第5話 いよいよ絞られたわね
魔法実技試験が終わって、三日後。
聖者学院の学院長、ディオン様の口から『聖なる者』の候補が5人に絞られたことが発表された。
水魔法のスペシャリスト、優等生のアンディ・カルム子爵子息。
強気で派手好きな炎魔法の使い手、ベン・ヘイマー伯爵子息。
上級の風魔法だけでなく水魔法も習得している、クロエ・アルバード侯爵令嬢。
そして、唯一無二の癒しの力と炎魔法を駆使する、ミーア・レグナンド男爵令嬢と、四属性を扱える私、マリアンセイユ・フォンティーヌ。
五日後の最終試験『野外探索』は、この『聖なる者』の候補者と、卒業後にリンドブロム近衛部隊やリンドブロム聖女騎士団への入隊・入団を希望する者を対象に実施される。
リンドブロム聖者学院のカリキュラムは、これですべて終了。五日後の『野外探索』まで学院は閉校となる。
そして『野外探索』が終わると一週間の選考期間を経て、大公宮の闘技場にすべての貴族を集めた上で『聖なる者』の発表が行われる。
そしてその後は、大公宮で卒業パーティも。
まぁ、貴族の令嬢方の最大の目的はコレなんだろう。実際のところ、大半の人は『聖なる者』が誰になるかなんてどうでもいいのかも。ひょっとしたら『聖なる者』ギャンブルとかやってたりして。
となると、倍率が気になるわねえ。是非、マリアンセイユ・フォンティーヌは最低倍率の2倍に設定してもらいたいところだわ。
三日間の休暇の間は
「あの、マリアンセイユ。野外探索、僕と一緒に行ってくれないかな?」
大講堂での集会が終わってそんなしょうもないことを考えていると、クリス・エドウィンがおずおずと私の方に近寄って来た。
「クリスも参加しますの?」
『聖なる者』の選考には落ちたのにね、と思い、つい口がすべる。
あわわ、これじゃクリスをバカにしたみたいだわ。
「ああ、卒業後はエドウィン隊に入るからなんですね?」
慌てて付け加えると、クリスはちょっと頷き、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「魔法実技ではベンに押されちゃって、失敗したから。せめて最後ぐらいはちゃんと結果を残したくて」
結果、ねぇ。
そうは言っても、クリスは次期伯爵なのだから無条件で聖女騎士団に入ることができるはず。何しろ、未来の団長なんだから。
そんなにすごくやる気があるようにも見えなかったのに、なぜあえて参加するのかしら。
確かに、魔法実技試験ではベンを引き立てるあまり全然力を発揮してなかったけどね。クリスって土魔法の使い手としては高レベルのはずなのに。本番に弱いのかな。
まぁ、『婚活』という面から考えても、自分をアピールする機会は欲しいわよね。
だとすると……『野外探索』のシステムは、土魔法しか扱えないクリスにはかなり分が悪い。
『野外探索』の試験内容は、リンドブロム大公宮の脇から背後へと広がるロワーネの森に隠された『宝箱』の中身を入手すること。期間は三日間。
宝箱は『火・水・風・土』のいすれかの属性魔法で封じられており、その難易度によって『金の箱』『銀の箱』『銅の箱』に分かれているの。
『銅の箱』は比較的わかりやすい場所に置いてあり、どの属性で封じられているかもわかるようになっている。そして解錠さえできれば、中身を入手できる。
『銀の箱』はやや分かりにくい場所に設置されており、見つけにくい。施錠も『銅の箱』より強固になっていてどの属性で封じられているかもわからない。
『銅の箱』は5つ、『銀の箱』は3つ集めればクリアなのよね。
そして『金の箱』は、各属性につき一つずつしか設置されていない。森の奥深くに隠されていて、しかも宝箱の中には魔物のイミテーションが封じられているのでかなり危険。戦ってある程度のダメージを与えない限り魔物のイミテーションは消えないしね。
この魔物イミテが消えれば中身を入手できるけど、消すことができなかった場合は一定時間後、元の宝箱の状態に戻ってしまう。つまり解錠からやり直さなければならない。
『金の箱』は1つ入手できれば当然クリアなのだけど、過去に『金の箱』を入手できた者はいないらしい。
土魔法しか扱えないとなると、土魔法で解錠する宝箱しか狙えない。『銅の箱』ならそれでもどうにかなるだろうけれど、上流貴族としてはせめて『銀の箱』を狙いところよね。まぁ、一発逆転の『金の箱』狙いもアリだけど、リスクが大きすぎるわ。
「先に言っておきますけど、解錠のお手伝いはしませんわよ? わたくしも、マリアンセイユも」
クリスにどう返事をしたらいいか困っていると、隣にいたクロエがスッと私の肩に手を置いて入って来た。
「え、マリアンセイユはクロエと一緒なのかい?」
「そうよ。ねぇ、マリアンセイユ」
「え、ええ」
初耳ですが!……と思ったけど、クロエの背後を見て納得した。
『野外探索』に参加するつもりらしい下流貴族の子息たちが、遠巻きに私達の方を見つめている。きっとクロエに「自分を是非連れて行ってください!」とアピールするつもりだったのだろう。
