第7話 私の知ってる魔法と違うなあ

 ワイズ王国のはずれで生を受けたのちの聖女、シュルヴィアフェス。

 彼女は魔精力を体内に大量に保持し、また行使して魔法を使用できる、数少ない人間でした。

 自然に宿る魔精力を借りて力を行使する『模精魔法もせいまほう』だけでなく、自らの魔精力を炎に変える『創精魔法そうせいまほう』も使うことができました。



   * * *



「やっと魔法の話が出てきたー!」

「それぐらいで叫ばないでもらえませんか。耳が痛いです」


 セルフィスが左手で自分の耳をホジホジしながら文句を言う。

 こいつぅ……本当に遠慮が無くなってきたな。


「だけど説明が短い!」

「マユの読んだ文章の方がよっぽど短いです」

「だって知らない言葉だし」

「この世界の人間なら子供でも知っているようなことですが」

「だから記憶がないって言ってんのにさあ。うう、とにかくメモしておこう。紙は……と」


 右の1番上の引き出しを開け、アイーダ女史が用意してくれた薄い茶色の紙の束を取り出す。2番目からはインク壺と羽のついたペン。

 ああ、本当に使いづらい……。何でこの世界にはシャーペンと消しゴムがないんだろう。


「『模精魔法は自然に宿る魔精力を借りるもの』、と。魔精力を借りるってどういうこと?」

「一番簡単なのは、土と風の魔法ですね。大地はどこにでもありますし、風もある程度の頻度で吹きますから」

「はえ?」

「そうですね……」


 セルフィスは窓を開けて、バルコニーに出る。そしてひょいっと飛び降りてスタスタと森の方へ歩いていった。

 私はまだ、バルコニーの外に出ることを禁じられている。手すりに手をかけて背伸びをし、セルフィスの背中を目で追う事しかできない。


 このバルコニーから見える景色は、茶色い土と所々に苔が生えているかのような緑。背後は鬱蒼とした森が広がっていて、小川でも流れているのか庭と森の間に木で作られた橋のようなものが見える。

 セルフィスはその木の橋を渡ると、ようやく歩みを止めて振り返った。私から見ると身長が5センチぐらいになっちゃってる。

 そしてふっと屈みこみ、地面に触れていた。

 ……まぁ、土だよね。特に何の変哲もない。


 そして再び立ち上がると、両腕を前に突き出し、私に手の平を見せる。

 ……何だろうね、種も仕掛けもありません、みたいなポーズに見えるのは気のせいだろうか?


 そしてセルフィスは両手を広げると、手の平を上に向けた。

 しばらくすると、右手と左手からバアッと土が噴き出して放射線を描き、セルフィスの足元にばらばらと落ちていく。


「ひえっ!?」


 さっき、さりげなく土を握っていたにしてはあまりにも量が多いし、第一、人の手からあんな噴水みたいに巻き上がる? 全く腕を動かしていないのに。

 何て言うの、あの扇子から水を出す水芸みたいな……。

 あの土、いったいどこから出てきたの?


 ドキドキする心臓を押さえながら見守っていると、次にセルフィスは胸元からハンカチを取り出した。風に吹かれてやや斜めに靡いている。

 ……まぁそりゃ、風ぐらい吹くだろうね。


 ハンカチをしまうと、今度は胸の前で両掌を向かい合わせにし、じっとその間を見つめる。

 するとその場所に、小さな竜巻が現れた。竜巻はだんだん大きくなりながら地面に下降していく。

 そしてさきほど散らばった土や砂を巻き上げて茶色い渦になると、再び上へ。セルフィスの頭上を遥か超え、やがて後方の森の中へと飛んでいった。


 えーと……今のは、何だ?

