第2幕 収監令嬢は痛みを和らげたい

第1話 あれから1年、ですわ

 紳士淑女の皆様、ごきげんよう。お久しぶりですわね。

 わたくしは公爵令嬢、マリアンセイユ・フォンティーヌですわ。


 ゲームが大好きな17歳の女子高生・マユが列車事故をきっかけにこの世界に来てから、もう1年が経ちました。

 自分の部屋から一歩も出れず、お手洗いとお風呂は外で、という何とも囚人のような扱いを受けたこともありましたけれど、今では公爵令嬢らしいとても快適な生活を過ごさせて頂いていますわ。


 メイドのヘレンはとても熱心に私の身の回りの世話をしてくれます。毎朝、私に似合う服や髪飾りを用意し装ってくれて、毎晩、お風呂の後に私の全身を磨きあげてくれていますの。

 それだけではなく、刺繍のコツや星の見方、薬草の見分け方など、生活に役立つだけでなく魔導士として必要なことも教えてくれますのよ。


 魔精医師で家庭教師でもあるアイーダ女史は、私の知識のためにと分かりやすい本を選んでくださり、魔導士になるための基礎を一生懸命に教えてくださいます。

 礼儀作法や絵画、詩吟など、貴族令嬢に必要な知識を授けてくださるのもアイーダ女史です。


 最初は慣れない事ばかりでしたけど、お二人のおかげで日々一歩ずつ、立派な淑女レディへと近づいていると思いますわ。

 おほ、ほ、ほっほほっ……。



   * * *



「んー、意外に難しいな、オホホ笑い……」

「ソレ練習いります?」


 ためしに自己紹介を貴族令嬢風にやってみたところ、セルフィスが半目で私を見ていた。


「またいきなり現れたわね」

「何やら熱心に演じていらっしゃったので、黙って成り行きを見守っていました」

「相変わらず厭味ね。何よ、悪い?」

「いえ……それはそうと、今日はいつになく気合が入っていますね」


 いつもは刺繍のみで飾り気のないワンピース姿の私ばかりを見ていたセルフィスが、興味深そうに私を見つめている。


 今日の私の出で立ちはというと、オフショルダーの真っ赤なドレス。胸の部分は縦にプリーツが入っていて、アンダーから腰に掛けてキュッと締められていて、左側には真っ赤な薔薇のようなコサージュがつけられている。

 二の腕部分はドレスから繋がった同じく赤色のシースルー素材が肘にかけてラッパのように開いていて、まるで百合の花のよう。わずかに透けた二の腕がセクシーです!とヘレンが悦に入っていた。


 腰から下は真っ赤な裾が美しいドレープを描いていて、脚長効果も抜群。全体的に私の凹凸の立派さを引き立てる、素晴らしい仕上がりに。

 首には銀の鎖に水晶のような透明な四角い石と雲母のような黒くつやつやした石が連なっている、この深紅のドレスに負けない輝きを放つネックレスが。


 そして髪はおでこ全開でトップにボリュームをもたせ、サイドも複雑な編み込みをして後ろにまとめ、黒に銀の縁取りのリボンが結わえられている。ヘレンがこの日のために、と後れ毛の1つ1つにまで気を使った自信作だ。


 そして手には、羽根の付いた白い扇。

 正装ではないらしいんだけど、軽めのお茶会ぐらいなら出れそうな、なかなか本気モードのファッションだ。


「えへ、へへへ、聞いてくれる?」

「その笑い方は何だかいろいろと台無しですね」

「それはいいから! あのね……」

 

 半分ほど広げた扇を口元に当てる。

 口の端がくいーんと上がり……ああ、ニヤニヤ笑いが止まらない。


「今日ついに、あの黒い扉の先に行けるの!」

「はぁ、やっとですか」


 そう! 本当に、やっとなのよ!

 何と1年間、私は最初のテリトリーから一歩も外に出してもらえませんでした。

 許されたのは、自分の部屋と目の前の廊下、そこに連なるトイレと風呂。後はバルコニーだけ。

 ひどくない!? 廊下の先の黒い扉、開けてみることすらできなかったの。


「随分、時間がかかりましたね」

「アイーダ女史、厳しいんだもん……。魔精力の方はとっくに制御できるようになったのにさ」


 歴史を学んで、成り立ちを聞いて。私の魔精力は、目覚ましく進歩しました。

 地味な訓練を経て瞬く間に術は体系化。だから部屋の明かりも、比較的早くつくようになったのよ?


