第7話 彼女の正体

 ライルが訓練を受けている時、突然パーカーから一つの手紙が届いた。








========


ライル元気にやっているかい、訓練の調子はどう? 


訓練場にいた僕たちでも中の訓練員に接触する事が出来ないんだ、だから急いで手紙を送ったんだ。


ライル落ち着いてよく読んでくれ。


先日タナーに会ったよ、それも港で会ったんじゃなく客船に乗って旅行客として紛れてコンプリトルへ戻って来たと言ったんだ。


ライルはと聞かれたが訓練場にいると言うことを伝えると僕たちにこの島から逃げてというんだ、それもライルに伝えてくれと。ライル、僕は手紙を書く事しか出来ないしこれがどういう事を言っているのかわからないよ。もちろんマークにも伝えたけどマークはパンやの事で忙しいみたいだからさ。


そしてタナーは焦るようにまた客船に乗って行ってしまったよ。どうしよう大変な事が起きそうな気がする。ひょっとすると漁船のおじいさんが言っていたのと関係があるの? 


すぐにライルの返事がほしい。


========










「パーカー、そっちは何が起こっているんだ、そして俺はここでどうすればいいんだ」




 ライルはこの事を期にすぐに訓練場の中退届けを持って教官の所へ行った、しかしここまで訓練を乗り越えて来たライルに何をバカなことを考えているんだとつきかえされてこのまま訓練場を出る事は出来なかった。




「くそー、タナーが言っている、逃げるって何処に逃げるんだ? もう少し待ってろパーカー」




 訓練場の中からはコンプリトルの街の様子が全くわからない故に、ライルはどうすることも出来なかったが、唯一訓練場内にいるジェスとゴークの事について話し合っていた。まあ、話しをすると言っても、二人だけで話しても何にも変わらないし他の人にはうかつに話せないから出来る事と言えばゴークの目的と正体を探っていく事だけだった。




 ライルとジェスは外からの情報が無いので訓練場の図書室にある本から謎を解くカギとなる物がないか探し続けた。コンプリトルには図書館は無いし豪華客船の船内に備わっていた所はなかなか入る事が出来ない。それもあってこの訓練場の図書室は十分に使えるものだった。




 しかしライル達はそればかりもしていられなく訓練に励むのが本業だし、残り少ない訓練員達と共同生活をみだしてはいけなかった。訓練生活は協調性が出来てくるがライルにとっては精神的に苦痛だった。










 パーカーの手紙を読んでから慌てていたが、それから何日も時間は過ぎていた。




今日もライル達が考えているのが冗談のように港町では平和だったし、天気は毎日快晴で日差しも強い。




 父親の整備工場は相変わらず忙しい毎日を送っていて母親も事務所で手伝わされるありさまだった。この港の船は殆どライルの父親の工場へ修理や整備のために入ってくるが、作業効率が上がらない割には収益率が少なく、この街に船の整備工場が少ないとする理由の一つでもあった。整備をするよりも船乗りの方が断然収入などが大きいのだ。




 パーカーはと言うと自宅で何やら机に向かって一生懸命に勉強をしていた。それは船に関する知識の乗った学習本であり、パーカーは体の不調で船乗りを諦め訓練場を出る事になってから気持ちを入れ替え、船には乗ることを断念したものの港の管制官や船の航路を計画する技能などの勉強をしていた。




 というのもパーカーは訓練場を出た後も教官からのアドバイスを受け、何度も会い話をしていてこれから勉強しないとならない種目をあらかじめ教わっていたのだった。




 マークはというと、父親の具合が一向に良くならず、家のパン屋は母親とマークが二人だけでやっていて、店の中でマークが休む暇が無い程店は忙しかった。


 パン屋は父親が店にいないのにも関わらずお店はひっきりなしにお客が入ってくる。マークも弱音を吐くことは無かったが今までこんな忙しく働く事がなかったので他の事をいろいろと考える余裕すらなかった。




 そして昼は過ぎていき食事をする間もなく夕方になり日も暮れて来た頃、やっとお客はとぎれた。いつもこのタイミングでマークは食事をするがひと段落しようとするとまたお客が来た。




