第2話 特別待遇ってそういう意味だったのね
まぁ、大方の予想通り、私のポジションったらやっぱり悪役令嬢だったわ。
死神メイスを抱えて馬車から降りた時の周りのリアクションったら……場が凍るってこういうことかしら、と笑顔が引き攣りそうになったわよ。
貴族の令嬢方は既にコミュニティが出来上がっているらしく、いくつかの固まりごとに談笑していた。傍についていたアイーダ女史がこっそり耳打ちしながら、名前を一通り教えてくれた。
一番大きな派閥はイデア・ヘイマーを頭とするグループみたいね。イデアとフィオナ・コシャド、ナターシャ・ブストス、ケティ・ドミンゴという四人の伯爵令嬢のもとに、子爵・男爵令嬢が代わる代わるご機嫌伺いに訪れていたわ。
よし、H4と呼ぶことにしよう。そのうち気に入らない生徒をターゲットに決めてイジメだすかもしれないしね、うんうん。
あ、でも、その場合のターゲットはヒロインであるミーアなのかしら? だとすると、イジメ自体がディオンルート以外のフラグの可能性もあるから、あんまり介入しちゃ駄目かもね。
うーん、ゲーム自体を知らないから難しいわね、判断が。そのときの状況によって決めるしかないか。
そして、H4と付き合いはあるものの一線を引いているという噂の、クロエ・アルバード侯爵令嬢は見当たらなかった。まだ来てらっしゃらないようです、とアイーダ女史が教えてくれた。
残念、婿取りをするというクロエ嬢となら気兼ねなく話ができるかもしれないな、と思ったのに。
あら、ポツンと一人きりで心細そうな子がいるわ……と思ったら、それが件のミーア・レグナンド男爵令嬢だった。あの頼りなげなウルウル瞳でこっちをじっと見つめている。小柄で、栗毛にベージュのカチューシャだけ、というシンプルな髪型で本当に目立たないんだけど、記憶の中のミーアに間違いない。
ただ、持っている杖は可愛かった。1メートルぐらいで上部に翼を広げたような銀色の装飾、てっぺんには淡いピンク色を放つ水晶玉みたいなのが付いてるの。可憐なミーアにぴったり、って感じ。
私もこんな死神メイスじゃなくてあーゆーのが欲しかった!
うーんこの構図、私ったら悪役令嬢にハマりすぎてて怖いわ。いえ、どっちかというと悪の組織の女ボスという感じかしら? 髪のリボンを黒に変えたところでどうしようもなかったわね。むしろデス感が増すだけだったわ。
それに悪役令嬢なら、取り巻きをがいないとね。今の私は、完全にボッチだから。はは、あはは……。
乾いた笑いしか出ないけど、それならそれで真面目に魔法を学ぶために頑張ろう、と思い直した。
恋と友情の楽しい学園生活とは程遠いことになりそうだけど、主役じゃないんだもん、仕方がないわよね。
* * *
「あの……」
「何だ? 魔獣使い」
ガラーンと広い教室に、私とシャルル大公子の二人きり。
式典が終わり、
「いよいよ教室に分かれるのね、自己紹介とかするのかしら」
とドキドキしていたら、アイーダ女史とも引き離され、この部屋に連れてこられた。
『特別講義室』と呼ばれるこの部屋は二十畳ほどの広さのところに机と椅子が二つずつポン、ポンと置かれている。
ただ、生徒用の机と椅子には見えないほど豪華ね。社長室にありそうな感じ。
カーテンで仕切られた後ろ側にも同じく二十畳ぐらいのスペースがあり、ふかふかのソファやテーブルセットが置かれていた。そしてその傍には、大公宮メイド二人と近衛武官二人が控えていらっしゃる。
だから厳密には二人きりではない、けれど……何か物々しいわね。
「わたくしは魔獣使いではございません。彼らはフォンティーヌの森の護り神でございます」
「喋る魔物を従えてるんだから、魔獣みたいなもんだろ」
「そんなことより、なぜわたくしはこの場所に連れてこられたのでしょうか?」
他の貴族令嬢がわらわらと講義室の方へ移動する中、
「マリアンセイユ様はこちらへ」
と近衛武官にサッと通せんぼされたのよね。
確か
「『創精魔法科』は第一講義室、『模精魔法科』は第二講義室へ」
みたいな案内をされていたのに。
私は『模精魔法科』じゃないの?と思いながらも言われるがまま来てみたら、この金髪やんちゃ大公子が不機嫌そうに睨みつけている、という。
「特別待遇で入学許可、と聞いてないのか?」
「聞きましたわ」
「それがコレだよ」
そう言いながら、シャルル様が人差し指で床を指差す。
このちっぽけな……いや、二人きりにしては広すぎるぐらいなんだけど、このこぢんまりとした部屋が何だっていうのよ?
「俺と二人だけのクラスだ」
「……ええっ!?」
シャルル様と私だけのクラス!? どういうこと!?
