第6幕 収監令嬢は学院に入りたい

第1話 さあ、特訓開始よ!

「……という訳で、登場シーンの練習をします」

『トージョー?』

『全然ワカンねーぞ、マユ』


 つぶらな碧の瞳で私を見上げるハティと、面倒臭そうに左足で左耳の後ろを掻くスコル。

 そして二人の前で熊手を片手に仁王立ちになっている私。


 こちら、アルキス山のふもとにあるガンディス子爵別邸の離れの脇、広大な庭。私とアイーダ女史とヘレンはすぐ傍にあるこぢんまりとした二階建ての家に住まわせてもらっている。

 ここにいるのは三人きりで、結局のところパルシアンの黒の家リーベン・ヴィラからアルキス子爵別邸の離れに軟禁場所が変わっただけとも言える。

 だけどまぁ、それもあと少し、のはず。


 食事会の次の日、ガンディス子爵はザイラ様と共にプリメイル侯爵家に向かった。

 私を聖者学院に入れるためには、貴族の推薦が必要。本来なら各家が自分の子息令嬢を推薦する訳だけど、父であるエリック・フォンティーヌ公爵は正式に断りを入れてしまったし。杖すら与えないほどマリアンセイユの魔導士としての成長を認めない公爵がそれを覆すはずがない、と夫妻は判断したのだ。


 ザイラ様の実家であるプリメイル侯爵家は、ザイラ様の弟が既に後を継いでいて若き侯爵となっている。現在奥様は妊娠中で、他に該当するような子息令嬢もおらず、その推薦枠を使っていなかったのだ。


「マリアンセイユ様にお会いできて、本当に良かったわ。ガンディスに話を聞いただけでは半信半疑だったけどその魔精力の凄さも実感できたし、これで自信を持って薦められるわ」


と、それはそれは意気揚々と出かけて行った。

 何でも

「弟にはこれまでもイロイロと儲けさせてあげたし恩は売ってあるの。ブラジャー事業のこともあるしここでコネを掴んでおいて損はないわ。任せて!」

とかで、かなり自信あり気だった。


 その諸々の根回しの結果、一週間後に大公一家との謁見が叶えられたのです。

 聖者学院の生徒募集はもう終わっていたから、さすがに侯爵家の推薦だけでは認められない。ましてや、マリアンセイユ・フォンティーヌはかつて魔精力を暴走させロワネスクを混乱に陥れた張本人。


 本当に魔精力を制御できるようになったのか。制御できたのではなく魔精力を失ったのではないか。そして、ずっと臥せっていたマリアンセイユに、はたして学院に通い続けるだけの体力はあるのか。