「いらっしゃいませ」




 マークの母親が疲れを知らないような声をだして同時にマークに言う。




「マーク、大丈夫だからゆっくりしておいで!」




 そのお客さんは少女だった。その子がマークに話しかけた。




「その壁の上の方に飾ってある魚の絵は何の絵?」




マークは母親に休憩していいと言われ、裏へ下がろうとしたがその唐突な質問に足を止めた。




「その絵と言うと、魚拓の事か? これは僕が今まで釣った中で一番大きい魚を墨で縫ってはっ付けた物だけど……」




お客は珍しい服装に包まれた格好で深い帽子をかぶっていて、コンプリトルには無いような綺麗な帽子を被っていた。




「マーク?」




 マークは一瞬誰が言ったのか分からないような声にビックリしてもう一度、その少女を見た。




「マークだよね、凄く大きいね、その魚」




「えっ。だ、誰?」




 少女は帽子を脱いだ。




「タナーだったのか、見違えるよな」




「マーク、これまた綺麗な子だねえ」




 マークの母親は目を丸くしていた。




「タナー、俺の店がよく分かったなあ」




「うん、いろいろと調べたの」




「うん? それで俺ん家のパンが食べたくなったのか?」




「いや、そうじゃないの。マーク達にも言っておかなければならない事があったの」




「そういえば、この間も同じような話をパーカーから聞いたよ、この島から逃げろって一体どういうことなんだ?」




「やっぱり、きちんと最後まで伝わってなかったみたいだったわね、この島はある組織によってすぐに攻撃を受けるの」




「攻撃? こんなに平和なのに。昔の本にある戦争の話しみたいだな」




「なにのんきな事言っているの! 話を真剣に聞いてよ、出来るだけ急いだ方がいいの、私はここにいる時間が無くすぐに戻らなければいけない」




「戻るって? 一体タナーはどこからその情報を知ったんだ?」




「前にも私は他の国から来たと言ったでしょ?」




「う、うん」




「本当はもう既に攻撃の内情の事を知っているライルにきちんと聞いて欲しいのだけど訓練施設は内部との接触が出来ないと言われたわ」




「そうだよ、訓練中のライルは俺たちとも会う事は出来ない」




「だからここに来たの。マークにも分かって欲しい事があるしライルにそれを伝えて欲しいのよ、もうすぐこの島を攻撃しようとする国こそ私の国なの、わたしはゴーク人よ!」




「えーそうなのか? それじゃタナーはスパイ?」




「そうよ、私はゴークと言う国のスパイ」




「えー冗談ではなく本当にそうなのか? じゃ僕たちは騙されていて俺たちの事を調べあげ本国へ情報を報告しているんだな? そういう事だろ?」




「私たちは本来、そういう役割をこなす為にコンプリトルへと送られた。他にも幾人かのスパイがこのコンプリトルに存在する。そして一定期間の役割を終えると国へ戻るのよ」




「へ? 他にもこの島にスパイが存在するの?」




「うん、しかしマーク達の知らない人がほとんどだよ。それで私の父はゴークの軍事総司令官の指令長でいてこのコンプリトルへは偵察を行う為だけにやってきた。スパイとはまた違い、母親がいない私はその計画に一緒についてくる事となり、おのずと私もスパイの役割も兼ねて行動する事になったの」




「ああ、今思えばそれで毎日港にいたのか」




「毎日港へいたけど私にはこれといってなにかと興味があるわけでもないし、この島にいた時は自宅に帰っても父は仕事が忙しく、私にはかまっている時間はなかった。私はスパイといってもその役割は全く果たせてないものだったわ」


「それで、タナーは今、もうこの島には住んでいないの?」




「もういれなくなってしまったの。このコンプリトルの警察機関も優秀でいて既にゴークの事を極秘業務で調べあげている、その警察に捜査され、もう父の正体がばれてしまったので、すぐに私と一緒に国へ退避しなければならなくなったの。私も顔がばれているかも知れないから見つかるとこの島の警察に捕まえられてしまう。」




