第7幕 収監令嬢はたくさん学びたい

第1話 いよいよ聖者学院に入学します

「これでいかがですか、マユ様?」


 私の藤色の髪を結ってくれていたヘレンが、鏡の前でにっこり微笑む。

 サイドを編み込んで後ろにひとまとめにし、頭部の高い位置に赤い大きめのリボンが結わえられていた。垂らしている髪はいくつかの房ごとにくるくるるん。ヘレン渾身の見事な縦ロールが並んでいる。


「えーと、あのね? すごく可愛いんだけど……学院の一生徒にしては派手じゃないかしら?」


 某テニスマンガのお嬢様もかくや、というぐらいの見事な縦ロール。いや、これはむしろ、そばかすがキュートな女の子をイジメる少女、という感じかしら。

 ちょっとちょっと、形から悪役令嬢に入ってどうするのよ。

 ただでさえヒロインを邪魔する羽目になるかもしれないってのに、見た目までそうなっちゃうのはなぁ。


「せめてリボンはもう少し控え目な方がいいんじゃない?」

「何を仰います! 公爵令嬢が公の場に出るともあれば、存分に飾るのは当たり前です。今回は制服が支給されていますし派手な装飾品は禁じられていますから、差別化を図るとしたら髪型しかないんですよ!」


 マユ様を美しく装うことに関しては絶対に譲れません!……と、ヘレンが目を血走らせて拳を握り、力説する。


 そう、リンドブロム聖者学院に入学することが正式に決まってから、一週間後。

 私のもとに、リンドブロム大公宮から聖者学院の制服が届けられました。

 セーラー服みたいな胸当てはあるんだけど、襟は角襟。白地に黒いラインが1本入っている。

 服はワンピース型で、色はボルドー色。裾は踝まであって、腰の後ろにはリボンが結わえられている。

 靴はミディアム丈の黒の編み上げブーツで、スカート丈が長いので絶対に素肌は見えないようになっていた。


 見事な立体縫製でボディラインもくっきり。ヘレンが

「なるほど、さすが大公宮仕立ては一流ですね。本当に素晴らしいです。勉強になります!」

と興奮気味に撫でまわしたり裏返したりしていたけど。


 これは確かに、前にHPで見た制服よね。自分は『リンドブロムの聖女』というゲーム世界に来たんだ、と嫌でも実感させられる。

 それにしても、二次元の制服が異常に体にフィットしている理由がちょっと分かったような気がするわ。完全オーダーメイドなのね。


 ちなみにこの制服はいわば『魔導士のローブ』の代わりになっていて、魔精力の制御がしやすくなっているほか、防御魔法が施されているらしい。

 入学する生徒は上流貴族と下流貴族に限られているけれど、その経済状況は雲泥の差。特に着る人間を選ばない『魔導士のローブ』はお金を積めば積むほど能力の上乗せをすることができるので、下流貴族には圧倒的に不利。


 だからこれは、

「『聖なる者』を公平に判定するために、身につけるもので差が出ることのないようにする」

という大公宮側の配慮。

 まさか『制服』にそんな意味があったとはねぇ、と感心しちゃった。


「こっちの黒のリボンじゃ駄目?」

「マユ様の藤色の髪にはこの赤いリボンが本当によく似合います。それにこちらの方がお顔の色も明るく見えますよ」

「確かに……」


 試験のときの上流貴族当主らの反応からすると、病弱だと誤解している人も多そうだし。ここは、ヘレンの言うことを聞いておくか。


「わかったわ。ありがとう、ヘレン」

とお礼をいい、スツールから立ち上がる。黒の家リーベン・ヴィラよりいくぶん狭くなった自分の部屋を見回し、ふう、と息を漏らす。


 聖者学院に入学することになって、私はロワネスクのフォンティーヌ公爵本邸に戻ってきた。

 とは言っても、本邸から少し離れた塔だけどね。幼いマリアンセイユが11歳まで育った場所。1階は台所とお風呂などの水回り関係、2階はヘレンとアイーダ女史の部屋、3階は私の部屋になっている。

 私が自由に行動できるのはこの西の塔の周辺だけ。取り囲むように鬱蒼とした樹々と、申し訳程度の噴水はあるけどさあ……。


 まぁ要するに、軟禁場所が僻地から本邸に変わっただけで、行動が制限されているのはあまり変わらないのよね。

 いや、むしろ悪くなったわ。塔の窓から見える景色は、北側は大きな湖とリンドブロム城、東は貴族の各邸宅、西は城下町に繋がる大通りと騎士学校や聖者学院、南は灰色の舗装された道が網目のように広がるロワネスク城下町。自然と呼べるものは西側の聖者学院の周辺ぐらいで、全く癒されない。


 ああ、ラグナで朝駆けに出かけたあの広大なパルシアンが懐かしい。だけど、あそこから学院に通うのは無理があるし。

 ハティとスコルにも会えない。彼らの足ならフォンティーヌの森からここに来るのは問題ないんだけど、さすがにこの城下町を灰色の狼が闊歩してたらマズいでしょ。


「つっまんねぇのー。こっち食糧が全然ねぇから長居もできないし」

「ツマンナイ。マユ、いないの、淋しい」


 庭にこっそり召喚したときは、二人はそんなことをボヤきながらヘレン特製焼き菓子をハグハグしてたっけ。

 まぁ、わたしが自由に動き回れるようになっちゃったら『収監令嬢』じゃなくなっちゃうものね。タイトルを変える訳にもいかないし、仕方ないのか。

 あ、今、余計なことを言うなー、という天の声が降ってきたわ。



「――マユ様、よろしいでしょうか?」


 コンコン、と扉がノックされ、アイーダ女史が入ってきた。何やら身長ほどもある長い箱を抱えている。


「それ、何?」

「ガンディス子爵が発注してくださっていた杖が届きました」

「わっ、本当!? ……にしても、大きいわね」


 箱をまっすぐ立ててみると、私の身長と殆ど変わらなかった。確かオルヴィア様は自分の身長ほどもある杖を持っていたとは聞いていたけど、いざ目の前で見るとかなりのインパクトね。


