ライル、雲のむこうに

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第1話 大型旅客船の入港

 今日は雲が無くとてもよく晴れていて透き通るような青い空はとても広く、どこまでも遠くまで続いている。太陽の光は大地へ照らし緑を実らせているのだなと思う程に、実感出来る季節が始まっていてとてもまぶしい。








 季節は春、緑を生い茂らせた匂いする高い丘の緑草の上で仰向けになったまま空を眺めている少年がいた、年は16才くらいで小柄な少年だ。




その少年の名前はライル、いつも空を見てボーッとしていた。ライルが空を見上げたまま何を考えているのかと言うとこの天地が逆転し空の方へ落ちていきそうな感覚を覚えてならないという、くだらない事などだった。


この仰向けの態勢ならば空以外の物は視野に入らず地上のものは何も見えないため、地上で起こる嫌な事や煩わしい事などすべて忘れられるのだった。ライルは空を眺めていて、空高く飛んでいる鳥を目で追っていた。




 鳥の鳴き声だけがよく聞こえて来る丘の上で、自分を呼ぶ声がしたので起き上がってみるが周りを見渡すと誰もいない。丘から見える風景は街や港が一望出来て先に目をやると、海が広がり地平線まで見渡せ遠くには大きな船が散らばっている。






ここは島国、小さな島だがコンプリトルという一つの国でもある。コンプリトルの港では沢山の船が停泊していて今日も沢山の船が入ってくる、また汽笛を鳴らしながら漁から戻ってきている船もあり、今の時間帯コンプリトルの港町では船乗りで賑わっていた。コンプリトルの島は小さいがとても流通が盛んで国としても栄えていた。




「やっぱりここにいたー、やっとみつけたぞ」




「ここにいたのか、体重のせいでここまでの登坂、結構しんどいんだよなあ」




 丘の下からマークとパーカーが腰を曲げ膝の上に手を置いて息を切らしながら丘の上まで上ってきた。二人ともライルの友達で同じ年齢で幼なじみだ。


 マークは人当たりが良く気前のいい性格で運動神経はいいしライルより体つきは良い、パーカーは少し人見知りで真面目、頭がいいが太り気味だ。




 ライルは起きあがったままの態勢で二人を見た。




「どうした、二人とも慌てて何か問題でも起きたのか」




 パーカーが息を整えながら港の方を指さし滅多にコンプリトルの港に入って来ない規模の大型客船が入港している事を言う。




「知っているだろう、あの大型船、最近にしては珍しい船なんだ」




 いつも冷静な性格のライルが冷めた言い方で返す。




「今朝入港した外国の大型旅客船だろ、いつも言っているから分かっているだろうけど俺の趣味に合わない、どんなに大きな船であってもどんなに高級な船だろうと俺は船には興味ないよ」




 ライルはつまらない顔したまま、また仰向けになり空を見た、それを見てパーカーはゆっくり近づきライルの横に立つ。




「ライルは変わっているよなぁ、この島の子供は皆船に憧れ船乗りを目指し、海に夢を持っているんだよ。その船に君が全く関心ないなんて損しているよ」




 マークも続けて話す。




「そうだよ、おまえはいつも空ばかり見ているぜ、何が楽しいんだ? 俺と違ってネガティブな性格をしているからな、もっと色々な事に興味を持ってなんでも経験していかないとそのまま年を取っていくぜ」




 この街では船に携わる仕事が多く、特に船乗りが一番の人気職業であった。子供の頃は誰もが船乗りに憧れ船乗りを目差す。今回のように港に停泊している大型客船の船長となれば憧れの職業であり、港で注目の的となる事も少なくはない。




