第4話

 カズトヨさんのもとの身長をミツヤ=レイジは知らないが、さすがに度をこえた大男だったとも思えない。いまは一六〇センチというところだから、低くなったのは多く見積もっても二十五センチだろう。もちろんそれでも大変にはちがいないが、ミツヤ=レイジは三十センチ以上も縮んでしまったので、服からなにからカズトヨさん以上にあわなくなってしまっていた。


「ミツヤくん、無理だよ。きみはここで待っているんだ」

「いいえ、行きます。わたしも、行きます」


『ミツヤくん』は脱いだ上着をカバンに押しこんで、シャツのそでとズボンのすそを急いでまくりあげた。ズボンのウエストは接着能力でつめて、靴にはハンカチなどでつめものをした。どことなくオロオロとしたなんがらもんじゃが、荷物と弁当包みを持ってくれた。


「走れるかい?」

「もちろん」

「怪我もないね?」

「はい、ありません」


 カズトヨさんとミツヤくんは、しっかりとうなずきあった。もちろん若返ってしまった困惑など、ミツヤくんの心の中にはカケラもわいてこなかった。


「ミツヤくん、すまなかったね」

「とんでもないです、カズトヨさん」

「よし──じゃあ、わたしたちでやってやろう。まずはパンダの痕跡さがしだ」

「はい!」


 しかし、駅の入り口にはパンダの足跡はおろか、悲鳴をあげた女性もいなかった。街は就寝準備で静まりかえっていたが、機械馬車のポクポクというひづめの音は、地面をつたっていくつもひびいていた。


「まあ、ふつうの人間ならば、異質な状況からは逃げるものだよ。むしろ賢明な女性だとほめてあげたほうがいい」

「はあ」

「たしか、パンダはイチョウ通りのほうへ行ったね」


 周囲を見まわしていたカズトヨさんは、そこで、あっと声をあげた。


「見てくれ、ミツヤくん。ここだけ石畳みがはがれてなくなっている。ひょっとしてきみは『見た』んじゃないのかい?」

「あ──」

「やっぱりそうか。『見るだけでふれあっているもの同士を接着できる力』。きみはおそらくパンダがここをふんだ瞬間に、ここの──この大きさの石を接着してやったんだ」

「じゃあ……」

「足の裏にこんなものをつけているんだ、遠くまで行けるはずはないよ。まだそのあたりにいるにちがいない!」


 行こう。カズトヨさんはかけ出した。走る速度はミツヤくんを気づかってゆっくりだった。


「靴はだいじょうぶかい?」

「はい──いえ、大丈夫です」

「つらくなったら言うんだよ。なんがらもんじゃはきみひとり運ぶくらいなんでもないからね」


 なんがらもんじゃは親指を立てた。抱きあげられている姿を想像するとはずかしかったので、ミツヤくんはお世話にならないようにがんばろうと思った。


「それはそうと、ミツヤくん、きいてくれるかい。──いや、わたしの話をきいてくれるだけでいい。すこし整理をしたいだけだから」

「はあ」

「あのパンダ、なにかをひきずっていたね」

「あ、はい」

「あれはたしかに、人間だった。つまり飼い主のようなものがいたんだよ」

「はあ」

「もちろん、それ自体に不思議はない。なにせわたしを二度もねらってきたのだからね。どこかの組織にかかわりのある者だろう。しかし──」


 なにかおかしい。カズトヨさんはつぶやいた。


「ねえ、ミツヤくん。なにかひとつだけ願いをかなえてやろうと言われたら、世の中の人間はなんとこたえると思う?」

「それは……」

「多くの望みはこうだろう。不老不死。健康な肉体。後悔の清算。つまり──」

「若返り!」

「そのとおりなんだよ、ミツヤくん」


 カズトヨさんは指を鳴らした。


「あのパンダは若返りの力を持っている。誰もが欲しがるすばらしい力だ。誰もがひとりじめしたいと思う力だ。どんなに邪魔であれ、わたしのような地方の一刑事をほうむるためにそんな大事な宝をつかうかね。警察に奪われる可能性だってあるわけだろう?」

「はあ」

「考えられる理由はふたつだね。パンダの飼い主に問題があるか、パンダの能力に問題があるか」

「あ、カ……カズトヨさん!」


 近くの路地から空へと走ったのは──。


「あの光線だ! また誰かやられたのかもしれないぞ!」


 なんがらもんじゃは荷物をミツヤくんに返し、かわりにミツヤくん自身を抱きあげた。


「急ぐぞ!」


 イチョウ通り手前の路地にかけこむと、三メートルほどの道幅をいっぱいにつかって、白黒のケモノが足をふみ鳴らして大暴れしていた。


「おい、パンダ!」


 パンダは、くわっとカズトヨさんを見おろした。血走った目は、どうしてここにと言いたいのか。ここで会ったが百年目と言いたいのか。どちらにせよ、もとより話の通じる相手ではない。そのノドの奥には、すでに光線の頭が見えている。


 ──くたばれ!


 と言わんばかりに、白と黒の光線が音を立てずに走った。なんがらもんじゃはシーツのようにひろがって、カズトヨさんとミツヤくんを攻撃から守った。


 ──バカな!


 うろたえたパンダはあとずさり、


「アア?」


 今度は自分の口がひらけなくなっていることにおどろいた。ミツヤくんが上と下の歯を接着してしまったのだった。


「いいぞ、ミツヤくん!」


 これでもう光線はつかえない。パンダは腕を振りまわして苦しがった。その足の裏にはりついた石だたみの石が、地団駄にあわせてガタゴト鳴った。


 ──もし、もし。


 と、かぼそい呼び声がきこえたのは、そのときだった。


「なにか言ったかい、ミツヤくん」

「いいえ?」

「あの、ここです、ここ──うわあ」


 パンダがもだえて身をよじった瞬間。背中にすがりついているらしい人物の頭の毛を見ることができた。それは俗に言う『鳥の巣頭』だった。


「見たかい、ミツヤくん、飼い主だ!」

「い、いえ、ちがいます。ぼ、ぼくは──うわ、うわ!」


 やけくそになったパンダが腕をひろげて突進してきたので、なんがらもんじゃが立ちはだかった。力と力の大相撲になった。パンダの背中にいる人物は、胸がわるそうにこう言った。


「うぷ、あ、あの、なにをしているかわかりませんが、とりあえず逃げたほうがいいです。逃げてください。このパンダはじつに危険なやつで……」

「知っていますよ。わたしは二度もねらわれましたからね」

「ああ、じゃあ、あなたはあの、白髪の人──」

「あなたがねらわせたわけじゃないんですね?」

「ええ、ええ、もちろんです。こいつはアレなんです。ぼくは、ぼくはその──ううん、どうも説明がむずかしくって」


 とにかく、と、パンダの背中の人物は言った。


「ぼくに責任がないとは言いませんが、こいつは──このパンダはわるくないんです。見えにくいですが、このパンダは首輪をしていて、こいつがあばれだしたのは、どうもその首輪がわるさをしているようなんです。ぼくはそれをはずしてやろうと思って、こうして──ひっかかってしまって──!」

「わかりました。こっちでもはずせるように努力してみますよ。落とされないように気をつけて」

「は、はい」


 カズトヨさんは指先を動かしてミツヤくんを呼んだ。


「わたしのカンでは、背中の彼はシロだね」

「はあ」

「とりあえず、その首輪とやらをはずしてやろう。話はそのあとでゆっくりときこうじゃないか」


 伸びたり縮んだり。変幻自在のなんがらもんじゃは、ロープのようになってパンダに巻きついた。そしていっきに、手前に引き倒してしまったのだった。

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