第2話 秘密の作戦会議よ

 二年前に目覚めてからこれまでのこと。

 ハティやスコルと出会ったことや初代フォンティーヌ公爵の日記のこと、そして秘密のアトリエのことも含め、私が知っていることを全て美玖に話してみた。


 正直、アトリエについては言っていいものかどうか迷ったわ。だけど知られたからといって美玖、つまりミーアがあのアトリエに入れるとは思えないし、利用する方法もないと思うし。

 むしろ危険だもの。実際のところ、私は魔獣召喚のせいで追いつめられているのだから。


 どうやら本当に知らないことばかりだったようで、美玖は

「そりゃ物語も変わるわね」

と目を白黒させながら仰け反っている。


「あと……そのセルフィス、だっけ」

「あ、うん」

「多分、魔物じゃないかなあ……」

「へっ!?」


 予想もしていなかったことを言われ、思わず変に裏返った声になってしまう。

 セルフィスが魔物!? いや、普通に人間の男の人だったけど!?


「話を聞いてると、サルサと印象が被るの。だから……えーと、八大魔獣じゃないけど、魔獣並みの力を持つ魔物。それじゃないかなって」

「でも……」

「ちなみにサルサ――真の名は『カイ=ト=サルサ』なんだけど」


 そう前置きをして、美玖はサルサと出会ったときの話をし始めた。

 蝶の魔物『サルサ』は完全な隠しキャラで、設定資料集にも載っていないらしい。攻略サイトでも記載されるたびに削除されて、それは制作サイドからクレームがあって削除された、とか完全なデマだとか、いろいろな噂が飛び交っていたそうだ。


 美玖はマリアンセイユが学院に入学を希望していることを聞いて、半信半疑ながらもこのイベントを起こしてみたところ、本当に魔物サルサが現れて驚いたという。


「サルサは人間の姿にも鳥や猫の姿にもなれるの。情報収集に長けていてすごく便利なんだけど、頼り過ぎると危険で……。だけど、ミーアとしてはサルサの存在は本当に嬉しかったし、頼もしかった。魔法を使わなくても、傍にいてくれるだけで元気が出た」


 ミーアがただの鎖だけになった右耳を触る。

 その鎖の先には、桃水晶が付けられていたはず。砕けて無くなり、サルサとも話せなくなったけど、何となく外せないでいるのだと言う。


「セルフィスがどういう魔物かは分からないけど、魔物だからって魔精力をまき散らしてるとは限らないってこと。人間の姿にもなれるしね。サルサは完璧にメイドになりきってたわよ。街に買い出しにだって普通に行ってたからね」

「ひえ……」


 でも、そういえばユーケルンも美しい人間の男性の姿に変身してたわね。一角獣の姿の時とは違って、魔獣独特の魔精力オーラも出してはいなかった。あの姿だけ見たら魔獣とは気づかなかったと思うわ。

 セルフィスも人間の男性の姿に擬態していたのかしら? だとすると……ますます私はセルフィスの何を信じればいいんだ、ということになるわね。別に容姿で好きになった訳じゃないけど。


 何だか眩暈がしてうーん、と眉間に皺を寄せながら唸っていると、美玖は

「それにね」

と私にはお構いなく言葉を続けた。


「その、『影』だっけ? 普通の創精魔導士には、無理だと思う」

「そうなの?」


 私は模精魔導士だから、学院の授業は模精魔法のカリキュラムが中心だった。特に『新奇創精魔法理論』という自分独自の全く新しい魔法を作り出す講義は私とは完全に縁が無かったし、模精魔法科の授業とカブってたから取らなかったのよね。

 つまり、創精魔法に関しては美玖ことミーアの方が圧倒的に詳しいのだ。


「『影』を作れる創精魔導士はいると思うけど、自由に動いて喋って実物と区別もつかないレベルとなると……。しかもマリアンセイユほどの魔導士相手に気取らせないというのは、相当なものよ。やっぱり魔物じゃないかな」

「……」


 となると、最初の説明から嘘八百だったのも筋が通る。正直に「自分は魔物です」なんて言う訳がないものね。


「ただそうなると、目的がよくわからないけどね。まぁでも、魔物ってそんなものかも。サルサも『単に面白そうだから』って言ってたし。だけど、本気で私を心配してくれてたときもあったと思うんだ。……誰も信用してくれないかもしれないけどね」