だけどクロエが私の方に来てしまったので迂闊に話しかけられないらしく、残念そうな顔が並んでいた。
なるほどー、いちいち断るのが面倒だったのか。上流貴族が語らっているところに下流貴族が割り込むことなんてできないしね。
それにクロエって周りの男性を『種』としか思ってないから、余計な時間の共有をしたがらないのよね。
「何か不都合でも?」
クロエがギンッと強い眼光をクリスに喰らわす。
どうやらクロエは、顔色を窺ってビクビクしてばかりのクリスがどうも好きではないらしい。
「あんな調子で伯爵家の当主が務まるのかしら」
とか言ってたし。
あれだったら「どうそ自分の種を!」とギラギラな目つきでプッシュしてくる下流貴族の方が気骨がある分マシ、と。
うーん、そこではどういう男女の駆け引きがなされているのかしら。私にはついていけないわー。
「あ……うん。それは、そうだよね。うん、それで構わないけど」
「あら、そう」
「それで、マリアンセイユが男の僕と一緒に組むというのは傍目に見てよくないだろうから、始まってから森の中で合流するよ。たまたま一緒になった、という形の方がいいよね?」
そうね、特定の異性と丸一日一緒に過ごすというのは、ディオン様の婚約者としてはよくないわね。よからぬ噂を立てられても困るわ。
「そうですわね。わかりましたわ、クリス。一緒に探しましょう」
「ありがとう、マリアンセイユ。足手まといにならないようにするよ」
クリスはペコペコと頭を下げると、そそくさと足早に去っていった。その後ろ姿を見送ったクロエが「ふん」と鼻で息をつく。
「でも、クロエ。解錠の手伝いをしないんじゃ、パーティを組む意味がないんじゃない?」
「マリアンが四属性を扱えるからって擦り寄ってきたのかもよ?」
「だとしても、試験自体が助け合いはオッケーとなっているし……」
「助け合い、ならね。一方的に助けるのは意味がないわ」
珍しくクロエが苛立っている。少し不思議に思って聞いてみると、
「プライドばかり高くて面倒なタイプだから」
とバッサリ切り捨てた。
「まぁ、私は初日でサクッと終わらせちゃうから、あの辛気臭い顔を長時間拝まずに済むからいいけれど。マリアンは、本当にそれでいいの?」
「ええ。それに、前々から頼まれていたし……」
私に話しかけてくれる人っていうのは本当にいない。まぁ、ずっと近衛武官がついてたからね。
でも、これは言い訳か。私と親しくなろうとする人間なんて殆どいなかった、と。社交という意味では私は全然ダメだった、と。
そう受け止めた方がいいわね。
なお、『野外探索』のときは近衛武官は付かないことになっている。ロワーネの森にはあちこちに試験官がいるし、記録水晶も設置してあるしね。
近衛武官はそもそも武術に長けているし、目も利く。解錠に手を貸さないまでも宝箱を探すのを手伝うんじゃ、とか疑われたら困るでしょう? 私だって、ここまできて「ズルしてる」とか思われたくないし。
「それじゃ、五日後に」
「ええ。またね、クロエ」
今日で学院は終了だから、特別魔法科の講義室に置いてある教材などを持って帰らなければならない。
大講堂でクロエと別れ、私は今日の当番の近衛武官と一緒に教室へと向かった。
「あなた達にも本当にお世話になりましたわ。いろいろと大変だったでしょう。一人一人にお礼を言う機会が無くて、心苦しいですわ」
「いえ、とんでもありません!」
私より少し年上かな、という比較的若い近衛武官が飛びあがるようにして答える。
「間近で護衛させていただいて、みんな涙して喜んでいます」
「え、なみだ?」
「はい。最終日は誰が務めることになるのかと戦々恐々としていました」
「戦々恐々……」
「そうなんです。前日の夕方に発表されたんですけど、そのあとは万が一下剤でも仕込まれたらと思い、何も食べてません」
「……」
えーと、それはどういう意味で捉えたらいいのかしら? 何か物騒な言葉が多くてあまり頭に入ってこなかったわ。
あと、最後だからってぶっちゃけ過ぎのような気もするけれど。
面食らって言葉を失っていると、近衛武官はハッと我に返り「失礼しました」と少しだけ頭を下げた。
でもその顔には、嬉しそうな、それでいて少し寂しそうな笑みが浮かんでいる。
「みんな、マリアンセイユ様が早く大公宮に来て下さればいいのに、と思っています。『野外探索』は最終試験である以上ガチなので、気をつけてくださいね」
「……ありがとう」
よく分からないけど、熱意は伝わったわ。近衛武官の方々が本当にいろいろ気を配ってくれていたのも、よくわかったし。
貴族社会では味方らしい味方はロクに作れなかったけど、近衛武官を味方につけることはできたらしい。
今度はちゃんと、ディオン様の正妃として彼らに会いたいわね。
そのためには、最終試験の『野外探索』もしっかりやり遂げないと、とお腹の奥底から力が漲ってくるのを感じた。
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