間話11

大公家の判断

 『野外探索』二日目を終えた、夜9時。

 大公宮の大会議室では、リンドブロム大公、ディオン、上流貴族八家の当主の他、リンドブロム近衛部隊の『内政部』『外政部』『司法部』の部隊長、副部隊長が顔を揃えていた。

 この二日の間に起こった事件についての、緊急会議である。


 しかし、上流貴族八家には二つの空席があった。

 心臓発作を起こして倒れたフォンティーヌ公爵と、身柄を拘束されたエドウィン伯爵の席だ。

 フォンティーヌ公爵は命に別状はなかったものの昏睡状態であり、大公宮の一室で治療を受けている。

 ガンディス子爵は公爵の代理ではなく、エドウィン伯爵の密猟事件を突き止めたフォンティーヌ部隊の副部隊長として、上流貴族の末席に座っていた。


 本日の議題は、ルイス・エドウィン伯爵およびクリス・エドウィン子息による密猟事件の真相の究明。

 もう一つは、『野外探索』で起きた魔獣事件についてだった。



 まずは密猟事件について、司法部のヌール部隊長が報告した。

 ワイズ王国の山中で行われていた密猟はエドウィン伯爵の指示で行われたものであること。

 そしてクリスもその作戦に積極的に参加しており、その重大な障害となったマリアンセイユ・フォンティーヌを殺そうとしたこと。


「では、あの大穴はクリスの仕業だというのですか?」

「いえ、違います。正確には、クリス殿が召喚した魔獣の仕業です」


 ディオンの問いに答えると、ヌールは懐から4cmほどの柱状の水晶を取り出した。


「これを、マリアンセイユ様から預かりました」

「何ですか、それは?」

「マリアンセイユ様が撮影されていた、『野外探索』での行動記録です」

「魔道具の使用か! 完全に違反ではないか!」


 それ見たことか、というようにブストス伯爵が大声で怒鳴る。冷ややかな目でそちらを一瞥したディオンは、

「探索における魔道具の使用は禁じましたが、それ以外は認めています」

と毅然として言い放った。


「それを言ってしまうと、魔燈マチンや浄水器もすべて禁止しなければなりません。記録水晶は画像を捏造することは不可能ですから、むしろ彼女が不正なく試験に挑んでいたことの証になるかと」

「うぐ……」

「それに、そもそもこの魔道具と記録水晶は、わたしがマリアンセイユ様に差し上げたものです」


 『外政部』の副部隊長であるドライが口を挟む。


「ご存知のように、マリアンセイユ様を毎日近衛部隊が護衛していましたが、最終選考ではそれはできなくなる。どうやらエドウィン伯爵がキナ臭いが子息のクリス殿についてはまだ分かっていない。マリアンセイユ嬢はクリス殿と話されることも多かったため、万が一のために行動を記録してください、とお願いいたしました」


 実際には部下がマリアンセイユを盗撮し、それを揉み消す代わりにマリアンセイユが魔道具を巻き上げたのだが、ドライはその辺の経緯はすべて省き、結論だけを説明した。

 マリアンセイユを主と認めた近衛部隊は、マリアンセイユの不利になるようなことは絶対に言わない。


 ブストス伯爵が押し黙るのを確認すると、ヌールは続けて隊長、副隊長の六人ですべての記録を確認したことを説明した。

 画像はヴァンクが大量の魔精力を放出し、地面に大穴を開けて潜ったところで切れていた。


 クリスがマリアンセイユの殺害目的で魔獣ヴァンクの魔法陣を使用。しかし本物のヴァンクが現れてしまった。そして、そんなクリスが魔獣にとどめを刺されずに済んだのは、マリアンセイユがヴァンクの注意を自分に向けたから。