 えへへ、と美玖が淋しそうに笑う。

 美玖――いや、ミーアの中には、サルサとの絆が確かにあるらしい。


「となると……そうか、そのセルフィスも繭が心配だったのかもね」

「心配?」

「うん。サルサ以上に骨を折ってくれている気がする。ましてや、舞踏会でこっそり二人で踊る場所を用意するとか……」


 そう言うと、美玖の口元が妙にモニョモニョし出した。

 そしてパッカーンと三角に開き、私の肩をバシバシ叩く。


「そりゃ参っちゃうよね! 好きになっちゃうよ! やだ、ニヤける!」

「やめてよ!」

「だって素敵すぎるもん、そのサプライズ! 恋愛初心者の繭ならイチコロ! 一発で落ちるよね、そりゃ!」

「落ちるって言わないで!」

「だってそれで落ちたんでしょ?」

「それだけじゃない!」


 あるとき、会いたがってる自分に気づいた。会えなくて淋しがっている私がいた。

 もう会えなくなるのは嫌だと思ったし、どんな形でもいいから傍にいてほしかっただけ。……まぁ、拒否られた訳だけど。

 でも……そうか、もしセルフィスが本当に魔物なら。


「やっぱり、私が魔王の下に行くわ」

「えっ! でも……」

「そういう方向で考えてみようよ。さっきも言ったでしょ? 魔王は聖女を邪険にはしない」

「だけどぉ……あ、じゃあ、魔獣フェルワンドは!? いざとなったら護ってくれるんじゃない?」

「無理ね。魔王は魔獣の頂点よ。さっきマデラギガンダだって『魔王にお伺いを立てないと』とか言ってたじゃない」


 フェルワンドは『俺様の獲物だ!』とユーケルンに主張して追い払ってくれたけど、それは相手が魔獣だったからだ。同じことを魔王にできるとは、到底思えない。

 契約した主ならともかく、ただの食糧をそこまでして護ってくれる訳がないわ。


「だからフェルワンドの呪縛から逃れるためにも、魔王に会いに行った方がいいと思うの」

「えぇー?」

「どうせやるなら、テッペンを押さえに行く。フェルワンドに魔王の脅威から守ってもらうより、魔王にフェルワンドの呪縛から解き放ってもらう方がまだ可能性があるわ。それに、もしセルフィスが魔物なら魔界に行った方が探し出せる気がする。ひょっとすると魔界で会えるかもしれないし」

「え!」


 急に美玖が両手で自分の頬を抑え、びょん、と肩を上げた。


「やる気になったんだ! 家も魔王も捨てて駆け落ち!? 素敵ー!」

「そんな訳ないでしょ。言っておくけど、家は捨てないわよ。正妃は譲らないわ」


 正妃として魔界に行くからそれだけは駄目よ、と頑として言い放つと、美玖は目に見えてガクーッと肩を落とした。


「えええ、正妃を譲ってくれるのかと……」

「あげません。公爵家の面目丸つぶれじゃない」

「正妃マリアンセイユが譲るって言えばOKなのに……」

「え、どういうこと?」


 不思議に思って聞いてみると、大公家の正妃には特権があるらしい。

 それは、夫の妃について自分も含め絶対の決定権があること。

 例えば、夫が側妃を持てるのは正妃が認めた場合だけ。後継者問題に支障がない限り、その決定は大公の決定を上回る。


 もともと、リンドブロム大公国は貴族の結婚について縛りがきつい。これは聖女の血によるもので、当然聖女の直系である大公家も例外ではない、と。


「ふうん……そういえば、上流貴族の令嬢が下流貴族の子息を指名すると殆ど拒否できないらしいわね」

「そうよ」

「恋愛に関しては女性有利なのね」

「乙女ゲーだしねー」


 そういう権利があることはディオン様は言わなかったけど……まぁそれは、土壇場で翻されると困るからでしょうね。

 少しは距離が近づいたとは思ってたけど、気を許したわけではなく用意周到だ。

 まぁ、次期大公としては大事よね、慎重さって。


「だから私を排除しようとしたのね」

「だってー、いくらディオン様が私を望んでくれてもマリアンセイユが一言『駄目』と言えば駄目なんだもん。それに普通に考えて、『はいどうぞー』なんていう正妃がいる訳ないじゃない」

「ここにいるけどね」

「あ、うん。マリアンセイユが繭で、私を美玖だとわかってて、だから……っていうんなら、理解はできる。できる、けどさぁ……」


 美玖の声は尻すぼみになり、何やらモニョモニョ口の中で呟いていた。

 どうしても心の底から納得、という訳にはいかないらしい。


「だいたいねぇ、私が『ミーアに正妃を譲るわ』と言ったところで上流貴族は納得しないわよ。結婚後の生活が大変なものになるわ。それこそ暗殺とか、冤罪に追い込まれる可能性だってある。足を引っ張られないように緊張する毎日になるわよ」


