、吹奏楽部は前にも増して忙しかった。後輩の仲尾梨沙は、2年生になって退部していた。詳しくは分からないが、妊娠したとかしないとか、噂が伝わってきた。真斗も最後のインターハイを目指して頑張っていた。

 真斗と会えない日が何日も続いたが、勉強も取り返そうと必死になっていたし、後輩の指導にも忙しく、それ程寂しさは感じなくなっていた。真斗から連絡があったのは、5月の連休が終わろうとしている時だった。テニスの大会がすべて終わって部活を引退した事、連休最後にデートしようという事だった。行先は鎌倉になった。


 久しぶりのデートに、私は気合が入っていた。ニットのセーターにミニのタイトスカートをはいて、マスカラに薄いピンクのリップクリームを塗って出掛けた。真斗はプリント地のシャツに、チノパンをはいていた。電車を乗り継いで、逗子駅で横須賀線に乗り換え、北鎌倉駅に10時前に着いた。

「愛海、今日は雰囲気が違うね。似合っているよ。」

「ありがとう。おしゃれしてきちゃった。」という会話を電車の中でしていた。

 北鎌倉駅から、真斗と手を繋いで円覚寺、明月院と廻った。紫陽花の季節にはまだ早過ぎて咲いていなかったが、新緑が鮮やかでいやされた。途中にあるカフェで食べたくず餅は美味おいしかった。

「次はどこへ行こうか。真斗は行きたい所ないの?」

「愛海の行きたい所でいいよ。」真斗はあまり関心なさそうに言った。

 鎌倉駅に戻り、江ノ電に乗る事にした。二人で相談しながら歩き廻る事の楽しさを満喫していた。行先は長谷駅に決め、高徳院の大仏を観に行った。連休とあって、電車は混んでいるし、人込みも尋常じんじょうではなかった。張り切り過ぎてすっかり疲れてしまい、海岸で休もうという事になった。長谷駅から電車に乗り稲村ケ崎駅で降り、海浜かいひん公園へ向かった。公園からは江の島の後ろに富士山が見え、感動して真斗の腕にしがみついていた。真斗は私を抱き留めて、海辺まで歩いて行き砂浜に腰を下ろした。スカートが短すぎて気になったが、脚を伸ばして真斗に寄り掛かっていた。真斗は私の肩を抱いて引き寄せてキスをした。

「こうしていると、沖縄の砂浜の事を思い出すね。あの時は夜だったけど、ここの夕焼けもきれいだろうね。」愛海は思い出にひたっていたが、真斗の、

「夕焼けまでいたら帰りが遅くなるよ。」という言葉に、現実に引き戻された。

「真斗は何考えているの?もう帰りたいの?」私はほほふくらませて言った。

「まだ愛海と一緒にいたいよ。どこかで、二人きりになりたいと思っている。」私も同じ気持ちだが、そんな所は思い付かない。ここでこうしているだけで、私は十分幸せだった。

「近くにホテルがあったけど、行ってみようか。」

「ホテルって?ラブホテル?駄目だよ、私たちはまだ高校生なんだから。」

「ダメかな、高校生でも入れると思うんだけど。」真斗は残念そうにしていた。私は可哀そうな気持ちになって、真斗の手を私の胸に導いた。ニットセーターの下はキャミソールなので、真斗の手の感触が近く感じられた。真斗は私の導きに驚いていたが、次第に積極的な行動に移っていった。


 しばらくの間真斗と私は、周りの事も気にせず、自分達の行為に没頭していた。背後から二人の男に声を掛けられ、あわてて身体を離した。

「高校生?楽しんでいるね。俺達も仲間に入れてよ。」とにたにたしながら近付いて来る。私達は目で合図して、一目散に駆け出した。公園の出口の辺りまで来ると、二人の男が追ってくる気配はなく安心した。私達は駅までの道を無言で歩き、江ノ電で鎌倉駅に帰った。

 帰りの電車の中でも会話は弾まず、嫌な思い出を残してしまった。

「愛海、ごめんね。俺が変な事言ったから、愛海に気をつかわして。」

「そんな事ないよ、私だってしたかったんだから。」私は、正直に今の気持ちを伝えた。同時に、たかぶった気持ちを抑え切れずにいる自分を情けなく思った。

 駅に着き、そこで真斗と別れ、一人帰り道を歩いた。中途半端に終わった行為にもどかしさを感じて、真斗に正直に話はしたが、今の私達は一体何を求めているのだろう。会話も減ってきたし、一緒に歩いていても真斗は他の事を考えているみたいで、楽しそうな顔をしていない。心の繋がりよりも、身体の繋がりを求め過ぎていないだろうか。好きだ、愛しているという気持ちは、結ばれる事でしか表せないような関係になっている。恋人同士ならば当然の事かもしれないが、欲情のままに行動する自分たちがいやらしく思えた。


結論が出ないまま家に帰り着いたのは、午後7時を回っていた。父親は家に居て、

「愛海遅いぞ。勉強はしているのか?男子と遊ぶのはいいが、大丈夫なのか?」母親も台所でうなづいていた。私は、大丈夫の意味がよくからないまま、

「うん、大丈夫だよ。」と言って2階へ上がった。両親は、私についてどこまで知っているのか、ある程度知っているのだと確信した。真斗との関係をこのまま続けていて良いのか、そんな気持ちが私の心の片隅にき起こっていた。

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