「話はわかった。しかし大丈夫なのか? タナーも心配だよ、ここにはどうやって来ているの?」


「うん、もうここには長くいれないのだけど。マークも知っているでしょ、漁師をやっているポブおじいさんって人に頼んでつれてきてもらっているわ」




「あのポブじいさん。タナーは知っているの?」




「あの人も昔はゴークに住み、よその国でスパイ活動をしていた一人なの」




「そうだった、あのじいさんもゴークにいたと言っていたな、嫌だな、俺の周りはスパイだらけじゃないか」




「この間パーカーに会った時は客船に紛れて乗って来たけどその船はよその国を経由してくるの。ポブおじいさんには別の経由したその国で会うだけでお互い知らない事になっているのよ」




「タナーはいろんな国へ行きき出来るんだね」




「それよりももう時間が無いの、今までよその国を沢山見てきてとても悲惨よ、だから早くなんとかしないと」




「なんとかしないと、と言っても……」




「わたしが言う立場ではないけど早くライルに知らせて欲しい。ポブおじいさんを待たせているからもうわたしは行かないといけない」




「うんわかった、気をつけてな」




 タナーは急いで港へ下りていったのをマークはずっと見送っていた。












 ゴーク国ではコンプリトル島の侵略計画が進み、準備が着々と行われていた。




「おいそこ、甲板にはロープを張るな。出来るだけ目立たぬようにしておけ、それと作業は無駄無く敏速に行え!」




 司令官は今度のプロジェクト全般を任されていた。




「司令官、お忙しい所すみませんが本部で大佐がお呼びです」




「わかった、すぐにいこう」




 司令官は大佐の所に向かった。




 ここは軍事施設の本館にある対策室だった。司令官は重い木の扉をノックした。




「誰だ!」




 中からドスの利いた大佐の声がした。




「大佐、私です、ワークです」




「ワーク司令官か、中に入ってよい」




 司令官は重い扉をゆっくり開け、中に入った。




「ワーク司令官、そこに座りたまえ」




「大佐、私から言うのも何でしょうが、明日に備えたコンプリトル島の攻撃計画はまだ万全ではありません、今夜迄に整えておかなければならないことがまだ沢山残っており、私もゆっくりはしていられません、話があれば簡潔にお願いしたい」




「ワーク君、そう焦ると失敗するよ。ところで攻撃する島の計画案は当初のまま進めて行けるようなのか?」




「はい、何年も前から練っていた計画です、これまでのプロジェクト行程はすべて順調です。ただしかし一つだけ変更したいものがありました」




「なんだ、私はまだ聞いていないぞ」




「それはまだ急ぐ必要はありません。島を領地に取ってからの話でコンプリトル島をどう使うかです」




「始めに君からの企画は兵器の実験領域を確保するためと言っていただろ、島の周りには何もなく実験を行う場所に最適だと。そうする事によりさらに破壊力のある規模が大きい兵器を作り出す事が出来ると」




「紛れもなくその通りでした、しかし調査を行うとコンプリトル島は想像していたよりも発展しており、島の人口も以前より増えてきていると思われます。そして問題はと言うと島の周りの海底から油田の鉱脈が発見されました。その油田から石油を汲み上げ精製して我が国の資源として活用出来ます」