 それがどれだけストレスがかかるものか、私はよく知っている。

 だけどアイーダ女史やヘレンがいてくれたから、毎日笑っていられた。

 そしてハティとスコルが護ってくれたから、自信を持って立っていられた。

 

 だけどミーアには、大公宮での味方はディオン様しかいない。せめてサルサがいれば、話は変わっただろうけど。

 そうか、それもあってディオンルートにサルサが必要だったのかもね。


「まぁ、それはね。でも、愛さえあればどうにかなるわ!」

「そんなところは夢見がちなのね、まったく」


 現状ではミーアが正妃になるルートは茨の道で、現実的ではないわ。

 ミーアとしては多分、理解してる。だけど美玖の方がなかなか納得できないんでしょうね。ごねる表情はまんま美玖だし。


「つまり、私が『ミーア以外の妃は認めない』と言えばいいんでしょ。まぁ、上手くやるわよ」


 とは言っても、ミーアが最下級の男爵令嬢であることはどうにもできない事実で、果たして私の言葉だけで上流貴族が引っ込んでくれるだろうか。

 仮に『聖なる者』になれたとしても……。


「――そうか。代わりはきかない、ということが強調できればいいのよね」

「え?」


 マデラギガンダは言っていた。『こたびの聖女は二人か』と。

 つまり、魔界では既にそういう認識になってるってことだ。


 このゲームの設定として、ミーアとマリアンセイユの二人だけが聖女の素質があった。これだけは、変わらない事実。

 そして現在、この物語はそれを軸として『二人とも聖女である』という流れになっている。

 これを、大々的に広めればいい。リンドブロム大公国は何より聖女の血を重んじ、聖女を敬愛している。

 となると……。


「美玖……いえ、ミーア。『聖なる者』の選定の日に、マデラギガンダを招待しましょう」

「ひええっ!?」


 ポン、と肩に手をやると、美玖が分かりやすく飛び跳ねた。上司の肩たたきか、ぐらいのリアクション。


「招待って……ええっ!?」

「マデラギガンダに『人間界に二度と来るな』とは言えないと思うの」

「そりゃそうよ。魔王の使者なのに……」

「日を改めてって言ってたけど、これが明日や明後日となるとさすがに都合が悪い。それぐらいなら、こちらから日時を指定した方がいいわ」


 ミーアの立場を保証するには、私はディオン様の正妃でなければならない。

 そして結婚の儀の翌日は『聖なる者』の選定の日。


「『この日にこういう聖女にちなんだイベントがあり、民衆もたくさんいる。魔王の意思を広く伝えるためにもこの日に来てくれないか』と言えば、それぐらいは融通してくれるんじゃないかしら?」

「え、そう?」

「うん、多分ね」


 通常なら王獣に対して交渉などとんでもない、と拒絶されそうだけど、今回ならアッシメニアがとりなしてくれるに違いないわ。そもそも命乞いをしてくれる予定だったのだから。

 そうと決まれば!


「ハティ! お使いお願いできる?」


 きっと魔界から見守ってくれてるだろう、ハティに呼びかける。

 すると、しばらくしてから

“なーにー”

と言って、荒れ地の向こう、岩山の影からハティがタタタタッと走って来た。


「アッシメニア様に、大事なお願いがあるの。マデラギガンダ様に取り次いでほしいことがあるのよ。頼めるかな?」

“んー、多分。ナーニ?”


 ハティの耳元に、『選定の日にご招待』の文言をボソボソと告げる。そして、いくつか条件……というより、お願いも。

 ハティは思念でモゴモゴと繰り返すと、完璧に暗唱してみせた。


「うん、その言葉通り、きっちり伝えてね」

“わかったー。行って来る!”

「お願いね」


 これなら、美玖……ミーアの想いは叶って、フォンティーヌ公爵家のメンツが潰れることも無い。むしろ感謝されるかもしれない。

 きっと上手くいく。どうか、上手くいって!


 そう祈りながら、私たちはハティの背中をじっと見送った。



   * * *



 アッシメニアは

『まぁ、時といい場といい、ちょうどいいのう』

と言い、マデラギガンダにいいように伝えてくれたらしい。

 そして、

「どうぞこの日にお越しください」

と言われたマデラギガンダも、満更ではなかったようだ。


 ただ、何を急に思い立ったのか、

“闘技場ならばちょうどよい。聖女の力とやらを試させてもらおう”

という返事が返ってきて、ミーアと二人で震え上がったのだけど。


 とにかく、


「土の王獣だから土属性の魔物対策を確認しておきましょ、美玖」

「わかったわ、繭。本番一発勝負ね。打合せはここで済ませちゃおう」


……と、徹夜でミーアと魔法シミュレーションをしたのだった。



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