第2話 空飛ぶ飛行機

 ライルは二人と別れ気分よく家路につく。実はライルも客船の内部を見れた事が良かったということは顔の表情に現れていた。




 ライルの自宅は丘の下の方に位置しているが、それでも港からすると高台にある家は父親が子供の頃に、その時の両親がお金を工面して建設したものだ。


 坂の斜面に合わせて建てていて、外からは半分斜面にめり込んでいるようになっている。


 見えている部分は木造であるものの家の奥は煉瓦作りになっていて斜面の土を堀ってくりぬき、そこを移住空間とした作りだった。


 その建築方法は以前に流行った作りで夏は涼しく冬は冷えすぎない快適なものであるし、コンプリトル島の地形に合った作りでもあった。しかし建築年数からするとだいぶ傷んでいる部分も少なくない。








 ライルが家の重い扉を開き中に入ると母親がいた



「ライルお帰り、今日はみんな一緒だったの?」




 みんなと言うのはもちろんマークとパーカーの事を言っている。小さい頃は二人が家に来て、一緒にご飯を食べたりしてよく遊んでいたのでライルの母親もあとの二人を気にかけてくれている。




「うんみんなで港の大型客船、知っている? それを見にいったんだ」




 港の豪華客船は周辺で噂になっていたので、母親も入港したのは分かっていた。




「そう、よかったわねー、あれはとても大きな船なんでしょ? 近所の人達も見に行く話をしていたわ」




「やっぱり近く迄行くとすごく大きい船体だったよ、それにその船の船長の命令で船員が中を案内してくれる事になって、船の色々な所に行けたんだ」




「船長が声をかけてくれたの? よく子供達を乗せてもらえたわね」




「う、うん……二人ともとても喜んでいたよ」




 ライルは三人で船内に忍び込んだとは言えなかった。




「しかしライルが船に興味を持つのは珍しいわね、それにそこまで楽しそうに話すのは久しぶりだわ」




 普段のライルは一人で何かをしていることが多く、あまりこうやって家で話をする事は少なく、またライルの話す勢いがいつもと違うことに母親は驚いていた。




 またライルが話そうとすると玄関から音がした。




「あら、帰ってきたわね」




 家に入ってきたのは疲れた様子のライルの父親だった、帰るなりライルの顔を見て言った。




「おまえまた工場の道具を持ち出したな、なんでも黙って持ち出すなと言っているだろ」




 やっぱりバレていたのか、大丈夫だと思ったのに。




「分かっているよ、急いでいたんだ」




「なんでいつも先に言わないんだ、おまえはまだ子供だ、一人では何も出来ないんだ」




「おとうさん!」




 ライルの母親がかばうように言った。




「飯にする」




 冷たい言葉でライルの父親は仕事着から着替えながら奥の居間に入って座った。




「ライルこっちに来てみろ」




 ライルは居間にいる父の所へおもしろくない顔をしたまま入る。




「そろそろおまえもどの仕事に就くのか決める歳になってきた、昼間からブラブラしてないで少しは自分で考えたらどうだ」




「わかったよ、そのうち考えるよ」




「そのうちだ? そういう考えだからいつもお前物にならないんだ。ただでさえ決断力がないんだから」




「ライルの人生は自分で決めますよ」




 台所から食事をもってテーブルに準備をする母が言う。




「どうだろうか」




 煙草に火を点けながら話す父親はライルに船の修理業を継がせたいと思っている。またライルも将来なりたい物なんてなかったし、仕方なく後を継ぐつもりだが、それはそれで良かった。