「石油は他の国からも出るだろう、兵器の実験施設の計画は中止する事は許さないぞ」




「しかし今コンプリトルの住人数の多さから言うと人的被害が予想よりも遥かに出ます、少し様子を見た方が良いかと……」




「構わん、今までの計画で進めて行け」




「はっ! 了解しました」




 ワーク司令官は大佐の部屋を出るとそこにはタナーがいた。




「タナー、ここで何をやっている?」




「お父さん、今資料作りの内容を本部に確認しに来たところです」




「その資料はもう出来上がったのか?」




「いえ、まだ完成していませんが、もう仕上げの段階で順調です」




「そうか、今回の計画に欠かせない資料になるだろうからな、コンプリトルに調査班を送った甲斐があったな」




「お父さん、私も島に行くのですか?」




「安心しろおまえはもう行くことは無い、あそこはこの先、汚染され危険領域としてしまうのだからな」




 タナーは少し沈黙した。




「どうした? タナー、何か問題があるか?」




「いえ、問題ありません」




 タナーは冷静に答えた。














 タナーは部屋に戻ると、飼っているオウムに餌をあげていた。




「私、どうしたらいいの」




 オウムは無表情で人の言葉を真似して喋る。




「コンニチハ! コンニチハ!」




「このままでは私は何も出来ないままだわ」




「ヒミツジコウ、ヒミツジコウ」




「モンダイナイ、モンダイナイ」




「そうだわね、あまり考えない方がいいわね」




 オウムは更に無神経な言葉で喋る」




「ライルニゲテ、ライルニゲテ」




「…………」




 タナーは餌をやり終えた後も、少し早いリズムで瞬きしているオウムをずっと見ていた。












 コンプリトルが平和だったのは今日までだった。




 マークはあれから毎日パン屋の仕事に追われていて、母親も店に入ってくるお客さんの番をしていた。




「あら、いらっしゃい。今日も仕事なの? いつものやつね、毎度ありがとう」




 毎日訪れるおばあさんに手慣れたように商品を渡し、次ぎのまた店に入ってきたのは小さい子。




「いらっしゃい、聞いているよ、お使いのパン。毎日えらいねえ、気をつけていくのよ」




 コンプリトルの港は人が増えマークのパン屋は大繁盛していて休む暇がない。パーカーは他の職業を目指して自宅でコツコツ勉強をしていた。ライルは残りの訓練を卒業までがんばっていた。




 一方ゴーク国ではコンプリトル島の攻撃計画は進んでいて既に島の近くまで魔の手が迫っていた。




「艦長、準備は整いました。いつでも出撃できます」




「わかった、それでは島の湾内まで進入する」




「了解!」




 訓練場の中ではライルとジェスが色々と話をしているが外の状況は全く分からず、今何があっているのか分からないし、気になってもその雰囲気すら感じ取れない。




「なあライル、その少女のタナーってのがスパイだったなんてな」




 ライル達は訓練途中の休憩中でジェスと一緒だった。




「そうなんだよ、しかしマークからの新しい情報の載った手紙ではタナーはスパイ活動はしていなかったと、そう書いてあったんだ」




「でも、結局両親はゴークの国の軍事指令官なんだろ? スパイじゃないと言えるか?」




「それだけど俺もはじめはビックリして少し疑ったよ、だけど自国の情報をわざわざ伝えに来るだろうか」




「やはり伝えないだろうな、ならその子が言うのが本当だったならコンプリトルはどうなるんだ」




「わからないよ、俺たちはここに居なければならなく出られないしマークとパーカーは手紙でしか連絡取れない」










 コンプリトルは丁度昼時だった。




 その時コンプリトルの港から沖を見ると、遠くに大きな船が迫っていてゆっくりとコンプリトルの湾内に近づいて来る船は全部で三隻いて、黒塗りの海賊船にも見えるほど不気味なものだった。




「なんだ、あれは、大きな船が近づいてきているよ」




 港にいた人達が見つけた。




「あれは海賊船だ、とても大きいぞ、このまま港に入って来くるみたいだぞ!」




「なにしに来たんだ? この街に?」




「みんな逃げろ」




 コンプリトルの住民は皆混乱して慌て始め自分の家の金品を持って丘の上に逃げる人などが続出し、皆も同じように騒ぎだした。




 マークのお店にもお客さんがあわてて入ってきた。




「大変だ! 港に海賊船が入って来たよ、お店を閉めて逃げた方がいい、物を盗られてしまうよ」




「えっそうなの? 大変だわ、マークあなただけでも逃げなさい」




「ああっ、わかっているよ」




 マークの父は奥で寝たきりになっているので母は逃げることは出来なかった。またマークも返事はしたものの逃げる事はしなかった。




「タナーの言っていた日がついに来たんだな」




 港ではポブじいさんが船をしっかりと岸壁に固定している。




「ついにこの国もしかるべき時がやって来よったな」




 コンプリトルの港から海賊船が見え始めた時から海賊船襲来の声は見る見るまに広がり、コンプリトルの人々は逃げる人で大混乱が起きていて、停泊中のよその国から来た船は皆港を出て退避していった。