「入学式に間に合ってようございました。さ、どうぞ。開けてみて下さい」


 珍しくにこやかに微笑むアイーダ女史に促され、そっと床に長い箱を置く。私のために作られた私専用の杖。嫌でも心臓が跳ね上がるのを感じながら、封を開く。


 直径3センチ程の太さの黒い木の棒に、ツタが絡まるような複雑な装飾が施されている。杖の頭部、つまりちょうど私の目線ぐらいのところに、三日月のような形の白く磨かれた装飾がつけられていた。50cmぐらいはあるその大きな白い三日月は一切の継ぎ目がなく、一回り大きなものからこの形を削りだしたのだと分かる。


 確か巨大ホワイトウルフの骨から作ると言っていたからソレなんだと思うけど。こんな大きな骨、アレ以外考えられないし。

 ただ……ちょっとコレ、杖というよりメイスよね。しかもこの色と形状、死神の鎌にしか見えないんだけど? 誰のセンスでこうなったの?


「あの、これ……」

「持てませんか?」

「いや、持てるけど」


 ひょいっと両手で掴んで持ち上げてみると、見た目に比べて恐ろしく軽かった。握ってみると、棒部分の装飾はきちんと滑り止めの役割を果たしていてしっくりくる。中は空洞で、魔精力で満たされているのかしら。手の平を通してじーんと痺れるような、あの熱い風呂に使った時のような感覚が私の体を満たす。


「これ……」


 両手で握って構えてみる。すごくハイレベルな杖だということはよく解るわ。よく解るけど、やっぱり凶器にしか見えない!


「さすがマユ様、もう馴染んでおられるようですね」

「馴染んではいるわよ、恐ろしいほどに。ただコレ、見た目が恐ろしくない?」

「そうですか? 貴族令嬢が持つ杖としては大掛かりですし本格的ですが、魔導士としてはそう珍しくはありません。オルヴィア様はもっと大きな装飾が付いた杖を難なく振るっておられましたし」

「そう……」


 この世界には死神の概念は無いのかもしれないわ……そう思うことにしよう。

 まぁ、母上のような真の魔導士になりたい、と言ったのは私だしね。仕方ないか。


 そういえばヘレンの目にはどう映ってるのかしら、と思いながらちらりと盗み見ると、彼女の美的センスでは考えられない品物なのか、プルプル震えながら目を伏せ、ぐうっと奥歯を噛みしめていた。

 やはり到底許される造形ではなかったらしい。ごめんね、ヘレン。


「あの、これ持って毎日学院に通うの?」

「練習用と申しますか、携帯用もございますが……」


 そう言いながらアイーダ女史が同じ箱から取り出したのは、折り畳み式の杖。伸ばすと長さ1メートル程と小ぶりだけど、頭部の白い三日月の装飾は変わらないので死神の鎌が小さくなっただけって感じ。


「まずはその杖をしっかり扱えるようにすべきだと思います。本気で『聖なる者』を目指すのであれば」

「……わかったわ。それじゃ、そろそろ行きましょうか」


 両手で杖を抱え、気を取り直して二人に声をかける。

 今日はリンドブロム聖者学院の入学式。私は社交を一切していないので、全員初対面ということになる。誰が誰かも分からないので、アイーダ女史が付き添ってくれることになった。

 三カ月の限定開校のせいか私のイメージする入学式とは違っていて、保護者が参加したりはしないらしい。


 保護者――父親である公爵とは、本邸の玄関で挨拶だけはした。でっぷり太った厳めしい顔をした狸親父をイメージしていたんだけど、全然違った。

 目が大きく垂れていて口ひげを生やした、顔だけ見ると愛嬌のあるおじさんって感じだった。白髪交じりの藤色の髪をオールバックにしていて、身体は細身、背筋はピンと伸びていて、全体としては礼儀正しい凛とした佇まいの紳士、という雰囲気が漂っていた。


「お久しぶりでございます、お父様」


 二年間で叩きこまれた挨拶をきっちりこなしたつもりだったけど、父公爵の反応は

「ああ……うむ」

と、たったこれだけ。

 軽く頷き、そのままスタスタと歩いていってしまった。


 怒っているというよりは対応に困っている、という感じだった。何でこんなことになったのか、とでも言いたげに溜息をついてたし。

 パルシアンに引き籠っていればいいのになぜ出てきたんだ、と思ってるのかな。


 ねぇ、マリアンセイユ。毎日ああいう目で見られていたんだとしたら、きっと何も言えなかったわよね。縮こまって、イイコでいるしかなかったわよね。

 ここはいっちょ、私が頑張るしかないわね。マリアンセイユ・フォンティーヌ、やればできるのよってところを存分に見せつけてやるわ。


 という訳で、新たな決意と死神メイスを胸に、第7章の始まりよ!

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