「ライル、冷めないうちに召し上がんなさい」




 二人の進まない話の中に母親が割り込む。




「うん、頂きます」




 ライルはやっとスープを口に運ぶ。




「お父さんライルは今日港の客船を見に行ったらしいの、あの船は有名なんでしょ?」




「ああ、今日はそれが来ていたのか、いそがしくて気づかなかったよ」




「それで船員さんに中を案内してもらったのよね、やっぱりすごかったみたい」




「あれは中に入れるのか? それにライルお前は客船が好きだったのか」




 父親と目を合わせず皿の方を見たまま話す。




「そうでもないけど」




 父親の方は食事を召し上がりながらでもライルの顔をずっと見ている。




「おまえもしかして船乗りになろうと思ってないだろうな? 何でもいいが船乗りだけは辞めておけよ、街の子供らは皆船乗りになりたいなど言っているが、海はお前が思っているよりも厳しいんだ」


「知っているよ、いつも話す僕のおじいさんの事を言ってるんだろ?」 




 父親がゆっくり語る。




「そうだ、俺がまだ小さい頃おやじは漁師をしていた、ある日嵐が近づいていたのも知らずコンプリトルの仲間と漁に出た。やがて沖まで出ると風が出て波も高くなり仲間たちは皆漁を辞め港へ引き返した、しかし毎日の不漁続きもあっておやじだけはそのまま漁を続けていた。港に引き返した船は無事だったがその後の天候も悪化し、残っていた船も何とか帰還出来た。俺はそれから何日も港で父の帰りを待っていたが、おやじだけは戻ることなく行方が分からなくなってしまったのだ。残った仲間が言うにはあの嵐のなかを生きて帰れないだろうと」






「俺はおじいさんと会った事なかったし顔も知らないからあまり実感が無いよ、遠い昔の話にしか思えないし」




「お前は今、何不自由無く暮らしているがその時はとても大変だったよ、おやじがいなくなってからと言うと家の収入が途絶え住む所は取られ食べる物は無くなった。まだ小さかった俺は一人で船の仕事を探し漁船の出稼ぎに出たはいいが、今度は母ちゃんが病気になって目を離せなくなってしまった、その時に近所の機械修理工場の人に声をかけてもらい、そこで働き続ける事となったがやがてその人も年をとって亡くなってしまった。そのあと自分の力で今の工場を建てたのだよ。お陰で工場の土地は借り物だけどおやじの住宅は買う戻す事が出来たんだ」






「俺は工場を継ぐがら心配しなくても大丈夫だよ、もう決まっているんだから」




「そうならそうとコソコソしないでもっと工場に来て勉強したらどうなんだ、大体そういう事を言っているんじゃないんだ」




「……」




「お父さん、あんまり強く話すのはよくないのじゃない?」




 ライルは黙りこみ、残りのご飯を一気にかきこんで自分の部屋に入る。




「ごちそうさま」










 居間に残った父親は食事をゆっくりと取りながら母親に語りかけた。




「最近のライルを見ていると、どうもイライラしてつい言ってしまうんだよ」




「ライルにもいろいろと考えがあるのよ、もう少し分かってあげて下さい」




「しかし近頃は何を考えているのかさっぱり分からない、家の倉庫でコソコソしたり一日中部屋に閉じこもって本を読みあさっているようだが、それもあまり参考にならない本みたいだが」




「そういう年頃なんですよ、時期が来れば考えも変わるでしょう」




「ライルがああ言っているんだ、少しは工場へ出てきて、毎日一つでも何か得てくれるといいんだが、これも今から覚えて行かないと追いつかなくなってくるからな」




「そう無理に整備工を継がせなくてもですねぇ」




「やっとここまで大きくしてきたんだ、跡継ぎがいないとそのうち潰れてしまうだろう。うちの工場がなくなれば皆困る筈だ、そんな事はあってはならないんだよ」




「その時は何とかなりますよ」




「どっちにしてもライルは今のうちに厳しくしておかないといけないんだ、自由にしてるとろくな事がない、仮に船乗りなどになろうと言えば、断固反対だからな。船乗りは死と隣り合わせだ、今まで何人もの友人を失ったし、親の死に目にも会えなかった」