「見たけりゃ二人で行ってこいよ、俺はここでゆっくりしているよ」




「やっぱりそう言うと思ったよ。まあそのつもりだったけど客船の中の構造や配置図を知っているのはライルしかいないんだよ」




 ライルは船に興味はないが、小さい時から父親の工場で随分仕事を手伝わされ、それで覚えた知識があり客船の内部の構造くらいは外から見て簡単にわかるほどだった。




「ライルがいないと中に入れないだろ、なあ頼むよ」




 パーカーもライルにお願いする。




「よその国から来た大型旅客船だぞ、貴族か上流階級の人しか乗船出来ないと言うのにどうやって乗せてもらうんだ」




「乗せてもらうのじゃ無いよ、忍び込むんだよ」




ライルは再び起きあがった。




「はぁ? もしかしてだまって船の中に進入するつもりか、俺たちみたいな汚いのはすぐ見つかって船から追い出されるに決まっている、入れるわけ無いだろ」




「わかっているよ、だからここまでわざわざ呼びに来たんじゃないか」




「今が一番いい時なんだよ、乗船客はコンプリトルで食事をしている時だろうし、クルーは仕入れにではらったりして船内にいる人が少ない筈だ、滅多に来ないあんな大型客船を俺達はどうしても中を見たいんだよ、いいだろ?」




 パーカーも説得を進める。




「余計なことしないから、なあいいだろ?」




 ライルはここから見える大型客船の煙突から煙が上がっている様子を見ながら少し考えていた。


「うーん、仕方ないな、それじゃ行ってみるか」




「やったー、それでこそライルだ」










三人はすぐに丘を走り下りる、その道は滑るような坂で草の生えた泥道だったが下に行くにつれて石を敷き詰められ舗装がされた道になっていく、またさらに下ると煉瓦作りの塀が現れて建物などで港は見えにくくなって行く。ライルは下りながらどうやって船の中に見つからずに入るか考えていた。




 周辺に立ち並ぶ工場を見て思いついた。






「そうだ俺たち目立たなければいいんだよ、俺に考えがある、こっちだ、ついて来いよ」




 三人は海辺の工場に立ち寄った、ここはライルの父親が営んでいる造船修理工場だった。


ライルのおじいさんは漁船乗りだった為父親も家業継ぐ予定だった、しかしあることがきっかけで海に出る仕事をあきらめ、陸で造船所を立ち上げてここまで築き上げた。


父親を含め10人もいない小さな工場だがここはエンジンの修理、船体の補修、船底のメンテナンスなど多くの作業を行っている為に作業員は毎日忙しい日々を送っている。コンプリトルの港の規模に対して船の修理工場は幾つもなかった。




 三人は誰にも見つからないようにその工場に忍びこむ。




「ライルのおやじの工場だろ、なぜこそこそしているのか? 何をするんだよ」




「シッ! 声を出さないように頼むよ、今日も手伝いをさぼっているんだから」






「怒られるのか」






「……」






 工場の中に入ると建物の規模に対して働いている人が数人しかいなく殺伐とした雰囲気だ。その人達は溶接をしたり、塗装をしたり、また船底についたカキを取っている。


そこを通り過ぎる時に作業員は気づいてライルを見る人もいたが作業に集中していて構っている暇はないようでライル達の事には一切触れる事はなかった。




 三人は中腰のまま、事務所のドアを開けロッカーのある方向へ進んだ、この部屋は光があまり射さず薄暗い所で掃除も滅多にしないのか端の方はほこりだらけだ。ライルはロッカーの中から選んで作業服を出しマークに渡した。




「なに、作業着? これを持って行くのか」




「そうだよ、俺たちが着るんだ、早く合わせて見ろよ」




「僕、これ少し小さいと思うよ」




 太ったパーカーが作業着を広げて心配そうに言った。




明かりのある隣の部屋ではライルの父親が老眼鏡を押さえながら伝票の処理をしているのが見えた、最近は歳のせいか疲れた顔だった、自宅では見せない父親の姿だった。




 それに気づいた三人は更に息を潜めて話す。




「他にもっと大きな物は無いの?」




「パーカー、それが一番大きい物なんだ、我慢してくれ」




「パーカー、大丈夫さ。何とかなるって」




 ライルは作業着の入っていたロッカーの扉を閉める、しかし扉が歪んでて閉まらない、音を立てぬよう、ゆっくりと押し込むが閉まらない、またそのままだと扉が手前に来て開いたままになる。




仕方なく勢いよく閉めた。






 ガタッ!