 混乱の中コンプリトルの警察機関は海賊船の正体を予め知っており、いざと言う時のために攻撃の準備に備えて、巡視艇と護衛鑑も出動した。その護衛鑑乗組員の中にロージーの先輩も乗り込んでいて皆緊迫した状態で準備していた。




 外の状況が分かるはずのないライル達のいる訓練場でも教官達が慌ただしく走りまわっていた。




「なにがあったんだ?」




 それを見て不安に思っているライルの顔の表情に、気づいたロージー達が言った。




「海賊船が港に入って来ているらしい、なあにここの海軍率いる護衛鑑が打ちどめすまでさ。コンプリトルの住人に我が軍の強さをわかってもらういい機会だ」




 ライルとジェスは嫌な予感がした。




「あの子が言っていた日か?」




「ついに始まったんだ、マーク達が危ない」




「どうしたらいい。脱出するか?」




 皆の慌てているのを見てロージーが顔をしかめて言った。




「おまえ達は何を言っているんだ? 奴らはただの海賊だ。心配する事無いしここの訓練場が実は一番安全なんだ。船から発射された大砲を受けても崩れない建物の作りになってある」




「ちがう! あれは海賊なんかじゃない」




「ライル、言うのか?」




 ジェスがとめようとするのも躊躇しないでライルが意をけして言った




「ロージーこの際だから言っておくよ、今攻めて来ている船は海賊じゃない、ゴークと言う国の軍隊だよ。この島の船が太刀打ち出来ないくらいゴークの国の文明は発達しているし向こうの戦艦の方が性能は上だ」




「なに? なにデタラメ言っているんだこいつ、そんな船は存在しない!」




 ジェスが言う。




「ロージーこれは正確な情報だよ、僕たちはここまで調べあげてきたし、僕たちはただ知らされてないだけなんだ」




「知らされてない? 俺は護衛鑑の乗員と繋がっているんだ、それでもまだ言うか?」




「ここの島の護衛鑑や警察は情報を漏らせないんだ、ロージーにも言えない秘密事項なんだよ」




「なにー? そんな事信じられるか」




 その時だった。大砲を発射した音と地響きが同時に聞こえてきた。




 ついにゴークの攻撃が始まったのだった。




 息つく間もなくゴークの艦隊から発射された大砲からの攻撃は、街を次々へ攻撃していき、港の住宅は破壊されていて、狭い通路をあわてて逃げ出す人にもその瓦礫が飛んできたりしていた。




 すぐにコンプリトルの護衛鑑もゴークの戦艦に向けて大砲を発射した。同時にゴークの大砲もコンプリトルの護衛鑑に向けて攻撃された。




「母さん、奥の部屋に避難しよう」




 マークが落ち着いた様子でゆっくり部屋に入ると次の瞬間パン屋の店舗に砲撃が直撃した。




「ああっここもだめね、せっかく続けてきたお店なのに」




 マークの母親が悔やんだ。




「おおマーク、丘へ逃げないとここも崩れてきて危ないぞ」




 部屋で寝たきりの父が言った。




「うん、ここで大丈夫だよ」




 マークは今の攻撃はすぐに終わるのを知っていた。




「しかしこの先どうすればいいんだ、ライル。どうしているんだ」




 ゴーク国の戦艦の中では指令が下った。




「艦長! 予定砲撃弾丸数の攻撃を終えました。砲撃所要時間180秒でした」




「被害状況を説明しろ!」




「はっ! 我が攻撃の弾丸は港の町を破壊し工場などの施設を主に全壊してます。また攻撃開始まで時間をあけましたが事前予告を行わなかった為逃げ遅れた住民らが負傷。そしてコンプリトル護衛鑑からの反撃予想を眼中に入れて撃墜してます。先方の護衛鑑はひどく損傷して反撃は不可能と思われます」




