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 長女から電話があったのは、それから何日もしない頃だった。

 珍しい人物からの電話は大抵良い報せでないことを、老人は経験から学んでいた。だから電話に出るのが躊躇われたが、相手は諦める様子もなく、コールを続けた。結局折れたのは、木根塚老人の方だった。

「倒れちゃってるのかと思ったわ」長女は、批難がましく言った。

「用件は何だ」

 父の無愛想な声に、電話の向こうで溜息を吐いたらしい。続いて出たのは、次男の名前だった。

「帰ってるんでしょう、そっちに」

「なんだ、引き取ってくれるのか?」

「うちには家族以外が寝起きする部屋なんて余ってないわよ――そうじゃなくて、あの子、大丈夫なの?」

「大丈夫、というのは?」

「ネットの噂。父さん、見た?」

「ネットはニュース以外見ない。くだらん書き込みなど時間の無駄だ」

「時間なんて腐るほど余ってるくせに」と言ってから、長女は声を低くする。「検閲に引っ掛かってTVやネットニュースには出てないけど、あの子、かなり大変なことになってるわよ」

 すると老人の端末に、長女からいくつかのファイルが送られてきた。開くと、ネット掲示板とアングラニュースサイト、動画であった。掲示板の方には次男の名前と共に『西部戦線がヤバい件』『国防省が隠蔽するエースの失敗』といった見出しが並んでいた。アングラニュースの方も同じようで『虚構の英雄を糾弾せよ』『大義なき戦争の真実』といった文字が躍っている。

「またお前はこんなものを」

「今時マスコミの言うことを素直に信じてるのなんて父さんぐらいよ。動画は見た?」

 老人は動画のアイコンをタップした。画面一杯に、不鮮明な映像が現れる。

 赤外線撮影なのだろう、映像は緑がかった白と黒で構成されている。白い四角形が建物、つまり空撮映像のようだ。やがて画面の上方から正方形の建物が入ってくる。小さい。民家のようだ、と老人が思った次の瞬間、画面が閃光に包まれた。光が収まると、正方形はなくなり、代わりに同じ場所には、形の定まらない白が収縮を繰り返していた。例えばそれは、炎を思わせた。

「見た?」

「見た」老人は、虚ろに答える。画面の下に表示された日付らしき数字から目が離せなかった。妻の葬儀と同じ日だった。

「そこ、普通の民家なんだって。住んでた家族は全員死亡」

「本当にあいつがやったのか?」

「操作記録も残ってるし、あの子の担当地域の地図とも一致するって」

「お前はそれを見たのか?」

「見てないけど」

「だったら、噂は噂だろう」

「父さん」長女が宥めるように言った。

「馬鹿らしい。こんなくだらんことで、いちいち電話してくるんじゃない」

「あの子に何か起きたら、父さんにも迷惑が掛かるかもしれないのよ? ねえ――」

 老人は通話を切った。長女からの着信は、それきりなかった。

 ふと、テーブルの方へ目をやった。白いクロスが掛かっている。老人は、その下にある、黒く焦げた天板を目の裏に思い描いた。

 電話が鳴った。

 画面を見ると、長女からではない。老人は迷ってから、電話に出た。

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