 だけど残念ながら、体系化できたのは模精魔法のほうだったんだけどね。そっちの才能だったみたい。

 どうせなら創精魔法がよかったな。自分でいろんな魔法を創り出してみたかったのに……。

 それに必殺技とか編み出せそうじゃない? 創精魔法の方がさ。ゲームキャラなら要るでしょう、必殺技は。


「そうですね。土・風・水・火の四属性すべてを扱える模精魔導士はかなり少ないと思います」

「そうよ、頑張ったもん!」


 勿論、基本的なものが発動できるようになっただけよ。セルフィスがやって見せてくれたように、手の平から土や水を出せるようになっただけ。

 地形を変えるほどの大きなものを出したり、その効果を変えたり、複数の属性を同時に扱ったり、そういったアレンジとかはまだまだこれからよ。

 だけど私は、四属性すべての体系化に成功したのです。エッヘン。


 ちなみに術の発動は魔法陣を描くタイプと詠唱タイプがあるんだけど、どっちもマスターしたの。魔法陣タイプだと時間がかかるのと描くための棒を常備しないといけないし、詠唱タイプだと声を出せない状況じゃ使えないの。どんな状況でも使えるように、とめちゃくちゃ努力したのよ。

 そうやって、魔導士としては順調にレベルアップしたんだけどなぁ……。


「礼儀作法の方がやはり今ひとつでしたか」

「難しいんだよね、お嬢様の身のこなしっていうのが……」


 話し方だけじゃないんだよ。姿勢や歩き方、視線の投げかけ方、手の使い方、肩の使い方、腰の使い方、ドレスの捌き方……。気を遣うところが多すぎるって。

 ただ、まぁそもそも、公爵令嬢しかも未来の大公妃となるとみんなの注目を集める訳で、その一挙一動にスキがあってはならないんだけどね。


 この部屋を出ると、公爵家の他の使用人にもその姿を晒すことになる。そうなると、情報が外に漏れる可能性が飛躍的に上がる。

 仮に漏れても困らないように、一歩部屋の外に出たら完璧な公爵令嬢を演じられるようになるまで出せません、ってアイーダ女史に言われちゃってたのよ。


 今のところ、私が大公世子ディオンの正妃になった方が父の公爵も兄の子爵も利点も多いはずだから、身内に暗殺されるようなことはないだろう、というのがアイーダ女史の見解。

 だけど私が目覚めたことを知った他の貴族が暗殺とまではいかなくても、間諜を差し向ける可能性は否定できないからって。

 まぁ実際、こうやってセルフィスは来てるしね。


「だけどさ、そんな理由で一年間も引き籠り生活させられてたかと思うと、本当に凹むんだけど」

「マユを守るためですから、いたしかたありませんね」

「そうだけどさぁ。ってか、暗殺って何? 私、そんなに誰かに恨まれてるの?」

「順番を飛ばされた伯爵家は勿論、表にいっさい出てこないマリアンセイユ様を訝り、大公子妃になるのを阻止したい人間は他にもいるでしょうね」

「そうかー」

「三年間も眠り続け、公爵にも放っておかれていますし。容体が急変して亡くなったことにすればよい、とか、まぁ狙いやすい状態ではありますね。こんな僻地まで赴くのは大変でしょうけど」


 セルフィスがうんうんと頷いている。

 ちょっとアンタ、他人事過ぎない? そりゃあんたの雇い主はリンドブロム大公で、私じゃないけどさ。


 だけど、セルフィスには大感謝なのよね。

 魔法の習得は、セルフィスのアドバイスがなければこうも上手くはいかなかった。

 アイーダ女史に与えられた本を読んだり、実際に体系化について授業してもらったりしたんだけど、自分で復習するとなるとよく分かんないことも多くて。

 そういうとき、ちょっとお手本を見せてくれたり、わかりづらい言葉を説明してくれたりしたのがセルフィスなのよね。

 最初に模精魔法と創精魔法の違いを教えてくれたように、セルフィスの説明って簡潔で分かりやすいからさ。


「……やっぱり、自分の身は自分で守れるようにならないと駄目ね」

「そうですね」

「だけど模精魔法だとなあ。魔燈マチンと水筒と風車と植木鉢をいつも持ち歩くわけにもいかないし、難しいよね」

「そこまでやらなくても。それに上達すれば、視界に入れただけで発動できるようになりますから」

「あ、そうなんだ」


 右手で持った扇をポンと左手で打ち、セルフィスに突き出す。


「さすがセルフィス、いいこと教えてくれたわ。じゃあ、これからの上達次第ってことよね」

「そうですけど……扇の使い方、それでは駄目ですよ。人を指しちゃいけません」

「あ、ごめんごめん」


 バッと開いて自分の顔を仰ぎ、アハハハハと笑う。


「それも駄目です」

「いちいちうるさいなあ。部屋の中では普段通りでいいって、アイーダ女史も言ってくれたもん」

「でないとストレスが溜まって魔精力が暴走するかも、と脅したからでしょう」

「まぁね、エヘヘ」



 ……こんな感じで、信頼できる仲間に囲まれて、わたくしは毎日楽しく過ごしております。

 失敗も多うございましたが、この一年、日々成長しましてよ。


 そして今日ようやく、あの黒い扉の外という、新たな一歩を踏み出すのですから。

 生まれ変わったマリアンセイユ・フォンティーヌをとくとご覧あれ!

 オホホホホッ!


 ……あ、できた。オホホ笑い。

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