 みんなの動きが止まり父親を見た、しかし父親は気づいていない、ほっとしたがその反動でロッカーの裏に立てかけてあった棒雑巾のえが倒れ、事務所の窓ガラスを叩いた。




「誰だ!」




 ライルの父親はその音に気づいた、三人は声を上げて急いで一斉に外へ出て走った。




「何で作業着なんだよ、それも汚れているし」




「これが一番わかりにくいんだ、船内には機関作業員として行けば目立つことはないし、上のクルーは機関士の顔なんて覚えてやしないさ」




「おー、流石だね。でもこの作業着入るかな?」




「そのときはそのときだ」










 港は沢山の人で賑わっていた。岸壁には船が所狭しに隙間無く停泊している。




 この時間漁師達は魚のセリが終わるとお店で酒を飲む習慣がついていて、これを楽しみに仕事をしている。他にも貿易船が何隻もコンプリトルに中継点として立ち寄り、この島にも荷物を下ろしている船もある。それに相対するように港周辺にいろんな店が建ち並んでこの港は人であふれていた。


 店の中にはコンプリトル人ではなく、貨物船の乗員でもない人々がいた。






 マーク達が言っている大型旅客船に乗って来た人たちだろうがどの辺りの国からやってきたのか見当がつかない、その人達はコンプリトル人と風貌がだいぶ違っていてひんがよく、遠い所からやって来たのだけはわかった。




 ライルは今までコンプリトル島から外に出た事無く外の世界の事は全くの無知だ。


 東側の岸壁迄来ると三人が目指している客船が近くなってきた、海と通路の間に立ち並ぶ港の倉庫、その隙間から大きい煙突が見えてきてそこから黒い煙があがっているのを確認した。迫力があり、三人はそれだけでもうドキドキしていた。








 やっと倉庫街の細い路地から出ると、そこには視野に収まりきれないほどの黒い船体があった。大型客船の船首を見上げる、先が突き出ていてここからでは上の客室などは見えない位大きなものだった。




「すごいな!」




「やっぱり大きいぜ」




「いや、やっぱり小さいよこの服!」




 マークは整備服で変装しているのも忘れて岸壁の端っこであぜんとしたように船を見ていた。




「近すぎて首が疲れるくらいだな」




 大型客船の上の方を見ようとマーク達は少し後ろへさがり、どのくらいの大きさがあるか全体を視野にいれようとした。


 その客室の窓は数え切れないほど並び、その脇には幾つもの大きめな救命ボートが取り付けられている。上の方は展望スペースだろうか大きなデッキみたいなのが張り出していた。