「そうですね、一人息子ですもの、ライルが船乗りになるのは私も反対です」




 ライルの部屋ではベッドに横たわり眠れないまま自分の部屋の窓から見える夜空を見ていた。


 その目はやっぱり将来のことを考えてふけっていた。




 このままなにもなく毎日が過ぎていく寂しさと自分の描いているように思うようにはいかない歯がゆい気持ちが交差している。




 ライルには夢があるが、それは常識からかけ離れた考えをたまに思い付き、この世界が存在するものだけが正しいのか? と言う疑問に変わっていく。それに比べマークとパーカーは自分の決まった夢をしっかり持っている。




 夜もふけていき、無駄に時間が経つにつれ、次第に自分の自信が無くなってきた。




 先の事は誰にも分からないが自分はこのままでいいのか、また何を求めて行けばいいのか、それすら分からないまま不安にかられていた。












 翌日ライルは裏の倉庫で作業をしていた。




 ライルの家には納屋があり、中にはそれなりの機械をバラす事の出来る位の工具が揃えてあった、工具は父の工場から持ち出した物もあった。


 そこは広いだけで下は土のまま、天井は雨を防げるが隙間があり風は入ってくる、建物に密封性はないし納屋の中はいつも誇りまみれだ。




もちろんここも古い建物で今はライルぐらいしか扱わないものばかりだ。


 奥には布状のカバー掛けている物体があった。ライルはその布をはぎ取り自転車のような物を引っ張り出した。それもまた埃まみれだった。






「今日は天気もいいから試運転に最適な日だ」






 ライルは咳こみながら自転車のホコリを払って納屋の中央に持ってくる、それにプロペラを後ろに付ける。ペダルはタイヤに駆動しておらず代わりにプロペラへと動力は行くようになってある。また納屋の天井に吊ってある大きな羽根のようなものを片側2枚ずつ合計4枚上から下ろした、一枚の羽は大変大きく、一端納屋の外へ出して一枚ずつ組上げた。




 ライルは機械に強くていじるのが好きで以前から何かを作ったりしていた。この機械も以前にライルがコツコツと作っていて置いたものだ、完成した時は雨が長く降り続いていたため外に出す機会を逃し、ずっとその状態のまま触っていなくて組み込みまでは先延ばしにしておいたのだ。




 この機械の元は自転車なんだけど、これも乗らなくなった父親の古い自転車を改造して作っている物だった。




 後ろには大きなプロペラを付け、両側にはその何倍も大きな翼が四つ備えてある。


 骨格をそのまま利用しているが自転車自体の原型はもう無く、ライルはこれを飛行機と呼んでいる。いつ頃から飛行機械に興味を持ちだしたのかは忘れたが、何ヶ月も前から資料を調べあげて完成させるために試行錯誤をしながらここまで来た。




 ついにライルは組上がったその飛行機を外へ出した。








 両腕でハンドルをつかみゆっくり丘の上まで坂を登らせ見晴らしの良い所まで行くと、下から来る風が強く吹いていて、大きな羽根を四枚も付けたその飛行機は既に風にあおられていた。


 一瞬飛ばされそうになりその場でこらえ足が止まるが慎重に登って行く。ここまで風の影響を受けるのは浮力が利いているとライルは信じている。




 上まで来ると急いで飛行機の向きを決め、一つ一つの部品の緩みをチェックし、4枚の羽根を整えいざ港へ向かって飛ばせる時がやってきた。




「よし、今日は気分がいいぞ、行けるかもしれない」




 見晴らしのいい丘の上に海が広がる水平線、街も港も全部見渡せる、少しだけ強く吹く風はこの先の事を想像して内心ドキドキしているライルの髪や服を早いリズムでなびかせていた。