 以上のことが、この記録水晶から判明したのだった。


「その後、ヴァンクはどうなりましたか?」

「マリアンセイユ様によると、最終的には護り神が追い払ってくれた、ということでした」


 事情聴収を受けたマリアンセイユは、フォンティーヌの秘密について話す訳にはいかず、フェルワンドを召喚したことを隠した。

 そして『すべてフォンティーヌの森の護り神のおかげである』と説明していた。


「……それほどの力を持っているのか、あの二匹の狼は……」


 ヌールの答えに、ディオンが呟く。


 魔獣ヴァンクを追い払うほどの力を持つ護り神を従えるマリアンセイユ。やはり、未来の大公妃としてこれ以上相応しい人間はいない。

 頭では分かっている。だが……。


 ディオンの脳裏に、小柄な一人の少女の姿が揺らいでいた。


「以上のことから、密猟事件との関わりは未だ証拠が無いものの、クリス殿の有罪は確定的と思われます。……いかがいたしましょう?」


 その場にいた全員が、リンドブロム大公へと刮目した。

 捜査や逮捕は近衛部隊に任されているが、最終的な決裁はすべてリンドブロム大公に委ねられている。

 それもあり、大公は議題の途中では一切発言をしない。大公の機嫌を窺って臣下が意見を翻すことのないように、という意図である。

 よって、会議の議事進行は大公世子ディオンが務めているのだ。


 普段は人のよさそうな笑みを浮かべているリンドブロム大公だが、今日ばかりは険しい表情を見せていた。

 何しろ国家反逆の動きが露呈したのだ。穏やかでいられるはずがない。


 皆の注目を一身に集める中、リンドブロム大公が口髭を捻りながら口を開いた。


「ルイス・エドウィン、クリス・エドウィンの両名は極刑。そして――エドウィン伯爵位を剥奪する」

「……!」


 休止ではなく、廃絶。

 その決定に、その場にいた全員が驚いた。


 エドウィン伯爵家から他家に嫁いだ血筋を辿り、妙齢の男子がいればその人間に伯爵位を継がせる。

 もしいなかった場合は、いずれ男子が生まれるまで爵位を休止する。


 これらは上流貴族だけに許された特権だった。すべては『聖女の魔法陣』を確実に引き継ぐための措置。

 しかしそのいずれでもなく廃絶とは、と、上流貴族の面々は驚きを隠せなかった。


 大公はいったん全員の顔を見回すと、言葉を続けた。


「そして、わが息子シャルルに『ソブラッド』の公爵位を与え、『ヴァンク』の魔法陣を引き継がせる」

「「ええっ!」」


 それは、シャルルが大公につく可能性がほぼ消える、ということ。

 上流貴族の当主たちは一斉にざわついた。


 マリアンセイユに会い、その人となりを知るにつれて、シャルルは自分が大公になることをほぼ諦めた。

 彼女がディオンの隣に立つならば、自分がディオンを乗り越えるのは不可能だろう、と。それは大公国のためにもならない、と。


 最終的に、彼はミーアを妻にする可能性がより高くなる選択をしたのだ。そしてあの『聖なる者』の最終候補者が発表されたあの日、その旨をリンドブロム大公とディオンに告げた。


 シャルルが臣下に下る、と言い出したとき、内心一番驚いたのはディオンだった。弟がそこまで覚悟を決めていたとは思いも寄らなかった。

 その理由の大半がミーアにあることは、容易に想像できた。


 ということは、シャルルはミーアと想いが通じ合ったのだろうか。

 自分を想ってくれていると感じたのは、まやかしだったのだろうか……と、ディオンの心は激しく揺れた。


 しかし、違った。『野外探索』を終えたミーアと目が合ったとき、彼女は一瞬、自分の方に駆け寄ろうとした。

 だが、周りに多くの人がいることに気づいて、その足をすぐに止めた。潤んだままの水色の瞳はすぐに伏せられ、小柄な体をいっそう小さくして、彼女はディオンの視界に入らないように俯きながら、事情聴収のための小部屋に入っていった。