 そしてマンタのように両側に突き出た操縦室、その上には国旗のような旗が風になびいていた。




「マーク、本当にこの船に進入するのか?」




「もちろんさ、ここまで来たんだ早速いこうよ、チャンスだ」




「僕もワクワクするよ、楽しみだ」




 接岸されている大型客船の周辺にはやはり人は少なく、職員らの姿も見えない。




「さっき言ったように先ずは下の入り口から入ろう、ここからの経路が入りやすい、そしてマークとパーカー俺たちは機関庫員だぞ、いいか」




「わかった。」




 三人は通常の乗船口ではなく、下側の小さな入り口から入る事にした。






 入り口付近は船と岸の間の板が渡してなく、岸と船体の隙間は波によって不規則に動いていて、もしそこに落ちると挟まれて二度と上がってこられない。


 三人は陰になった隙間に動く暗い海面見てゾクゾクしながらそれを飛び越えた。






 船内に入るとそこも誰もおらず静かだが中はエンジンの音が響き、振動でこの船の威圧感を体感できる。




 パーカーの足がそこで止まったがライルとマークは先に進む。




「マーク、次は階段を下りる、音を立てるなよ」




「了解、パーカーは慎重にな、あれ? パーカーがいないぞ」




「本当だ、さっそく問題発生か?」




 ライルはこのままその場でマークだけは来た道を入り口付近まで戻った。




「ここにいた、どうしたパーカー、作業着が小さいのか?」




「いや、緊張しちゃって動けないんだ」




「大丈夫だって、先も誰もいなかった、先にはライルが待っているんだ」




 マークはパーカーの背中を無理矢理に押し進めライルのいる場所まで進んだ。




「パーカー大丈夫か? 怖くは無いからついて来い、さっき少し先まで行ったけど誰もいなかったよ、大丈夫だ」




 階段を登りペンキの臭いがする白く狭い通路を走り抜け突き当たりの小さな扉を開くと、暖かく包まれるような広場へ出た、そこはカーペットが敷かれていて乗客の空間に出たのだとすぐにわかる、船内に太陽の光が入ってきているような色だが、すべて照明の色だ。とても高い位置にあり、天井には宗教的にも思える彫刻が施されていた。




「すごいな、やっぱり外国の船だけあって中も広い」




「僕も将来こんな大きな船に乗りたいよ」




「そうか? ただの船じゃん」




 三人はその作業服が場に合っていないのも忘れ、船底に近い階数の場所から光沢のある手すりを触り螺旋状の階段を上へと登った。一番上の鉄柵にはこの船のシンボルマークをアイアン素材によって線で形どられているのがあった。




 上の広場中央にはテーブルに乗らない位大きなこの大型客船の模型が飾られていてゴールドに光ったネームプレートが、パーカーの目にとまる。




「とれじ、あ?」




「この大型客船の名前はトレジャーだよ」




 ライルが冷めた口調で答えた。




「こっちにももう一つあるよ」




 それの横にもさりげなく船体の模型が飾られていた。




「うわー、なんだこの船、おかしい」




 首を傾げるパーカー




「カッコいい船とはいいがたいな」




 マークから見ても船の模型のデザインはあまり好みではなかった。




「こっちの模型はシンドラーと言ってこの大型客船を造船したシュリーファクター社が初期に作った蒸気船だよ、この船が製造された時代はまだ帆を張った帆船が主流で当時は画期的で斬新な船だったらしい、そして今俺たちが乗っている船もだけど蒸気船はかなり進化していてピストンの圧縮率も上がり、性能もよくなって蒸気タービンでも出力を補っている、時代と文明はだんだんと進化していくんだよ」






「ライルの知識の多さにはいつも感心するよ」




 ライルの機械に対する知識は豊富で、興味がない船であっても構造や仕様などは自然と出てくる。




 ライル達は船内を更に探検、通路の両側には架空の動物をデザインされたブロンズ仕上げの装飾品が、柱の間隔に合わせて並んでいた。




 もっと奥のほうへ進むと観音開きに開いているドアの部屋に突き当たる、そこには本が沢山ある部屋だった、この部屋に入るととても静かでエンジンの音や周りの音は全く聞こえてこない。ライルにとっては不思議な空間だった。




「ここの部屋は、防音処理されているのかなあ」




 ライルは自然と中へ引き込まれて行く。




「あっ、ここの資料室だ、奥にあの本がある」




 ライルはいきなり資料室の奥にあるその本に飛びついた、それは今まで探していた飛行資料集と同じもので他の国での技術が載せてある書籍物、空気を浮力として浮く物体の機械である原理と構造が載った本だ、ライルはその中身が知りたかったのだ。




 本には、紙で作る物から人が乗って操縦、滑空して飛ぶものまで載っている。ライルからすると新鮮でとても興味のある書籍と言うことは言うまでもなくライルの目は輝いていた。