 丘の上でも大きな羽根にぶつかる風はその飛行機を今にも飛ばしてしまおうと言うほどじっとしていない。




 飛ばされる前に早速丘の大地をゆっくり蹴った。




 飛行機はみるみるまにスピードがどんどん上がって加速していく、プロペラも自然に回り始め次第に回転が上がっていく。スピードがのって羽根に浮力が付く頃、ペダルを漕ぎ出すとプロペラは高回転になり更にスピードが出た。




 ライルの顔は真剣に遠くの方を見ている。しかし路面の状態は悪く坂道は真っ直ぐではない、振動で車体を揺らしながらすごいスピードで下る。そして段差に乗り上げると飛行機は少し浮かんだ、しかしまだ地面からは離れきれていない。




「なかなか浮かないなあ、もう飛び上がってもいいんだけどな」




 さらにそれは速度を増し狂ったようなスピードで制御不能となり、飛ぶどころじゃなくブレーキも利かなくなっていた。




「うわーっ、やばい誰か止めてくれー」




 道の脇の樹木に羽根をぶつけながらも道なりに進み煉瓦の塀をギリギリに交わしながらライルはそのまま港まで止まることなく降りていった。




 もう港に近くなってきた頃、飛行機はボロボロで原型をとどめていなくただの自転車だった、そこにマークとパーカーの姿があった。




 マークとパーカーはすぐに自転車に気づいた。




「わーっ、何やってんだーライル、こっちへ来るなー!」




「マーク! ごめん! ぶつかる」




 ライルは目を閉じる、マークとパーカーも手をそえ、体に力が入ったまま目を閉じた






[ガシャーン]






 ライルの自転車らしきものはマークとパーカーに激突して止まった。




「あいたたた!」




「なにしてんだよライル」




「これ自転車なの? 壊れているよもったいない」




「自転車じゃないよ、飛行機だよ、あっ、あーあ、車軸が折れている!」




 頭に手を置きライルが言う。




「飛行機? なんだっそれ」




 マーク達がそれを見ながら言った。改めて見るとライルの試作品は見事にバラバラだ。




「空を飛ぶ機械だよ」




「ほら上を見てみろよ、鳥達が空高く飛んでいるだろう、あの高さまで飛ぶと気もちいだろうとも」




 三人は顎を上げ空高く飛行している鳥を見た。




「本当に飛べると思っているのか?」




「さっきだって飛べてたよ。見てたろ!」




「全く飛んでいなかったけど、ならば一度飛び上がって墜落したのか?」




「バカ言え! 翼の角度を少し間違えていただけだよ、しかしまだ飛び上がってはいないな」




 それでもマークとパーカーは壊れた残骸をみて笑っていた。ライルはマークやパーカーからの海や船への魅力を訴えられてもライルは空への憧れの方が強かった。












 その自転車の形に戻ってしまった物体を岸壁まで押して歩いき堤防のある縁の所にもたりかけさせた。そして三人は岸壁ギリギリの縁に座り足は半分海の方へブラつかせたまま同じ方向を向いている。




 そこの岸壁には今の時間に船はいないはずだが一隻の漁船が停泊されて波のリズムに合わせて船体が上下している。




「これはイカ釣り漁船だな」




「なんで分かるんだライル」




「マーク、この吊り下げられた電球の多さがそれと決めているよ、イカはこの光に寄ってくる」




「そうか、しかし何故ここに一つだけ停泊しているんだろう」




「もう使ってないのかな」




「でも操縦する所は物が色々と置いてあって生活感はあるよな」




 漁船は小さくとても古く帆はたたみ忘れているのか、ずっとそのままのような状態で日焼けしていて破れて穴だらけのまま、マストから引っ張って来るロープもまた白く固まって動かす事が出来ない様子、脇に寄せてあるホウキは棒の部分が腐っていて使い物にならない程だった。


