第4話 私たちは無敵よ
実技試験、本番当日。会場は魔導士学院の闘技場。
いくつかある魔法実技場は半円形の小ぶりな会場だったけど、ここは大公宮のリンドブロム闘技場より一回り小さい円形になっている。グランドの周囲にシールドを張る魔道具が敷き詰められているのは同じ。魔導士学院での模擬戦闘などで用いられるそうだ。
下流貴族から順番に実技が始まったけれど、正直言ってつまんない。
なぜ二人ペアになっているかというと、だいたい魔導士は一つの属性をメインに扱うのが一般的だから。だけどペアならばそれぞれの属性を生かした複合魔法を発動することも可能で、それはこれまでの魔法学の授業をちゃんと生かして応用すればいろいろな技を見せることができるのだ。
だけどまぁ、婚活目的で来た人たちにとってはそういう講師側の意図というのはどうでもよくて、単にそれぞれが魔法を発動して終わり、という感じ。
もっとこう、試験官にアピールするという精神が足りないわよね。
「まぁ、この中から『聖なる者』が出るとはさらさら思ってなかったけど、本当にひどいわね」
クロエが退屈そうに呟く。
侯爵位を継ぐことを表明しているクロエは『聖なる者』になろうとしている訳じゃない。だけど聖者学院のカリキュラムをパスすることがその条件になっているので、この魔法実技にも本気で取り組んでいるし、最終関門の野外試験にも参加するつもりらしい。
そして聖女騎士団や近衛部隊を目指している人たちはというと、いくぶんマシではあったけれどそれぞれの技を披露しているだけ。お互いにライバルという意識が強いのか協力するという気はないらしい。
こうしてみると、貴族同士って実は仲が悪いんじゃないかと疑いたくなるわ。じゃあ社交って、いったい何のためにやっているのかしらね?
下流貴族の最終組は、アンディ・カルムとミーア・レグナンドだった。
アンディの杖は随分短い。あれじゃ魔法陣は描けないわね、詠唱タイプなのかしら、と思っていたら宙に描き出した。
「わ、すごい!」
「地面に軌跡が残らない分、難しいのよね。まぁ、あのピアスが示す通り、水魔法に関して彼の右に出る者はいないわ。……あくまで、水魔法ならね」
クロエの解説を聞きながら、ミーア・レグナンドの方を見る。
銀の翼が抱く桃水晶の杖を両手でギュッと握りしめたまま俯き、ひたすら集中していた。
「……“
ミーアの鈴が鳴るような綺麗な声が辺りに響き、杖の先から炎が現れた。
あれ? ちょっと待って、暖炉もついてないし、
まさか創精魔法で出したの?
「……“
トン、と杖を地面に着いた途端、炎が膨れ上がり巨大な狼の姿になる。
「なるほど、創精魔法の炎から模精魔法の炎で魔獣フェルワンドを作ったのね」
「えっ、そんなことできるの!?」
「本来は無理ね。でも、ミーアは元々両方の授業を受講していたでしょう。炎に特化して、鍛えたんだと思うわ」
確か、私が最初にセルフィスに言ったのよ。自分で作りだした炎を模写することはできないの?って。
セルフィスは、不可能ではないが現実的ではない、と言っていたわ。
うわー、してやられた気分!
アンディ・カルムの魔法陣から飛び出したのは、水の大蛇・サーペンダー。
身長の二倍はあろうかという二体の魔獣が、いがみ合ったり共闘したりしながら闘技場を縦横無尽に駆けてゆく。
最後はサーペンダーがフェルワンドにまとわりつき、宙に舞い上がってボシュン!と消えた。
「ふうん……アンディが考えた構成ね、きっと」
クロエが右手を口元に当て、ニヤニヤ笑いを隠しながら闘技場の二人を見つめる。
「どうしてそう思うの?」
「お互いの役割をしっかり決めた上で、寸分の隙も無くまとめてあるからよ。優等生らしい彼の実技内容だわ、と思って」
炎と水は相性が悪い。どちらかの力が勝れば片方の魔獣が消え失せる。
お互いの力と制御力を見せるという意味ではいいネタだったんじゃないかしらね、と冷静に分析しながら、クロエはすっくと立ち上がった。
このあとは1時間の休憩を挟み、上流貴族4ペアの披露となる。魔法実技場で30分間の練習は認められているので、そちらへ移動するのだ。
「ただおさらいするのもつまらないわね。色々試してみましょうか」
「当日なのに構成を変えるの?」
「あら? 負けたくないでしょ?」
「……ええ」
そうね、負けたくないわ。――いろいろな意味で。
* * *
上流貴族のH4が
「下流貴族の魔法実技よりは派手ってだけね」(クロエ・談)
というレベルの技を披露し、ベン・ヘイマーとクリス・エドウィンが『火と土から火山を生成しそれが噴火して炎が街をすべて焼き尽くす』という
「ベン・ヘイマーの炎魔法を引き立てるためだけの構成」(クロエ・談)
の技を披露した。
そして、私達の出番。魔法実技試験のトリだ。
闘技場の中央に、二人向かい合う。
クロエは風と木の創精魔導士。関連して、水魔法も少しだけ扱える。
魔法実技披露というと、本来は私が聖者学院の入学試験でやったように『火・水・風・土』の属性魔法が中心となるけど、クロエは急遽『植物の生成』を追加した。
「“
まずは私。振るった死神メイスから赤茶色の土が注がれる。30cmぐらいの山になったところで、クロエがふわっと杖を水平に切った。
「“
山の頂から緑の双葉が現れる。双葉についた雫はクロエのプレゼント。それを視界の端で確認した私は、死神メイスを天に掲げて宙に魔法陣を描く。