 まぁ要するに、ずっと引き籠っていた分、メチャクチャ警戒されてるのよ。 

 そんな訳で、その場で大公家の面々、および上流貴族の面々に魔法を披露し、聖者学院の入学を認めてもらわなければならない。

 つまり私は、一芸入試で学院に入ろうとしている訳です。


「いい? 印象は大事よ。召喚魔法と言えば、スモークどどーん! 光ぴかーっ! 火の召喚獣なら炎ぶおーっ! そういうエフェクトと共に姿を現して……」

『そんなことやってる間にマユが魔物にバクリとやられるゾ』

『ウン』

「大丈夫、私の知ってる世界ではその間は敵も待つのがお約束なのよ」

『変なのー』

『オヤク、ソク』

「それに、今回は大公家の前で披露するんだから敵はいないわ。きっちりと演出プランを練りましょ。見せ方って大事よ!」

『おー』

『ワカッター』

「……マユ様」


 ずっと傍で見ていたアイーダ女史が、半目で口を挟む。


「何?」

「さっきから訳のわからない用語が飛び交っていますが、いったい何を始める気なんです?」

「だから、ハティとスコルの登場シーンのリハーサルよ」

「ですが、護り神と言えばその地を護っているのですから、フォンティーヌ領から動けないはず」


 アイーダ女史が眼鏡をクイッと上げ、ハティ達を見回す。


「ロワネスクにあるリンドブロム城は、フォンティーヌの森からは随分と離れています。お二人は来られないのではないかと思うのですが」

「普通はね」


 本当は聖獣なので場所は関係ないんだけど、最初に言った『フォンティーヌの森の護り神』設定で行くんだから、矛盾するような行動はできない。

 そしてどうせなら、利用してやるわ。


「ですから護り神の存在はお伝えしたものの、実際に披露するのは属性魔法だけになると大公家にもお伝えして……」

「それでOKよ。だからこれは、サプライズね」

「サプライズ?」

「前に言わなかったっけ? 認めてもらうためには、予想をはるかに超える力を見せつける必要があるのよ。じゃないと、先入観なんてそう簡単に払拭できない」


 グッと熊手を持つ手に力を込める。

 何だか馴染んじゃって、すっかり杖代わりになっている。まぁ、本番では使えないけど。


「他の誰にもできないことを、しかも意表をついた形で見せることが肝心なの」

「ですが……」

「実は、私の召喚なら呼べるの。どの場所でも」

「ええっ!」


 アイーダ女史が珍しく大声を上げて二人を見回す。

 スコルは『まぁな、任せとけ、アイちゃん!』と元気よく右前足を上げ、ハティは『アイ、チャン!』と続けて可愛らしい声を出し左前足を上げた。


 何しろ、フォンティーヌの護り神とは言ってるけど本当に大丈夫なのか、危険はないのかとアイーダ女史は当初かなり心配していたのだ。

 だから二人には魔精力オーラを引っ込めてもらい、ひたすら可愛らしさをアピールしてもらったんだけど。


 その際

「アイーダ女史よ。ちゃんと名前を言いなさい」

と頑張って言い聞かせたんだけど、どうしてもハティの口が回らなかったので『アイチャン』になりました。


 女史がどう思うか心配だったんだけど、アイーダ女史の危機を報せてくれたという事実があったせいか、それとも母性本能がくすぐられたせいか、わりとすんなり受け入れてくれました。眉間に皺を寄せた、複雑そうな表情はしていたけど。


「離れた地に召喚ですって!? そんなことが……!」

「女史がそれだけ驚くなら、大公家も上流貴族の人達も大公子殿下も絶対に驚くわよね?」

「それは、もう」

「だ、か、ら、見せ方が大事なのよ!」

「それでガンディス子爵が杖を用意する、と言ったのも断られたのですね」

「そうよ」


 通常、魔導士は魔物の角や魔物の骨から削りだした装飾を施した杖を所持するのだそうだ。自分と相性のいい杖を補助具として魔法を使う、というのが本来の魔導士のあり方。

 体内の魔精力を魔法に変換、杖を持ち動線とすることで発動する。だから魔法陣ではなく詠唱で魔法を発動する場合も、杖は欠かせない。

 そして貴重な杖ほど変換の精度が高く、魔法の威力を何倍にも高めてくれるのだが、上位の魔導士でなければ上等な杖は使いこなせない。どんな杖を持っているかでも魔導士としての格を窺い知ることができる。

 そう言えば、オルヴィア様も自分の身長ほどもある杖を使いこなしていたという話だったわよね。


 だから私のための杖を試験までに用意しよう、とガンディス子爵は言ってくれたのだけど、私は丁重に断った。

 目覚めたばかり(という設定)の私の魔精力を正しく測り、それに見合った杖を作ってもらうのは一週間じゃ厳しい。私が杖を使いこなすための練習時間も考えると、きっと四日ほどしかかけられない。そうなると、誰もがある程度は扱えるような平凡な杖しか手に入らないわ。