「俺はリンドブロム聖者学院の生徒ではあるけど、さすがに貴族に混じって授業を受ける訳にはいかないし、必要ないし」
「なぜですの?」
「……」
あっ、いま明らかにめんどくせぇ、という顔をしたわね。わっかんないんだもん、仕方がないじゃない。
「この学院は、『聖なる者』を見つけ出すためのものだぞ」
「そうですわね」
「大公家の直系は当然、それには関係ねぇだろ」
「……そうですわね」
言われてみれば、そうだわ。ましてやシャルル様はまだ大公になる可能性が残ってるんだもの、大公家を補佐する『聖なる者』に選ばれる訳が無いわ。
「それがなぜ生徒として入ったかというと、魔法についてきちんと学ぶいい機会だということと、上流貴族の子息令嬢と面識を持つことは将来に繋がるからだ」
それは、そのうち公爵として上流貴族に加わる、という意味なのか、それとも大公世子ディオンを退けて自分が大公になる、という意味なのか……どっちかしら?
注意深くシャルル様の表情を窺ったけど、その辺までは読み取れなかった。むっとしたように口を引き結び、ふううと鼻から息を漏らす。
「それが、お前が入学したことで新たな役割を命じられた。非常に迷惑だ」
「役割とは何ですの?」
迷惑、という部分は聞き流すことにするわ。
「魔法系の授業は、必ず俺とお前の二人で受けること」
「え?」
「万が一魔精力を暴走されても困るし、護り神とやらを召喚されても困る」
「……」
えーと? つまり、『特別待遇』というのは、便宜を図ります、という良い意味じゃなくて『要注意人物』だから扱いに気をつけますってこと?
「それは……」
「俺が授業を受ける際は、必ず大公宮の人間が傍につく。その護衛範囲にお前も入れてやる、ということだ。だからお前が他の授業を受ける際も、必ず近衛武官を傍につかせる。俺の手配でな。感謝しろ」
そんなエラそうに言われても素直に感謝できません!
それ、『護衛』というより『見張り』でしょう!
だけどさすがに大公子シャルル様に立てつく訳にもいかず、
「ありがとうございます。お気遣い、痛み入ります」
と頭を下げるしか無かった。
何か納得はいかないけど、一応ディオン様の婚約者である私への配慮、という意味もあるのよね……。
ああ、でもこれで私の学園生活はボッチ確定ね。常に見張られている人間に親しく話しかけてくる人なんて、きっといないだろうし。
はああ……。
そのあと、この『特別魔法科』の担任となるローレン魔導士が来て、授業の取り方を説明してくれた。
聖者学院の授業は、大きく分けて学問系、武術系、芸術系、魔法系の四つ。
学問系は『古代文字』『自然科学』『詩文』『魔法歴史』など、エラい先生が来てコンコンと講義をしてくれるもの。
武術系は、『剣術』『格闘術』『杖術』。女子が取れるのは『杖術』だけ。
芸術系は、『絵画』『音楽』。貴族令嬢の嗜みだけど、魔法詠唱や魔法陣にも関わってくる。
そして魔法系とは、『魔法学』と『魔法実技』のこと。集まっている生徒は貴族ばかりのため、魔導士学院に通わず各家庭での独学で魔法を習得している人間が多い。
だから『魔法学』で正式な魔法教育を施し、『魔法実技』で実際に発動させるという、すべての講義の中で一番大事な授業。毎日必ずあって、シャルル様と一緒に受けるというのはこの『魔法学』『魔法実技』の授業のことだ。
そもそも創精魔法と模精魔法は魔法体系が違うので、魔法系の講義はクラス別になっている。しかしその他の学問系・武術系・芸術系は科の区別はない。だから私も、創精魔法科と模精魔法科に混じって受講できる、ということらしい。
ただし、その際は近衛武官が付いて回るけど。
つまり、二人にしては広いこの教室も、武官とメイドが控えているのも、後ろに勉強とは関係ないくつろぎスペースがあるのも、シャルル様のために用意されたものだったからなのね。私は急にそこに割り込むことになった、完全なお邪魔虫なのだ。
しかも
「今さら魔法学とかなー」
とシャルル様が愚痴っていたところを見ると、私のせいでサボることもできなくなった、と思っているよう。
すみませんねー、あなたの自由を奪ってしまって!
シャルル様はローレン魔導士に
「俺の受講登録は後で報告させる」
とだけ言い、さっさと教室を出て行ってしまった。武官とメイドが、その後を慌てたように付いていく。
私はと言うと、アイーダ女史からこれだけは受講してください、と渡されていたメモを見ながら、時にはローレン魔導士に質問しつつ受講する講座を決めていった。
どうせなら色々な授業を受けてみたいわ、と月曜から金曜まで一日4コマすべて埋めたら、ローレン魔導士にすごく呆れた顔をされたわ。付き添う武官の手配が面倒くさいと思われたのかな?
いや、学校ってこんなもんじゃないかしら、と思うんだけど。ここでは違うのかしらね?
それに、こんな隔離されたままだと肝心のミーアの動きも見えないし困るのよね。
このゲームのシナリオを知らないんだもの、とにかく自分の目で一つ一つ見て回るしかないんだから。
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