「よし、今日はこれぐらいにしておく。本部隊は撤退する。全鑑撤退!」




「全鑑撤退!」




 コーク国の船はゆっくりとコンプリトルの港を去っていき、いなくなっていった。












 ライル達は訓練だけを続けて時間を過ごす事しかなかった。




 館内で教官や先生達は落ち着きを取り戻して訓練監督に戻ったのを見ると、ゴーク国の襲撃が収まったのがライル達にもわかった。




 それで何事もなくまた訓練を続けていると一人の先生が慌てて部屋に入って来て、教官に何か話していた。それは大事な話だったらしく、教官が訓練中のライル達に内容を言った。




「君たちに知ってもらいたい重要な事がある、今から会議室に集合だ」




 ライル達訓練員は会議室に集められてそこには見たことない人が中央にいて、軍服みたいな物を着た異様な雰囲気のまま教官の紹介挨拶のあとその人の話が始まった。




「私は海軍指揮官のイーサといいます、先ほど起きた襲撃について皆さんはビックリしたと思うだろう、それについての疑問も多く出てきているだろうからそれらを説明しよう」




 その初めて見る指揮官はライルやジェスが調べてきた情報と同じく、ゴークの存在からすべての情報を丁寧に話した。




ライルの中で話が繋がった。それを聞いたロージーが言う。




「ライル、おまえの言う事はどうやら本当みたいだな」




「そうだよ、やっと分かってくれたね。しかしなぜ指揮官がここに来て今まで公表していなかった内情をすべて話しているのかが疑問だよ」




 イーサ海軍指揮官はコソコソと会話をしているロージーに気づいた。




「確か君はロージーだね、我が護衛鑑に知っている者がいただろ?」




「大変言いにくいのだが彼は今回の襲撃で大砲の直撃を受け彼は死亡したよ。彼はとても優秀で本当に残念だった」




「本当なのか? その人って嵐の時に救急で来た乗組員の人だったろ?」




 ライルは驚き、ロージーはと言うと唖然として状況を受け入れることが出来なかった。




「先輩が死んだ? そんなやわじゃないはず、それに我が国の護衛鑑は万能ではなっかったのですか?」




「その通り我が護衛鑑の装備はかつて最強だったがそれは100年程前の話だし、この国は皆がずっとそう信じてきた。 しかしゴークの船は装甲も厚く我が護衛鑑と比べ物にならない位性能が上で、その船の大砲を直撃すればひとたまりもない。この国の戦艦の性能がもっと良かったなら彼は死なずに済んだのかも知れないな」




 指令官はあっさりした口調で説明した。




「向こうにはそんなすごいのがいるのか」




「やってられないぞ」




 訓練員達は急に騒ぎだした。




 ここの訓練員らは殆どが巡視艇の乗組員から始まり、護衛鑑の乗員になる為に夢を持って入隊してきた者達ばかりであったが、今の話を聞くと誰もが逃げ出したい気持ちだし恐ろしくなってきたのだった。






「皆、話を聞いてくれ、君達の気持ちはよく分かる、攻めてきた国はとても強いし艦隊も遥かに大きい規模だ、しかし我が国としては今回本気を出しておらず様子を伺っていて、今は公表していないがコンプリトル国から新造中の船、エルムとホープという名の護衛艦が2隻存在し準備中だ、それは今までと全く性能も違い、これまでより上なのだ。また敵国自体の領土はコンプリトルの半分も無く小さな国なので心配は要らない。あとは君たちの力だけが必要なのだ」






 訓練員は私語をやめて指揮官の話しをしっかり聞いていた。




「本来は巡視艇の乗組員になるのも何年もかかり、成績優秀でないと地位を上がっていけないが、今は緊急事態であるし君たちは既に優秀な人材と聞いたので今回新造船に乗って、是非最前線で戦ってもらいたいと思いここへお願いにあがった次第だ。もし最前線で戦ってくれるなら君らはその時もその後も英雄の扱いとなるだろう」




