第6話
「見たまえ、ミツヤくん。星が見えるよ」
カズトヨさんはしみじみと空を見あげて言った。年中曇天のオジロでは星は見えないのだ。
つまり──。
「ここはオジロではないんだろうね」
背中のむこうには閉ざされた正門。まわりにはシラカバ林。二車線の砂利道は右手へとつづいている。この道を行けばなにかの建物につくのだろうが、敷地がひろいのか、はたまた住人は寝てしまったのか、それらしいあかりは見えなかった。街路灯だけがポツポツとともっていた。
「清琴荘です」
オサカベさんが歩き出しながら言った。
「ぼくの家ではありませんよ。ぼくはその、居候というか下宿人というか」
「主人はマスター=マン氏ですね」
「まあそんなところです」
危機をのりこえて安心したのか、オサカベさんにはひょうきんな身ぶりがふえた。マスター=マンとはどのような人物なのかとカズトヨさんがたずねると、この男はかしこぶった調子でメガネをクイクイとした。
「まあ、あとのお楽しみということで」
「なるほど」
カズトヨさんはミツヤくんにむかって、やれやれという顔をしてみせた。
「しかしですね、ええと、カズトヨさん。マスター=マンも居候と言えないこともないんですよ」
「ほほう。というと、どういうことでしょう」
「彼も空き家に勝手に住んでいるんです」
「ははあ」
「ああ、あなたがたは警察のかたなんですよね」
さっき見た身分証のことを思い出したらしい。
「空き家に住むというのは、その……」
「わたしはオジロ署の人間です。この場所は管轄外ということですね」
「ああ、よかった」
オサカベさんは胸をなでおろした。
「あ、あれです。あれが、母屋です──」
ミツヤくんは建築にはくわしくない。それがどの時代のものかはっきりとはわからなかったが、中央駅よりもふるいのではないだろうかと思った。すくなくとも最近のものより丁寧にたてられている感じがあった。
たとえば、チョコレート色の石を積んだ外壁。二階屋の上にのった複雑な三角屋根。窓枠と両びらきの雨戸は白く、夜目にもわかるその白さがミツヤくんは気にいった。
小さい子どもをひとりふたりつれた小金持ちの夫婦が、数人の使用人とひと夏をすごす別荘。清琴荘の母屋はそんな雰囲気だった。
「あかりがついていませんね。マスター=マン氏はおやすみですか」
カズトヨさんがたずねると、オサカベさんは正直にわかりませんとこたえた。
「マスター=マンというのは頓着しない人でしてね、普段からあかりをつけたり消したりしないのですよ」
「それはずいぶんとおかしな人だ」
「ええ、おかしな人です、それはとってもね。さあ、どうぞ、おはいりください。パンダはそのあたりにでもほうっておくといいですよ。なあに、この敷地内からは出られやしませんからね」
「はは。じゃあ、そうしましょう」
「──ん? というか、あれですね」
オサカベさんは足をとめた。
「あなたがたはパンダに用があってここまでこられたんですよね。つまり、能力の解除をたのむために」
「は、は。とりあえずそれはいいんですよ。そんなものはあしたでもかまいません」
「へ?」
「オサカベさん、まずはあなたの話をきかせてください。オサカベ=ジローとはいったい何者なのか。わたしが知りたいのはむしろそれです。じつに重要なことですよ」
ミツヤくんもこれにはおおいに賛成だった。もどってしまう方法などあとでいいのだ。
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