第8話 聖女と魔獣は仲良し?
シュルヴィアフェスは、神が授けた『聖女』の力により――あまたの魔物を支配し得る『召喚魔法』を手に入れました。
その強大な力を己のために使うか、人間の存続のために使うか。
神はシュルヴィアフェスを試したのです。
しかしシュルヴィアフェスは、どちらも選びませんでした。
ただひたすら己の力をひた隠しにし、ワイズ王国のはずれの山奥で自然と共に――魔物と共に、ひっそりと暮らしていました。
なぜなら――その森は、人々が『フィッサマイヤの森』と呼ぶ深く険しい森。一度入ったら二度と帰ってこれない、魔界に限りなく近い場所だったのです。
そしてシュルヴィアフェスはその森の主、金毛の狐の姿をした『魔獣フィッサマイヤ』と共に暮らしていました。
だから彼女は、どちらの味方をすることもできなかったのです。
* * *
「また新しいのが出てきた。『召喚魔法は魔物を支配する』、と」
「本当に長くもちませんね……」
「だって、知らない言葉があると気になるじゃん」
紙に書きつけたところで、ふと疑問点が浮かぶ。
「魔物って魔王の配下だよね? それを支配するの?」
「うーん、子供向けのせいか、だいぶん端折って書いてありますね」
セルフィスは腕を組むと、眉間に皺を寄せた。
「誤解を招く表現とでも言いましょうか」
「誤解?」
どうもイライラするな。セルフィスって何でこんな持って回った言い方をするんだろ。
「もうちょっとちゃんと教えてよ」
「そうですね……。かなり微妙な話題なので、難しいのですが」
その『微妙』の意味がよく分からないんだけどね。
「それにさ、聖女は魔獣と一緒に暮らしていた、って書いてあるよ。支配っていうより、友達?」
「その表現の方が正しいかもしれませんね。しかしそもそも、魔物と魔獣は違うんですよ」
「はあ?」
「1巻、ちゃんと読みましたか?」
「読んだよー」
読み終えて横に除けておいた赤色の表紙の本。
手元に引き寄せ、確かこの辺に魔物について書いてなかったっけ、とページを開いてみる。
『ひずみと魔界からの風により、大地には魔物が生まれるようになりました。』
『神に命じられ、人を粛正する存在として生まれた魔王は、八体の魔獣と四体の王獣、一体の神獣を率いてロワーネの谷から人々を追い出しました。』
あ、本当だ。歪みから地上に生まれたのが魔物で、魔王に従ってるのが魔獣。
確かに意味が違うみたい。
「そうか、魔物は魔王の配下じゃないんだ。魔王の配下は、魔獣の方か」
「その理解も少し違うんですが……」
「もう、何なのよ。だったらちゃんと説明してってば」
読んでる横からゴチャゴチャ言ってくるから、うるさくなって思わず言い返す。
茶々入れるぐらいなら最初から教えてよ。
ジロッと睨みつけると、セルフィスは少し考えたあと軽く溜息をつき、諦めたように口を開いた。
「大地に生きる生物が歪むことで生まれたのが魔物。そしてこの魔物の中で、魔精力を取り込み知能を蓄え、より高位の存在に進化したのが魔獣です」
「へぇ、知能か。賢くなったってことだね」
「ええ。魔物は本能的に人間を襲うようにできています。そうして襲った人間を喰うことで魔精力と知力を奪い、自分の糧にし、より高みの存在へと昇ったのです」
「怖っ!」
「魔王は、その中でも特に気に入った四体の魔獣をスカウトして協力を要請し、代わりに魔王の力を分け与え、さらに高次元の『王獣』に位置付けました。そしてこの四体の王獣の推挙や魔物自らの立候補などにより新たに付け加えられたのが、八体の魔獣です」
「神獣は?」
「神が魔王に与えた相棒、のようなものでしょうか。その姿は透き通った水晶のように白い、月光を思わせる巨大なドラゴン。
おお、ファンタジー。空駆けるドラゴンにまたがる魔王かぁ。
だけどやり過ぎちゃって、殺戮と暴虐の繰り返しになってしまった、と。
それを止めるために聖女に授けられたのが、『召喚魔法』か。
「じゃあ、『召喚魔法』っていうのは、どういう魔法なの?」
さっき、模精魔法と創精魔法についてはあれだけ丁寧に説明してくれたんだもん。
これには答えられるはずだよね。
そう思って聞いたけど、セルフィスはあからさまに迷惑そうな顔をした。腕を組み、眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げている。
「何、その顔」
「続きを読めば、おおよそはわかります」
「召喚って何を召喚するの? ……あ、魔物か。でも魔獣とも暮らしてるから……あ、魔獣召喚? 魔獣を支配することで魔王を倒したの?」
セルフィスの反応は無視して、矢継ぎ早に聞いてみる。
しかしセルフィスは、頑として首を横に振った。
「これ以上はやめておきましょう。一つだけ言えるのは、聖女シュルヴィアフェスは神から直接力を授かったから可能だっただけで、現在の魔導士では魔獣を支配することなどできない、ということです」
「ふうん……」
「これ以上は、時期尚早ですね。マユがうっかり魔獣召喚して喰い殺されても困りますし」