 それぐらいなら、ガンディス子爵が最初に驚いたように、杖無しで魔法を使うところを見せた方がいい。


「さあ、時間もないしさっさと始めるわよ。三人で練習できるの、1日1時間しかないんだから」

『オー』

『へーへー……めんどくせぇ』

「スコル、適当にやったらアンタは居残りにするわよ。昼間だしね」

『オーボーだな!』

「上手にできたらヘレンのお菓子が待っています」

『やった!』

「じゃあ、行くわよ! まずはフォーメーションAからね!」



   * * *



「『フォンティーヌの灰色の護り神よ』……うーん、ちょっと直接的過ぎるかな」

「……」

「『薄墨色』とかの方がいいかな。『薄墨の衣を纏う女神の使者』とか。……でもちょっと言いにくいなあ」

「マユ様、さっきから何をしておられるのですか?」


 私の部屋の隅で椅子に腰かけチクチクと縫物をしていたヘレンが、不思議そうな顔で私を見ていた。私がブツブツ言いながら紙に書き散らしているからだ。


「ハティ達の召喚呪文を考えているのよ」

「え? それって考えるものなんですか? 授かるものでは? 属性魔法ですと古来より伝わる詩がありますよね」

「ハティ達との契約はこの指輪に直接刻まれてるから、呪文不要なのよ」

「そうなんですか!」

「でもそれじゃ、尊さというか荘厳さが出ないから、何か唱えようと思ってるの。魔法陣のデザインを考えるより詩の文言を考える方がラクだし」

「……なぜそんな手のかかることを?」

「まぁ、演出よね」


 実際はというと、指輪に念じたらポーンと現れるからね。あれだと魔法少女アニメのマスコットキャラみたいで、どうも説得力がないわ。

 本当は聖女が直接契約を交わした『聖獣』で、設定にしている『フォンティーヌの森の護り神』よりもずっとすごい存在なのだけど、何しろ見た目はただの灰色の狼(しかも子供)だからなあ。


「演出、ですか……」

「そうだ。衣装についてもヘレンと相談しないといけないな、と思ってたのよ。今縫ってるのは?」

「マユ様が着ていたサロペットを繕っています」

「あ、そうだった。本当にごめんなさい」


 離れの部屋のクローゼットには、すでに衣装がぎっしり詰まっていた。ザイラ様がすぐに手配して用意してくれたのだ。何しろ私のサイズは全部知ってらっしゃるしね。

 だけど問題なのは、一週間後に着ていく衣装。大公との謁見ともなると普通は正式礼装なのだけど、私は社交をしに行くのではなく試験を受けに行くのでなかなか悩ましい。ゴージャスドレスのままじゃ魔法陣を描くのは大変だしなあ……。


「途中で着替える時間ってあるかしら」

「あってもサロペットじゃ駄目ですよ! せめてドレスじゃないと!」

「そうよねー」


 魔導士には魔導士用の服というものがあるらしいんだけど、それじゃつまらないわよね。ここも一工夫欲しいところだわ。

 そもそも魔導士用の服なんて着たことないし、着なくても魔法は使えるんだもの。


 とは言え正装のまま、というのは無理があるし……うーん。

 要はスカートに見えればいいのよね。中がパンツでも。

 そういう服ってもとの世界に無かったかなー。確かこんな感じじゃなかったっけ?


「ねぇ、これどう? ドレスに見える?」


 思い出しつつ書きなぐったものをヘレンに見せる。


「ラインが少しシンプル過ぎますね。普段着のようです」

「じゃあ、ここの部分にこーゆー感じで布を覆って、ここにギャザー入れて膨らませて、みたいなのは?」

「ここはどうなってるんですか?」

「実はこんな感じで……」

「へぇ!」

「作れる?」

「一週間では難しいですね。私の頭の中では型紙ができていますが、さすがに一から縫うとなると……」

「例えば、申し訳ないけどザイラ様が用意してくださった既存のドレスを改造してみる、とかは?」

「なるほど! 流用するのですね!」

「そうそう」


 ずっと私に付いていてくれたヘレン。私のことをよく分かってくれてるから、どういうことをやりたいのかあまり説明しなくても理解してくれるので反応が早い。

 そしてアイーダ女史は、聖者学院のカリキュラムがどうなっているか、そして各貴族の子息令嬢はどういう人達なのかなど、情報収集をしてくれている。

 頼もしい、私――マユの味方。どれだけ感謝しても、感謝しきれない。


 それにしても、随分と長い間潜っていたものよね。寝ていた三年間、起きてからの二年間。合計五年間。

 だけど……やっと、表に出ていける。このチャンスを、絶対に逃さない。

 一週間後のお披露目、最高のステージにしてみせるわ!

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