第4話 男心と言われても

 フォンティーヌ邸に戻り、ズィープからカツアゲ……えーと、回収した記録水晶をアイーダ女史に見せる。

 魔道具に填め込んで、丸い硝子穴の横にある小さなボタンを押すと、壁に映像が映し出される仕組みになっていた。

 すごいわ、スパイ映画みたい。魔道具って便利ね。


「よくできていますね」


 一通り眺めたアイーダ女史がそう言ってくれたので、ホッと胸を撫で下ろした。

 とりあえず公爵令嬢としての体面は守れたようだ。


 ついでにディオン様に呼び出されたことを伝えると、アイーダ女史の反応は

「でしょうね」

という、非常に素っ気ないものだった。

 おかしいわね、全然びっくりしないわ。


「問い詰められるってわかってたの?」

「ええ、まぁ。やはり客観的に見るとおかしいですから」

「じゃあどうしてそう言ってくれなかったのよー!」

「わたくしは言いましたよ。それに止めたところで素直に言うことを聞くマユ様じゃないでしょう」

「……う」


 それを言われると、返す言葉がないけどさ。


「それに、パーティで初めてマユ様の作法をお見せするよりも、事前に講師に見せておいた方が宣伝効果は高いと考えました」

「宣伝効果?」

「講師はモニカ・ビクトルですよね? 彼女は貴族の中でも顔が広く、たいそうお喋り好きで美しいもの好きです。美的感覚は間違いなく、それゆえ大公宮でも重宝しております。今回、講師として選ばれたのもそれゆえのこと。マユ様がしっかりやり遂げてさえくだされば、あちらこちらでそのことを広めて下さるだろう、と考えておりました」

「さ、策士……」

「あとは、ミーア・レグナンド男爵令嬢ですね。そのくくりであれば必ずその場にいるでしょうし、牽制になるかと」

「は、腹黒……」

「これぐらいは日常茶飯事ですよ。マユ様は受け付けないだろうと、その辺の手練手管はお教えしておりませんが」


 手練手管と聞いて、ふとディオン様の言葉が蘇る。


「そう言えば、ディオン様が変なことを言ってらしたわ」

「変なこと?」

「婚約者としての立場を利用しようとしない志は立派だけど、男として頼られたかったって」


 何か持って回った言い方をされたからイマイチよくわからなかったけど、多分、こんな感じよね?


「マユ様、それは駄々をこねてほしかったってことですよー!」


 急にヘレンがにょきっと話に入ってくる。

 確か私のトルソーを使ってバッスルの枠の調整を一生懸命にやっていた気がするのだけど。話を聞いてたのね。


「駄々をこねる? 婚約者として? それがまさにやりたくないことなんだけど」

「やりたい、やりたくないの問題じゃなくて、たまには駄々をこねてみせた方がいいんです。男性とは好きな女性のために無理をしたい生き物なんですよー!」

「いや、そういう間柄じゃないしね」


 こっちの世界でも恋バナとは盛り上がるものらしい。……というか、ヘレンが一人で盛り上がってるんだけど。

 アイーダ女史は「まぁそれはいいとして」とヘレンを適当にあしらったあと、


「やはり、事前に授業について問い合わせをしなかったことが『沽券に関わる』と思われたのかもしれませんね」


と自分なりの見解を述べてくれた。


「沽券……そっちの方がしっくりくるわ」


 プライドを傷つけられた、というやつかしら。確かにディオン様の立場からすると自分をないがしろにされた、と思ったのかも。


「婚約者としての立場を高めることばかり考えるのではなくて、その相手にもう少し寄り添う姿勢を見せた方がいいってことね?」

「そういうことです」

「じゃあ、こういうのはどうですか?」


 いつになく張り切っているヘレンが、思いついたことを私とアイーダ女史に前のめりで説明する。

 アイーダ女史が納得したように頷き、私としても自分の意思を曲げるようなことではなかったので、とりあえずそうしてみましょう、という結論になった。



   * * *



「可愛げのない女だなー」


 次の日、特別魔法科の教室にて。

 魔法学の授業が終わり休み時間になって、シャルル様が呆れたような口調でそんな乱暴な言葉を投げつけてきた。


「何がですの?」

「昨日の話、聞いたぞ。兄上に頼めば、わざわざ作法の授業に出る必要なんてなかっただろう」

「それをしたくなかったのですわ」

「それが可愛げがないって言うんだよ」


 意味が解らないわね。ズルをするのが可愛げだとは思いたくないわ。

 そういうのを手練手管と言うのなら、覚えたくないわよ。


「あっちの聖女候補は随分と可愛かったぞー」

「聖女候補?」

「ミーア・レグナンド」

「……」


 誰もが明言を避けているところを、真っすぐに突いてきたわね。大胆なのかバカなのかどっちかしら。


 一カ月半が経ち、やはり生徒の間ではある程度『聖なる者』の候補になりそうな人間は絞られてきている。

 私とクロエ、ベンとイデア、クリスにアンディ。あとは魔導士学院から来た生徒数名と、ミーア・レグナンド。

 男性もいるが、やはり聖女シュルヴィアフェスの印象が強く、女性の方が注目を集める傾向がある。


「お会いになったんですの?」

「お前と入れ違いで大講堂に行ったんだ。初日だし、どんなものかなと思ってさ。モニカとの打ち合わせもあったし」

 