 操縦室のペンキは小さく細切れ状態に剥げ雨水の流れていく溝はその役割を果たしていない。






 波に揺られ漁船を少しの時間無言で眺める。






「なぁ、二人に言っておきたい事があるんだ。」




「なんだよマーク急に」




「実は今度、巡視艇の訓練場へ入ることになったんだ」




「巡視艇の訓練場はなかなか入る事が出来ないんじゃ?」




「それが船乗りになりたい事を真剣に親に言ったら親の知り合いからの誘いで訓練場に入れるようになったんだよ」




 パーカーがびっくりして、また羨ましそうに言う。




「えーそうなの? いいなー」




 パーカーも同じく船の職業に就くことに憧れを抱き、やっぱり同じ方向で夢を見ているが、訓練場の施設は普段でもなかなか入る事が出来ない。




 ライルにとってはおもしろくない話、一応聞き流しながら小石をその目の前の小さな魚船へ投げ込む。




 自分はやっぱり家業を継がないといけない運命にあると我に言い聞かせている。


 またライルの投げた小石が今度は漁船の電球にぶつかった。




「カチン」




 思っていた以上に心地よく耳に響いた音は鉄を叩く音にも似ていた。


 同じように感じたマークが真似して石を投げた。




「カチッツ!」




 今度はさっきの音と違い既に鈍い音に変わっていた。




「何でだ? 石が当たる度に音が違うぞ」




 今度はライルが音を鳴らすようにめがけて投げた。






「カシャン!」






 電球は見事に当たった所から粉々に砕け散った。




「あっ! やばいな」




 電球は小石が当たった位では簡単に割れる物ではなかったが、相当劣化して既にヒビが入っていたのだろうガラスからは出ない音を発して、あっけなく砕けた電球をマークとライルは顔を見合わせその感触を少し笑っていたが、パーカーはそれを見ているだけだった。




「ねー、二人とももうやめようよ」




「そうだ、そこまでじゃ」




 三人がそのドスの効いた声に振り向くと後ろにはおじいさんが立っていた。






「わー!」






 驚き過ぎてマークは海に落ちそうになった。




「やりおったなガキども! それは俺の船じゃ」




ライルとマークは急いで逃げようとしたが体がうごかなかった。




 船のおやじは迫力があった。




「とにかくおまえ達すぐ船の掃除をしろ」




「……」




「はいっ!」












三人は言われるがままに、慌てて船の掃除に取りかかった。




さっきの石ころ、布の欠片、ほかにも多くの物が散乱していた。




「この船かなり散らかっているなぁ、ほとんどがゴミみたいな物だな」




 ライルがふと操縦室を見ると六分儀みたいな方位磁石なのか置いているのを見つける、ライルはこの手の六分儀を知らない。珍しくて、ライルの手が止まる。




「お前口ばかり動かさないで手を動かせ!」




 なにもしていないパーカーも手伝いをさせられている。




「どうして僕までこんな事しなければならないんだ」




「そこに一緒にいたから同罪じゃないの」




「その次はロープの張り替えじゃな」




「えーっ! マジか」




「こき使うよなあ、このじさんは」




 よく顔を見るとじいさんと言うよりもおじいさんと言った方がいい年齢に見えた。ライルは面倒くさがりで色々を命令されるのは苦痛でもあったが、自分のした事だから仕方なく言うことを聞いている、一方マークは船の事が好きであるぶんこのような作業は何とも思ってはいない。




「君たちも船乗りになりたいのか?」




「はい」




 マークがすぐに答える。




「この島の者は皆船乗りになりたいと言う、とてもいいことだ。ここの島に比べ他の国は何も仕事が無く、食べて行く事すら難しいところだってあるのだ、幸いにもこの島は、海の仕事が盛んで働くには困らない、海の世界は厳しいがそれだけ仕事があると言う事だ」