 それをよそにマーク達は周りの船の装飾品に見とれていた。




「この動物なんて言うのかなあ、見たことないよ」




「俺も知らないな、この島にはいない外国にいる動物だろ」




「しかし、すごいなぁ。立派なホテル並だ」




 その時夢中になっている三人の背後にゆっくり近づく物があった。










「誰だ、君たちは! どこから入ってきた」




 そこに怒鳴りながら入ってきたのはこの船の船員。不審な三人を見かけてここまでつけていたのだった。




「いえ、僕たちは機関庫兵でありまして……」




 マークはこの状況はマズイと思ったが慌てて言葉を返した。




「そうか、それでは失礼。っと言うとでも思ったか? その服装も機関員のつもりか、全く違うものだぞ。すぐ上官に報告するからな、まっていろ」




 船員はすぐに近くの伝声管を使って操舵室に通報した。




「やばいぞ、逃げよう!」




 マークは船員が連絡している隙をねらって逃げた、それを見てあとの二人も続いた。




「変装の意味が全く無いじゃないか」




 パーカーの泣きそうな声




 三人は急いで資料室を出て通路を走った、それでも追って来る船員は体つきが良く大きい、動きは遅いが恐ろしいほど威圧感があり逃げる三人は必死だった。




「まてっ!」




 三人は階段を滑り降り廊下をぬけ大広間に出るとレストランがあった、そこは人が沢山いて皆ビュッフェ形式で食事をしていた。こんなに人が乗っていたとは思わなかったがそれ幸いに人混みの中に紛れ込んだ。




 ライルは追って来る船員を見ながら逃げていると前を歩いていたおばちゃんの大きなお尻にぶつかった。




「あっ、すみません」




 そのおばちゃんは自分達の慌てている様子を眺めてにこっと笑う。




「元気な子ね、最近は走り回る子を見ていないわ」




「いえっ」




 話てる間に船員が迫ってレストランの中まで追って来た、すかさずテーブルの下に隠れた三人、テーブルクロスで見えにくい場所だがそこはおいしい匂いがする、ライル達にはたまらない場所だった、そういえば朝からなにも食べていなかった。




「ねえ、一つ位いいよね?」




 テーブルの上の物を何でもいいからつまみたい、パーカーはクロスから顔を出そうとするがライルがやめさせた。




「あれ、あの船員はどこにいった? 向こうに行ってしまったか」




 しかし次の瞬間ものすごい勢いで三人は後ろへと引っ張り出された。




「わあーっ!」




 三人は船員の男に簡単に持ち上げられる。




「ここにいたな! さあおまえ達をお呼びだ、船長の所に来い」




 ライル達は机と椅子しかない上の部屋に連れてこられた。




「あーあ、おとなしく外から見学するだけにしておけばよかったね」




「そうだな、俺の作戦が悪かったな」




「僕たちが誘わなければこういう事にはならなかったよね」




 よく見るとここの窓から外の様子が見えている。




 外にはライル達の知っている自宅の近所の女の子達が楽しそうに会話している姿が三人ほど岸壁の所に見えていた。この客船を見に来ているようだ。


 さっきまで陸に居た時を思うと後悔しているし、窓の外の場所がとても遠くに思えてく。


 少し時間がたち、一人の男が部屋に入って来た。




「私はこの船の甲板長だ、一等航海士でもある、今船長が手が放せないので私が代わりをするよ、君は出ていっていい、あとは任せておけ」




「はっ了解しました。しかしどういう処分を行うのですか?」




「それは船長が決める事だ、早く出て行きなさい」




 体の大きな船員は慌てて出ていった。




「それで君たちは何が目的で入って来たのだ?」




 マークが反省した顔で答える。




「どうしてもこの大型客船の中が見たくて、でも俺たちはどんなに努力してもこの船には普通に乗れないので……」




「そんな事無いよ、君たちだって大人になれば乗れる時がいくらでもあるんだ。しかし気持ちはわかるよ、私だって子供の頃は大きな船に憧れていたものだ、それで今ここの職員になっているからな」