「えっ……」
ポトリ、と手元からペンが落ちる。紙と机にインクの染みをまき散らしながらころころと転がっていった。
セルフィスが「おっと」と言いながら机から落ちそうになったペンをキャッチし、そっと机の上に戻す。
「魔獣召喚、するかもしれないの? 私が?」
「魔精力だけは豊富な未熟者ですからね。中途半端な知識を持つと、うっかりそういうことも起こり得ます」
「え……」
「魔獣は未熟な魔導士など認めませんから、本能のままに目の前の人間を喰らうでしょうね。……食べられたいですか?」
「い、嫌! 絶対に嫌です!」
ブンブンと首を大きく横に振りながら叫ぶと、セルフィスはふっと表情を緩めた。
「少し喋り過ぎましたね。くれぐれも、わたしが教えた内容は誰にも言わないでください」
「それはわかってるけど……」
じゃあ中途半端に情報を漏らしてビビらせないでよ、と心の中でやつあたりする。
お願い、見捨てないでー!と私が泣きついて引き留めたセルフィスだけど、実は公爵家からはとっくに解雇されていたらしい。マリアンセイユが眠りについてしまったときに。
今のセルフィスの雇い主は、何とリンドブロム大公。眠り続ける息子の婚約者の様子を報告しろ、という特別な任務を与えられたんだそうな。
「よく拾ってもらえたね」
と感心していると、
「馬鹿なことを言わないでください。わたしが自ら売り込んだんですよ」
とセルフィスはフンと鼻息荒く威張ってた。
大公家が眠り続けるマリアンセイユを大公世子であるディオンの婚約者と定めたのは、「魔精力がいっぱいだからちょうどいい」という単純な理由だけではなく、「大公の夢の中でそう読み取れるお告げがあったから」らしい。
だけど大公家としては、通常の大公妃の役目を果たせそうもないマリアンセイユを本当に婚約者にしていいものか、かなり不安だった。
小さな淑女、マリアンセイユを大公妃にしたいという想いは、アイーダ女史もセルフィスも同じ。
どうやったのかは知らないけど、とにかくセルフィスは大公家の不安につけ込み、見事『マリアンセイユの成長を見守り大公家に報告する』という役目をもぎ取ったらしいのだ。
まぁ、公爵家の執事を長い間務めていた訳だし、大公家とのツテだってあっただろうしね。それに眠りにつく前のマリアンセイユは本当にイイコで、どこに出しても恥ずかしくない立派な令嬢だったんだから。
その辺の手腕を買われたのかなあ。
つまり、私が泣きつこうが泣きつくまいが、セルフィスは必ず私の近くにいたはず、ということになるんだけど。
でも舞台裏が明かされたところで、最初に決まってしまった主従関係ってなかなか覆らないのよねぇ。本当に失敗したわ。
まぁそんな訳で、セルフィスはヘレンやアイーダ女史の目を盗んで私の部屋に来ているので、二人にも内緒にしないといけないのです。
「でもさ、それならどうして堂々と私の前に姿を現したの? そんな裏事情もバラしちゃってさ」
「マユがあまりにも変だったからです」
「変?」
「目覚めた途端、いきなり服を脱いで肢体をさらけ出し、しかも鏡に映してあちこち触り始める、という奇行を……」
「それには事情があるの! ってか、見てたんかい!」
「わたしがお育てした小さな淑女、マリアンセイユ様はどうなってしまったのかと。こんなご様子であると大公殿下に報告する訳にもいきませんし」
セルフィスがふううぅ、と長い長い溜息をつく。
『こんなご様子』ってどんなご様子よ。すっかりアホの子になってしまったって言いたいワケ?
「よってアイーダ女史の手に余る、と判断いたしました」
「そーですか。じゃあ、アイーダ女史にも話を通しておけばいいじゃない」
「大公家の間諜が出入りしていると知ったら、いい気はしませんよ。あの方はあの方なりにマリアンセイユ様に深い愛情をお持ちです」
右手を胸に当て、軽く会釈をする。
アイーダ女史への敬意の表れなのかな。
「今度こそきちんとお育てして、と張り切っておられる。わたしの存在に気づいた場合、作為的なものに変わってしまうかもしれません。それよりも、その真っすぐさを利用した方がいい」
「利用って……ひどいな」
「言葉は悪いですが、彼女を信用している、という事です」
「ふうん」
確かに、アイーダ女史にはちゃんとした『理想の淑女像』というのを教えてほしいかも。きっとそれが、この世界の一般常識なんだろうし。正統派、王道とでもいうのかな。
セルフィスはどうもその辺、当てにならない。大公に売り込みに行くなんて執事の行動とは思えないし、『異端』って感じがするのよね。
大公だけに気に入られればいいってもんじゃないと思うのよ。
「……で? 私のこと、今は何て大公に報告してるの?」
「非常に美しく成長しておいでです、と」
「それだけ?」
「他に報告できることが無いんですよ」
「悪かったねー! これからだもん!」
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