 訓練員の一人が質問した。




「しかし僕たちは決められた訓練の行程を終えてませんし、まだまだ未熟です!」




「その件は大丈夫だ。訓練は殆どこなしている時期だし、他には法律の勉強問題も残ってはいるが戦闘には法律は関係ない、あとは実践で覚えて行くのが一番勉強になる。今回の戦いとしては私が皆の指揮官となり安心してついてきて欲しい」




 イーサ指揮官の話が終わった。




 ライルはドキドキしてきた。




 続けて理事長の挨拶が始まったがいつものように長い話しだったし、内容がちっとも頭に入ってこない。今回の話は結局島を守る為の戦闘に協力して欲しいと言うことだった。




 訓練員は教室を出て食堂へ移動し、夜飯の準備をした。




「なあライル、君は今回の話しはどうするつもりだ?」




 教官がライルに聞いてきた。




「いえ、僕はもともと船乗りになろうとは思ってなくて……」




「そうか、パーカー君やマーク君の事もあるだろうからな。私はライルの才能を無駄にして欲しくないだけだ。なににしても自分の道はしっかり自分で決める事だ」




「はい……」




 ライルは自分の中で迷っていたままだったが自分の性格は弱いと思っていてその性格から克服したいのだ。












「ライルは当然希望するよな、新造船に乗れるなんてなかなか無いすごい話だ」




 皆の意見と全く違い不安も無い様子でロージーが聞いてきた。




「ロージーは不安や命の心配は無いのか?」




「大丈夫さ、俺は船に乗る為に生きてきたもんだよ」




「すごいな、その勢いと勇気はどこから来たんだ」




「はははっ」




 ライル達は食事についてその周りを見渡すと他の訓練員達は先程の事で皆話をしていた。




ジェスが静かに横に座る。




「慎重に行くぞ、ライル」




 ライルはゆっくり食事した。




 今日の夜食時間は皆の話しが夢中で食事の時間が長くなり過ぎてしまっていたが、教官も決められた時間を過ぎても今回は口を出すのを辞めていた。












 翌日卒業迄の訓練行程短縮スケジュールが特例として発表されたのを見ると、大幅に訓練内容が短縮されていたのがわかった。




 ライルはこの訓練行程の状態を見て今まで一生懸命訓練してきたのは何だったんだろうと思い、あまりにも単純で軽率なやり方だと思った。




 ジェスがスケジュールを見てライルに言った。




「ライル、もしかすると今がチャンスかもしれないよ。この先はどうなるかわからないが、自分達が護衛鑑に乗る事が出来ればこの島も何とかなるかもしれない」




「そうだろうか俺たちが船に乗ってどうなる? 負け戦だよ」




「俺たちがいてもいなくても変わらないかもしれないが、ここまで来て何もしないのもなあ」




「やっぱり俺は辞めとくよ、ジェスは自分の道を進んでくれればいいさ、俺も協力出来ることはやるが船には乗らない」












 それから訓練の日々は過ぎて行き、あっと言う間に卒業の日が来た。




「やっと卒業か!」




 ロージーが元気にライルにしゃべる。




「ああそうだな。やっと明日から自由だ!」




 ライルは背伸びをしながら言った。




「えっ? ライルも来るんだろ? 護衛鑑」




「いや俺は行かないよ、自分の道は自分で決めるんだ」




「そうなのか? 意外だな。おもしろくないが仕方がない残念だよ」




 ロージーはライルを少し見下したように言った。




 今日卒業する者達は勿論みんなが護衛鑑に乗るのを希望しているわけではない。


 ライルのように他を目指すものや他の船乗りの職種を選ぶ者、また先日の指揮官の話しを聞いて恐怖を覚え逆に退いていく者もいた。


 ロージーにとっては護衛鑑に乗らない者は皆貧弱者としか思っていなかった。




 卒業式の最後に教官がライルにゆっくり近づいてきた。




「やっぱり乗らないのか?」




「はい、そう決めました」




「私はライルの事や人生について決める権利はない。この先も何がろうとしっかり頑張れよ」




「はい!」




 教官は重たい手でライルの方をたたいて去って行った。


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