「そうですか、とても羨ましいです」




 その一等航海士はライルを見て言った




「しかしそこの君は資料室にいて何か調べている様子だったみたいだな」




「はい、あそこの書籍類はコンプリトルの島にはないものばかりで、その中に特に興味を引く物があってそれを読んでいました」




「何か良いものがあったのだね、でもここの本を持ち出して良いとは言えないのでね」




「いいえそんなつもりで入ってはいません」




「そうだったか、でも無断進入は駄目だって言うことはわかったかい」




「はい、すみませんでした」




 そのときドアの向こうから声がした。




「中にいるのか? 入るぞ」




 部屋に入ってきたのはこの船の船長だった。


 服装から違い左胸には勲章みたいなのが三つ程下げられ、袖口には金色の線が四本、白髪しか無いし歳をとっていて想像通りやっぱり白い髭も生やしている。




「ほほう、君たちよく入ってきたな」




 船長が落ち着いた低い声で話す。




「君たちに問う、船は好きかね?」




「はい!」




 ライル以外の二人が返事した。




「君はどうなのかね、船は?」




 船長はライルを見てたずねた。




「あまり……」




「おいっ、そこは興味あるといっとけよ」




 マークがあわてて返事する。




「はははっ! それはいい。では君はなにを見ていたのだね、何かの本を真剣に見ていたと聞いているが」




 船長は優しそうな笑みをうかべて言った。




「鳥を、いっいえ、航空物の……ここには資料が沢山ありすぎて」




「ほう、空の方に興味があるのかね、それとも技術文明になのかな、それだったら海と空の文明は非常に近い物があり、これらの機械文明は将来同じ技術の進歩を辿っていくはずだよ」




 ライルは船長の言う事が難しくあまり理解できなかった。




「この子等はまだ若い、この三人に船内を案内させよう、クルーをつれて案内してあげなさい」




「はっ、了解しました」




 一等航海士が潔くさっきの船員を呼びに行った。








 最後に船長はライルに質問した。




「君の名前は? そこの飛行機少年だよ」




 ライルは自分の名前を答えた。




「君たちとまたどこかで会う事を期待しているよ」




 船長はそういって部屋を出ていった。




「へっ? こいつ等をわざわざ見学させるんですか?」




 さっきの船員はめんどうくさそうな顔をした。










 船員は仕方なく三人をつれて廊下を移動している。




「まったく、なぜおまえ達の面倒をみなくてはならないのだ、船長は何考えているのかこんな小僧を」




「へへっ!」




 船員はやる気の無いような声で説明を始めた。




「先ずはここ、知っての通り操舵室だ、中央にはこの船の進路を導く舵を伝達するための操舵輪そうだりん、円形の形をしたハンドルの回りにいくつかの取ってが付いている。この船の一番重要なものだ」




 当たり前だが操舵輪は少しも動いていない、この船の大きさに比べて小さな舵だった。




「その後ろにある大きなガラスの円テーブルの形をしたものが羅針盤らしんばん、これを使って方角やまた六分儀を使うことによって船の位置を知ることが出きる」




 ガラスケースのなかには大きな皿に沢山のメモリが刻まれたものが少しだけ振れている。




「おおきいー」




 パーカーの目が輝いていた。




「大きな方位磁石だな」




 マークも珍しそうに見ていた。




「ここに置いてある物が六分儀だ、これは古来からあるもので、太陽や星などを基準に現在の位置を確認する事が出きる。羅針盤と併用して使う」




 ライルがのぞき込むように確認した。




「さわるなよ! ここの計器は繊細なんだ、次ぎにいくぞ」




 船員は前の方へ歩き指さした。




「前方右方向の計器は、一つは速力計、これは船の進行速度もだが、潮の流れや進行方向を計算して、航行したおおよその距離を出すことが出きる」




「もう一つは風速計、この船の帆は備えておらず帆船ではない、昔の名残で装備しているともいえるが、以前の風速計とは構造自体が違う、この船体を確実に目的地に導く為にも必要な物の一つだ」


 右の方の風速計だけの針は動いていてこの客船が海原を航行している時の様子が目に浮かぶ。


「また、窓際にあるものも含めて幾つかの金色をしたラッパのような物は伝声管だ、動力を使わずとも機能する」




「さっき、通報される時に使っていたものだ」




 マークが笑いながら言った。




「ここの操舵室の常駐人数は7名、昼夜交代している。先ほどの伝声管を使って、監視棟や船首のものと交信、そしてボイラー室とではエンジンの出力の調整などの伝達をして連携をとっている」