 どうやらディオン様の代わりに赴いたらしい。何があったのかまでは聞く訳にはいかないけれど、ミーアと個人的に会話する機会があったんだろう。

 ゲーム的に言うなら、ミーアは『シャルルルート』のフラグでも立てたんでしょうね、きっと。


「何か放っておけない感じだよな」

「確かに、とても可愛らしい方ですものね」

「何とも思わないのか?」

「何がですの?」


 ミーアとシャルル様が仲良くなることに、何の異存もありませんけど。

 本当にさっぱり意味が解らないので聞き返したけれど、シャルル様は「そういうところだよなー」と馬鹿にしたように呟いた。


「他の女を目の前で褒められたら、普通の女はいい気はしないもんだぞ」

は存じ上げませんが、わたくしは一向に構いませんわ。実際にミーアはとても魅力的な方だと思いますし」

「お前、自分をよく見せようって気はねぇの?」


 どういう意味かしら? 私は婚約者として不備がないよう、精一杯美しく振舞っているつもりよ。これ以上どうしろと?

 媚を売れという意味なら、お断りだわ。


「わたくしなりに公爵令嬢として、婚約者として、ディオン様の名を貶めることのないよう努力しているつもりですが……」

「あー、そこな。お前ってそればっかり。『女として』ってとこが足りねぇわ」

「は……」


 『男として』の次は『女として』?

 わかるか! 何で兄弟からダメ出しされないといけないのよ!


 シャルル様は「だから色気がねぇんだろうなー」と独り言のように呟き、ビシッと私を指差した。


「お前、男心ってもんが全く分かってねぇな」


 学院生活にそれ、関係あります?

 ……と言い返したくなったけれど、仮にも相手は大公子。口喧嘩じみたことをする訳にもいかない。


「不勉強で申し訳ありません」


 それ、『聖なる者』には必要ないわよね、と思いながら返事をする。

 あれだけ公平を主張するディオン様ですもの、自分の気に入った人間を『聖なる者』に認定するとは思えないわ。

 そこは、信用しているもの。

 だからこそ、尻尾を振るような真似をする気はさらさら無いわ。

 私は自分自身の力でその座を掴み取るつもりなんだから。



 それにしても男心か、と思いながら、それ以降さりげなくミーアの立ち振る舞いを眺めるようになった。

 はにかんだり、淋しそうな顔をしたりとよく表情が変わる。それでいて嬉しそうに笑うときの顔は花開くようで、私から見ても本当に可愛らしい。

 気も回るようでちょこちょこと細かく動き、その小柄な体とも相まって小動物のようだ。男性陣が守ってあげたくなるのも無理はない。


 現在のミーアの攻略対象は、恐らく子爵子息のアンディと伯爵子息のベン、そして大公子シャルル様。

 ミーア自身が誰とのイベントを進めているのかはわからないけど、恐らくシャルル様だと思う。

 なぜかというと、シャルル様のイベントが進んでるみたいだから。シャルル様は放課後、5時間目の『舞踏・礼儀作法』をちょくちょく覗きに行っているらしいのよ。


 何でも、ミーアは『舞踏・礼儀作法』に関しては劣等生で、個別のカリキュラムを必死にこなしているらしい。モニカ先生だけでは手が回らないのだそうだ。

 まぁそれは言い訳だろうけど、ミーアとシャルル様がくっつく分には問題ない。気になる点といえば、『聖女の再来』と言われるミーアを手に入れることで、シャルル様がディオン様の立場を脅かすようになったらどうしよう、ということぐらい。


 でもそれだって、私が『聖女』になれば済む話だし、現在の安定したリンドブロム大公国をこれまで以上にしっかりと守り抜くのであればディオン様の方が大公にふさわしい、と思う。

 シャルル様を推す一派があるらしいけど、現状ではディオン様に付け込む隙がないんだもの、実現しないと思うわ。



 そんなこんなで週末が来て、パルシアンの黒い家リーベン・ヴィラに帰り――三週間ぶりに、セルフィスに会った。

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