 ディオンは、ミーアを支えるように寄り添っていたアンディがひどく羨ましかった。

 表立っては何もできない大公世子である自分の立場を、ディオンはこのとき初めて呪った。


「シャルル様が公爵に……」


 そう呟いたのは、ブストス伯爵だった。それ以上何も言わず、隣のヘイマー伯爵とちらりと視線を交わす。


 ブストス伯爵はかねてからシャルルを推しており、娘のナターシャにはシャルルと結ばれてほしい、と考えていた。ナターシャの下には男子が既におり、跡継ぎ問題には何の問題もないからだ。


 そして、ヘイマー伯爵はイデアをシャルルの相手にどうか、と考えていた。

 元々はディオンの婚約者になるはずだった娘。しかしマリアンセイユには全く付け入る隙がない。これ以上粗探しをするのはかえって大公家の心証を悪くするだけだと悟った。


「では、あの……」

「この件については、これ以上の議論は無意味だ」


 何事かを言いかけたブストス伯爵を、ディオンがピシリと制する。


「大公殿下の決定を受け、まずは大公家の中で話をしなければならない」

「……」

「次に、本日の魔獣騒ぎだが」


 無言を貫いていたヘイマー伯爵の肩が、ビクリと揺れる。

 息子のベンは、大公家の許可を得ずに『火のガンボ』の魔法陣を使用した。ヘイマー伯爵はあまり魔法の才能に恵まれなかったため、早めにベンに魔法陣の譲渡をしていたのだが、これが仇となった。

 はたしてどんなお咎めを受けることになるのか。場合によってはイデアの未来も暗いものとなる……と、戦々恐々としていた。


「まずは、こちらを確認して頂きたい」


 ディオンの指示で、『内政部』のツヴァイ副部隊長が資料を全員の机の上に配る。


  ◇◇◇


『聖なる者』最終候補者・『野外探索』成績


●ミーア・レグナンド

 『火の銀の鍵』3個(A8・D9・F3)

 2日目・15時08分クリア


●アンディ・カルム

 『水の銀の鍵』3個(A3・B6・G4)

 2日目・15時08分クリア


●ベン・ヘイマー

  失格


●クロエ・アルバード

 『風の銀の鍵』2個(M3・O2)

 『水の銀の鍵』1個(N6)

 1日目・14時17分クリア


●マリアンセイユ・フォンティーヌ

 『火の銀の鍵』2個(M5・N8)※Y1は無効

 『水の銀の鍵』0個 ※X1・Z3は無効

 『風の銀の鍵』1個(W4)