「おじさん、今まで他の国にも行った事があるんですか?」




 ライルは反省していたのを忘れ、唐突に質問した。




「ああっ、昔は色々な所に行ったよ」




 急にまた疑問が沸いてくる。




「行った国は僕らの知らない所もありますか?」




「君らがどの国を知っているのかは知らん、でも君らが知らないであろう国をわしは幾つも行って来ただろうな」




 ライルは操縦室の窓にあったさっきの六文儀にもう一度目をやりそれを使って世界を旅したのだろうと思えてきた。




「君は何になりたいのかな? さっきからここの六分儀が気になっているみたいだが」




「なんだか珍しい物だなって」




「何だ? 普通の六分儀を知らないのか?」




「いいえ、他では見たことがない六分儀だったので」




「そうだ、良く分かったな、これは他の六分儀とは違う、人に貰ったのだがこの機械は狂っていて正確な方角は出せない、わしはもう必要のないものだ、お前が欲しそうにしているからやるよ」


「いいんですか? やったー」




 ライルは今日一番喜んだ顔をした。




マークが喜んでいるライルの顔を見ながらつぶやいた。




「使えない機械を貰っていったい何が嬉しいんだ?」














 自宅の自分の部屋で日が暮れてもずっと六分儀を眺めていて見れば見る程不思議な道具と思う。使い込まれているこの六分儀を見ているとこれまで船でいろんな所に一緒に旅をしてきたのが目に浮かぶ。




「おじいさんはこれを人に貰ったものと言ってたが、これまでどんな人が使っていたんだろう、もしかすると海賊もこれを使っていたのだろうか。」




 古さが故に深い味わいを持ち、歴史を感じられるものだった。そうやって観察していると、見たこと無い文字などが刻まれているのに気づいたが。その機械はずっと使ってないみたいで錆付き動かないしその文字も読めない、ライルは少しずつ油を差しては磨いて動くようにしていった。すると文字の部分も少し出てきたが外国語のようなので読むことが出来なかった。




 六文儀はこの前の大型客船にも装備されていた道具の一つで、太陽や星の位置から自分の場所を確認するものだった、客船の物と比べるとだいぶ小さい物になるが機能は殆どおなじだ。