そう、アンディの得意技。言っておくけど、私も水魔法は得意なの。アンディのように複雑な魔法陣はさすがに無理だけど、単に水のシャワーを出すぐらいなら問題ないわ。
私の頭上に描かれた魔法陣から噴き出した水のシャワーを浴びた茎は、ぐんぐん伸びてゆく。葉を大きく広げ、中から新しい茎が芽生える。
上へ上へと伸びた茎から次々と葉が生え、私達の身長も越え、やがて蕾ができ、直径1メートルはあろうかという、あり得ないぐらい大きな赤い薔薇の花が咲く。
「……!」
トンと杖をつき、前もって書いてあった地面の魔法陣を起動。
土の魔法陣の応用、『毒の魔法陣』。
地上のありとあらゆるものに魔精力は含まれている、と最初に説明してくれたのはアイーダ女史だったわね。
そしてその中には、魔界からの風、つまり魔物を作る原因となった“歪み”も含まれている。
クロエの風魔法の力を借り、土中で歪みから毒を抽出――咲き誇る赤い薔薇がそれを吸い上げる。みるみるうちに花びらが黒く染まり、ただれ、赤黒い靄が発生する。
「きゃっ!」「わっ!」
闘技場のあちらこちらで小さく悲鳴が起こった。シールドは起動されているから見物席にはいかないはずだけど、やはり見た目が異様なので怖いらしい。
なお、クロエの“
「“
私の呪文と共に珠の中央から水が噴き出て、毒薔薇に降り注ぐ。赤い靄が水に溶け込み、真っ赤な水になる。
あまりの勢いに“
当然、これは演出。毒は水に溶け込んでしまえばもう周りに害はもたらさない。だから騒ぐ必要はないんだけどね。
あの巨大ホワイトウルフが水の鎧でハティの毒攻撃を中和していたのを思い出したの。こんなところで役に立つとはね。
あのときはどす黒い毒水が土を汚染してしまい、浄化作業に少し時間がかかったそうだけど、今毒が沁み込んでいっている土は、そもそもは私が作り出したものだし問題ないわ。
「“
クロエの杖から発生した何十という風のブーメランが毒薔薇を切り刻む。
まぁ、見た目が怖いでしょうから燃やしてしまいましょう。
「“
一つ前がベン・ヘイマーだったから、たっぷり炎魔法を見れたので良かったわ。
クロエの風魔法と合わさり、その場に火炎旋風が巻き起こる。バラバラになった毒薔薇を一瞬で燃やし、毒がしみ込んだ土も巻き上げ、赤い龍のような柱が立ち昇る。
これこれ、これがやりたかったのよー! セルフィスに初めて聞いた時から見てみたかったの!
なお、これも当初は構成には入れてなかったの。やっぱり危険だしね。
だけど闘技場が思ったよりしっかりしたシールドが張ってあったから
「じゃあ、やってみましょ」
とクロエの快諾を得て急遽組み入れました。
「“
さっきまでたっぷりとまき散らしておいた水を使い、クロエが雪混じりの竜巻を発生させる。
私の炎魔法が消えると同時に発生したそれは、どろどろに溶けた土を急激に冷やし、結晶を生成させる。風で細かい粒となって巻き上がり、空から黒い光の粒が降り注ぐ。
いわゆる宝石生成ね。四属性すべてが必要な高難度の魔法だけど、辺りはこれまでの魔法で魔精力が高密度に充満した特別な場になっているし、二人で協力してやればやれないことはない。
ただ、いろいろと不純物が混じってるから宝石としての価値は無いに等しいんだけど。でも、見世物の華やかさとしては十分でしょ。
ドン!と杖で地面をつき、皆が火炎旋風と結晶の雨に気を取られている間に描いておいた魔法陣を起動。
唸りを上げて溢れだした水流が地面を生き物のようにうねうねと動き、やがて巨大な龍へと成型されていく。
「
クロエの“
「――“現れよ、
パキーン!というガラスが割れたような音が辺りに鳴り響き、白くも透明でもある巨大な龍が中央に現れる。
これぞ水魔法の応用、『氷魔法』。使うには水魔法と風魔法の習得が実践レベルで必要で、実はできる人はあまりいない。器用貧乏気味の私が誇れる、数少ない魔法。
魔法実技試験でペアを組まされているように、本来は一つの属性の魔法を扱うのが精一杯だから。――アンディやミーアのように。
かつて魔王の相棒としてこの世界を駆け巡ったと言われる
氷魔法で作るなら、これだと思った。
私だけが知っている。『聖なる者』は――『聖女』は、魔王への生贄なんかじゃない。この世界の共同統治者、魔王の“相棒”なのだから。
「――“
私の氷魔法の魔精力を巻き込みつつ、クロエが碧の龍の杖をグルリと一回転させ、天に掲げる。
風魔法の上位魔法、『雷魔法』。これも高位の風魔法と基礎の水魔法の習得が必要で、恐らくクロエにしかできない。
上空に発生した雲から雷が降り注ぐ。
クロエと目が合う。上手くいったわね、とお互い微笑み、同時に杖を水平に持ってその場でくるりと一回転した。制服のスカートの長い裾がふわりと翻る。
雷が止み、
バシャバシャーッという地面に当たる音が聞こえ、私達の魔法は影も形も無くなった。
杖をトン、と床につき、二人で頭を下げる。
「……以上です」
顔を上げたクロエの凛とした声が、闘技場に響き渡る。その隣で、私は令嬢としての最高の笑みで見物席を見回した。
試験官の先生、学院長のディオン様、その隣のシャルル様。
そして見物席の聖者学院の生徒達。
みんな、目を見開き口もぽかんと開けたまま私達を凝視している。
しばらくシン……と静まり返っていた闘技場は、やがて割れんばかりの拍手に包まれた。
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