 『土の銀の鍵』1個(S2)※Y7・P3は無効

 『水の金の鍵』0個 ※無効

 ※無効理由:宝箱発見、および魔物戦闘において『護り神』の助力があったため

 2日目・15時08分クリア


 ◇◇◇


 やはり失格か、とヘイマー伯爵は肩を落とした。

 しかし、ベンがこの面々に名前を連ねられただけでもよかった、と納得せざるを得ない。

 護り神を従えるマリアンセイユ、聖女の再来と言われるミーア、初の女侯爵となるクロエ、水魔法を極めたアンディ。……戦う相手が悪すぎた。


「――ヘイマー伯爵」


 諦めの吐息を漏らしたのも束の間、氷の槍のような鋭く冷たい声が耳の奥に突き刺さる。ヘイマー伯爵の肩が、再びビクリと大きく震えた。

 恐る恐る顔を上げると、いつになく厳しい顔をしている大公と目が合った。

 口を開いたのは、ディオンではなくリンドブロム大公だったのだ。

 つまり、今から告げられることは懸案事項ではなく、決定事項ということである。


「ベン・ヘイマーの爵位継承者の資格を剥奪する」

「……っ!」


 異議を唱えそうになり、唇を噛む。

 資格の剥奪――すなわち、ベンは伯爵位を継げなくなる、ということだ。


「ただし、ベンが『火のガンボ』の魔法陣の権利を放棄し、これに関する記憶を消去することを条件に、爵位継承者の資格の維持を認める」


 それはつまり、『聖女の魔法陣』を大公家へ返還することを意味している。

 しかも記憶消去はかなり繊細な魔法で、成功率は約70%。場合によっては数年の記憶が無くなる場合もあり、まだ完全には確立されていない、やや危険を伴う魔法である。


「な、なぜそんな……っ!」


 これが決定すれば、ヘイマー伯爵家は上流貴族の中で唯一『聖女の魔法陣』を持たない家になる。間違いなく、八家の末席。名ばかりの上流貴族。

 想像よりずっと重い処罰に、さすがのヘイマー伯爵も声を荒げた。


「……」


 リンドブロム大公は何も言わず、口髭を捻ったまま。代わりに、ディオンが口を開いた。


「――聖女の魔法陣を大公家の許可なく使用するというのは、大公家への反逆と取られてもおかしくない行為です」

「……っ!」


 そう言われては、反論しようがない。ヘイマー伯爵が喉を詰まらせる。


「ベンが使おうとしたのは『火のガンボ』の『覗き見ハイド・サーチ』で、攻撃しようとする意志が無かったことは分かりました。ですが、本物の魔獣が召喚される危険性は知っていたはずです。なのに冷静な判断を欠き、魔法陣を使ってしまった。すなわち、自己抑制が足りず、危機管理能力が無く、当主として聖女の魔法陣を保有する資格はない。――そういう判断です」

「…………承知、致しました」


 国家反逆罪に問われればエドウィン伯爵家同様、爵位剥奪の可能性もあった。ベンの記憶を差し出すだけで存続させてもらえるのなら、従うしかない。

 ヘイマー伯爵は項垂れた。これで、妹イデアの縁談もかなり難しいことになった。


「――では、ミーア・レグナンド嬢、およびマリアンセイユ・フォンティーヌ嬢が召喚した魔獣についてはどういう判断が下るのでしょうか」


 さすがに気の毒だと思ったのか、キツネ顔のコシャド伯爵が口を開いた。

 魔獣を召喚したベンが罪に問われるのなら、二人の令嬢も罪に問われなければならない、と。


「あれは聖女の魔法陣ではありません。召喚ですらない」

「何ですと?」


 ミーア・レグナンドは、魔物『サルサ』と契約していて、最初に現れたサーペンダーはサルサの擬態だった。

 これはつまり、マリアンセイユの『フォンティーヌの護り神』と同じ――高位の魔の者と会話し、協力関係を築けるだけの実力がある、ということになる。


 マリアンセイユの元に現れたのは正真正銘サーペンダーだったが、召喚ではなく、魔獣側から彼女の元に現れた。

 これは彼女が所有していた魔界カエルを引き取るためで、彼女が魔界ガエルとは知らずに風変わりなカエルを飼っていたことは、クロエ・アルバードおよび近衛武官からも証言が得られている。


 ミーアとマリアンセイユ、それぞれから直接話を聞いたディオンは、裏を取ったことも含めてその場で丁寧に説明した。


 実際には、マリアンセイユの説明には一部嘘がある。

 しかし幸いサーペンダーを召喚した様子は誰も目撃していなかったし、マリアンセイユがサーペンダーの魔法陣を知る由もないため、誰も疑わなかった。

 そして彼女が、サーペンダーときちんと対話をしていたことも有利に働いた。


「つまり両者は、魔の者と対等に契約を交わす力が既にある、ということを表しています」


 ディオンの言葉に、会議室は水を打ったように静まり返る。


 大公家としては、二人を処罰すべき理由は全く無い。

 むしろ、『聖なる者』の候補はミーアとマリアンセイユの二人に絞られた――。


 そのことを、この場にいた全員が感じ取ったからだった。


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