 ライルはその六文儀を持って母親に何と書いているのか聞きくため居間に行くと、今日はいつもより早く帰宅していた父親がいた。




「ライル、それを何処で手に入れた!」




居間に緊迫した空気が流れる。




「何処だっていいじゃん、取ったわけじゃないんだ」




「なんだか珍しい形をしているわね、見たこと無いわ」




 母は相変わらず優しくかえす。




「うん、これも六分儀というらしいんだ、ここの文字が何と記しているのかを知りたいんだけど」




 母はその文字を見るが全く読めない言葉だった。父親も確認はするもののライルに何も言わないまま、その六分儀を見ていた。




「そんな文字分からないわ」




「やっぱりなんて書いているのか分からないのか、なんだか意味がありそうな文字みたいだったからさ」




 ライルは再び自分の部屋に戻った。




 ライルが行った後、父親は母にゆっくり話し出す。




「あの六分儀の文字どこかで見たことがないか? 少し気になるなぁ」




「そうですか? 私は全く見たことのないものでしたよ」




「何となく恐ろしい予感がするよ、それに六文儀を持っていると言う事はやっぱりあいつも船乗りを目指しているのだろうか?」




「そうでは無いと思いますけど」




「なあ、前にも言ったけど俺の父親は海へ出たまま帰って来なかったんだ、ライルには同じおもいをさせたくない」




「そうですね、生活も不安定だし漁師になるのは私も反対です」














 次の日の朝もよく晴れていた。最近晴れが続いているので清々しくてありがたい。




 六分儀を手にしていたライルはもう丘の上へいた。




 自分の位置を割り出す機械だが方角を割り出す為調小さな方位磁石と望遠鏡も用意。




 セッティングが完了すると六文儀のスコープを覗いてレベルを合わせた。




天気はいいが雲が多く太陽が隠れてしまいその位置がなかなか定まらない。


 機械をしっかり建ててじっくり時を待った。位置を割り出すと何故か正確位置の数値は出ずにズレていた。




「やっぱり壊れているのだろうか? そのようには見えないんだけどなあ、これが仮に六文儀の機械で無いのなら何の為のきかいなんだろうか?」




 疑問のもやもやが残ったまま気持ちも少し下がった、ライルはそのまま観測する事を辞め丘の上から望遠鏡で港を眺めていた。




「もう先日の客船はいないな、しかし相変わらず人が多い」




 港はいつものように忙しそうにしていた。




 更に向こうの岸壁に望遠鏡を向けると、以前客船から見かけた少女がまた岸壁から海を眺めているのが見えた。




「あの子誰なんだろう? いつも港にいるよな」




 その子を一時見ていたが腕が疲れてきて望遠鏡は床に置いた。一度丘の芝生の上に仰向けになりいつもの体制になるがすぐにまた望遠鏡をかかえ、もう一度岸壁の女の子の方を見た」




 ライルはすぐに立ち上がり引かれるように丘を走り降りた。すると近所のおばちゃんが通りがかり、ライルに声をかける。




「ライル、久しぶりに見るね、元気にしているみたいだね、急いでどこへ行くのかい?」




 いつも自分の部屋や納屋に閉じこもっていたりするライルは近所の人と顔を合わせる事が少ない。


「うん、ちょっと港までね」




「急いでいて転げないように気をつけるんだよ」




 下の父親の工場では丁度父親が煙草を吸いに外へ出てきていてライルの姿を見た。




「またフラフラしているのか、まったくライルのやつはしょうがないなあ」










 ライルは港に着くとさっきの少女を探した。その場でキョロキョロして探してみるが港にいたさっきの少女を見つける事が出来ない。丘の上から見てここの岸壁にいたのは間違いなかった。




「おう、昨日の少年か、今日は一人だな、また悪さをしているのか?」




 岸壁の横に停泊している船の上から昨日の六文儀をくれたおじいさんが声をかけた。漁も終わり船の道具を整理していて座ったまま糸と針を一つずつ分けて括っている。不思議なのでこうやって見るとおじいさんの船は昨日あんなに古く汚く見えていた船が今日は少し上等に見えた。




「あっ、どうも。ちょっと捜し物を」




 おじいさんはライルの持っている六文儀に気づいた。




「だいぶきれいに磨いたな! ピカピカじゃないか、それを磨いたりするのはお前みたいな者だけだろうな」




「うん、でもおじさんこれ本当に六分儀なの?」




「子供にこの機械がわかるかの、はっはっ」




 ライルは笑う意味が分からなかった。




「そういえば六文儀にあるこの文字は何と書いているのですか?」




「それはその機械を制作した所の名前を道具に彫りつけてあるだけなんじゃよ」




「なんだそうだったのですか、それじゃ深い意味は無いと言う事ですか」




「そんなのはないよ」




「おじいさんやっぱりこの機械、壊れているみたいです」




「だから言ったじゃろそれは狂っていると」




 ライルは急に少女を捜すはずだった事を思い出す。




「ひょっとして港の女を探しているのかい?」




「なんでわかるんですか?」




「いや、なんとなくだ、お前の顔に書いている」




 すべて考えている事がおじいさんに読まれているようで恥ずかしくなった。




「おじさんはその子を知っているのですか?」




「まあ、最近になってからだがいつもその辺にいるから嫌でも目につくさ」




「どこから来たのか分かりますか?」




「それをワシに聞くのかい? 自分で聞いてみたらどうだ」




「そうですね、えーっと、どこに行ったのだろう」




「うーん、さっきまでそこにいたんじゃがのう」




 おじいさんはまた手を動かしはじめ、ロープを束ね始めた。




「そこら辺をもう少し探してみます」




 ライルは走ってその場を去った。それを追うようにおじいさんはライルを見ていた。




「あの少年は変わっているよなぁ、そこら辺の子供と何か違う、もしかするといけるかもしれない……」

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