 このまま三人と操縦室を出て先ほどの通路を通る。この廊下は大広間へ繋がっていて他の通路より2倍の幅を設けている。それはパーティーの後など混雑する時があるからだよ。




 大広間の手前にはさっきの船の模型だ。ライルが言った通りシンドラー初期型船の模型、船員はこの船の模型を指しては製造会社シュリーファクター社をいかにも自分が勤めているかのように自慢していた。




「そしてここがこの船の一番の空間、この大広間では航行中にパーティーや演奏会などが行われている」




 中央奥には大階段があり、一等客室へ続いている。




「あっ、君たちは一等へ入る事すらできないからな、まあその上にも特等というのがあるんだがね」




 ここでは沢山の人が階段を上へと上がっていくのが見受けられた、レストランで食事を終えたひとたちだろう、さっきぶつかったおばちゃんも一等以上の乗客なんだろうか。










 三人はさらに階段を下へ行き、業務用の通路を通る。




「今度は下のボイラーだ」




 鉄の扉を開いて中に入っていく、上とは違って通路はとても狭く、人一人しか通れない位だ。




「ここの倉庫は食料や水を保管してあり、この船の乗員乗客を含む700名の10日分の食事を確保している、港に着く度に補充していて今も買い付けに行っている」




 奥に行くとエンジンの音が大きくなってきて、石炭の焼けた匂いもしてきた。


 庫内に入ると想像もつかないような大きなピストンが天井高くから上下に物々しく動いているのが見える。




「スゲー」




「ここがボイラー室だ、この船の心臓部で動力源は石炭、最高級品を仕様している。石炭専用……えっと、俺機械は苦手なんだよな」




 乗員がうる覚えな情報をライルが続いて説明する。




「石炭専用管10基・レシプロ機関1基搭載! この8千トンある巨体をこれらのエンジンが動かしている。」




 乗員はビックリした顔でライルを見る。




「よく知っているなー、何処で得た知識なんだ? それに正確だし」




「さすがライル、ライルは機械に強くて何でもしっているんだ」




「しかし船には興味ないんだよな」




「でも一緒に来てるじゃないか!」




「一応見ておこうかなと思ってね」




「ふん、生意気なガキだ、次は上に行くぞ」




「でもマークと俺はとても満足なんですけど」










 三人はこの船の甲板に出た、外に出ると風が吹いていて清々しく太陽の光がまぶしかった。甲板も人が少なくこの船の乗客なのだろう子供たちが遊んでいる。また別の後ろから走ってきた子供がパーカーにぶつかる。




「あいてっ!」




 その子供は何かあやまっている様子だったが、言葉が分からない。自分達には通じないと思ったのか子供はすぐに行ってしまった。




「ここは船の一番広い屋外スペースだ、イベントなどこの場所で行ったりもする、脇にはデザインを重視して作られた救命ボートの装置、他のスペースにも幾つか設置されてあり合計25艇、この船の景観を損ねないように作られていると聞いているが、私的にはどうも合わない。まあ船の700人を乗せるとなると仕方ないのかもしれない」




「すべての救命ボートで700人乗れるのですか?」




「計算では乗れるはずだよ船長を除いて、しかし実際に脱出するときは皆我先に逃げようとするだろうから難しいかもな」




「えっ? 船長はどうやって脱出するの?」




「これは君でも知らないんだな、船長は船と共に沈むと言う道しかないんだよ、残酷だがそれが責任なのさ」




「……」




「よし気分を変えて最後に棟の上の監視棟に上ってみるか」




「はいっ!」




 三人はマストの梯子を登り上がる。その監視棟は先ほど言っていた伝声管も備えているのが見えた、そこは視界が良く海を見渡すと、今日は驚くほど海が静かで波が無い。




「ここからだとどんなに遠く離れている場所も見渡せるよね」




「そうだな最高だ、新大陸発見! ってな」




ライルは二人がはしゃいでいるのを冷めた感じで見ていてそこに置いてあった双眼鏡を取って覗いた。




「やっぱり来て良かっただろ? 聞いているのかライル」




 ライルはマークの問いかけに答えず、向こうの岸壁にいる知らない少女をみていた、ここからかなり離れていると思うが、なぜかこちらをじっと見つめているような気がして、目線を外すことができなかった。

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