 急に小型竜巻が現れて、リモコン操作されたみたいに下降して、上昇して。土を巻き上げたと思ったら竹とんぼみたいにどっか飛んでいって……。

 竜巻って真っすぐ天に昇るものだよね。動くにしたって横移動。あんな変な動き方するのって……。



「……わかりましたか?」

「全然わからんわ!」


 いつの間にかバルコニーの下まで戻ってきたセルフィスに文句を言う。


「だいたい、何であんな遠くまで離れるの? 魔法を見せてくれるんなら、もう少し近くで見せてよ」

「万が一マユの魔精力が暴走したら困るでしょう?」


 手に負えなくなりますよ、とセルフィスが肩をすくめる。


「土と風の基本的な魔法です。大地から力を借りて土や砂を生成。風から力を借りて竜巻を生成したのです」

「要するに、現物があると使える魔法が模精魔法ってこと?」

「そうです。川の傍なら水の魔法が使えます。火が一番難しいですね」

「そうだねぇ、そこらで燃えてたりしないもんね」

「ですので、火の模精魔法を使いたい場合は、魔道具を併用します」


 セルフィスが懐から5センチ四方の四角い箱を取り出す。

 引き出しのようになっていて、中を開けると爪楊枝みたいな細く削った木の棒の先に赤い丸いのがついているものが何本か入っていた。


「……マッチ?」

「ちょっと訛ってますね。マチンです。でも、よくご存じですね」

「いや、だって……」


 どう見ても普通のマッチにしか見えないけど。

 ……あ、正しくはマチンだっけか。それが魔道具?


「この魔燈マチンという魔道具は、この木の棒の赤い部分を側面の茶色い部分で擦ることで使用します。木に宿っている魔精力を炎に変換する魔道具です」

「はぁ」


 使い方もそのまんまだね。まぁ、でも、私が知ってるマッチとは原理が全然違うみたいだけど。


「わずかでも種火があれば、炎は出せますから。風の魔法と併用すれば火炎旋風を作ることもできます」

「わっ、スゴそう! やって見せてよ」

「さすがに危険すぎて見せられません」

「ちぇーっ」


 セルフィスは魔燈マチンを懐にしまい、ひらりとバルコニーに戻ってきた。

 ひとまず二人で部屋の中に戻る。

 再び黒い椅子に座り、ペンを握った。


「んーと……『創精魔法は自らの魔精力を炎に変える』、と」

「炎とは決まっていません。シュルヴィアフェスがそうだっただけで、水に変えたり土に変えたりもします」

「あ、そうなんだ」


 ピッピッと二重線を引き、言われた通りに直す。


「じゃあこっちは、現物が要らないんだ」

「そうですね。ただその分、あまり長くは持ちません。魔精力を変換すること自体にかなり力を使いますので。その場で瞬間的に放出できる程度でしょう」

「模精魔法は長く出せるんだ」

「ええ、体力と魔精力がもつ限りは。そしてこの創精魔法も、炎が一番難しいと言われています」

「ふうん……だから聖女に選ばれたのかなあ」


 背もたれにぐいーんとよりかかり、メモした紙を翳してもう一度眺める。


「あ、じゃあさ。創精魔法で出した炎を使って、模精魔法で大きくしたり長く燃え上がらせたりする、とかは?」

「面白い意見ですが、現実的ではないですね」


 セルフィスは右手を口元にやるとクスッと笑った。


「模精魔法と創精魔法は、体系が全く違うのですよ」

「どう違うの?」


 炎を出す。風を起こす。

 同じような現象を起こせるのに、何が違うのかピンと来ない。


 セルフィスは「そうですね……」と呟きながら腕を組み、部屋の中を歩き始める。そして何かに気づいたような顔をすると、チェストの上にあったA4サイズぐらいの額縁に手をかけた。

 白いテーブルクロスの上に赤いリンゴやうっすら緑の洋梨、オレンジのカボチャが載せられた……静物画、だっけ。そういうよくある感じの、油絵っぽい絵。

 コツン、と黒い机の上に置く。


「この絵で説明しましょう」

「うん」

「この絵を模写する能力が模精魔法、自らこの絵を描くのが創精魔法です」

「は? どういうこと?」


 相変わらず最低限のことしか言わないな。もうちょっと噛み砕いて説明してよ。

 私の返しに、セルフィスは眉間に皺を寄せ、口の端をやや下げた。


「少しは考えてから聞いてください」

「だってわっかんないんだもん。もうちょっとちゃんと教えてよ」

「……仕方のない人ですね」

  

 ふうう、と聞えよがしな溜息をつき、セルフィスが口を開く。


「この絵を模写してください、と言われたら、マユならどうしますか?」

「え? 見ながら頑張って描くよ」

「上級者ならそれでできますね。マユはそれで寸分違わず写せますか?」

「無理。うーん……あ、じゃあ、紙を乗っけて上から書く」

「なるほど、そういう手段もありますね」


 そう悪くない答えを出したらしい。セルフィスが軽く頷く。


「そのように工夫をして写して描いた線画に、リンゴは赤く、洋梨は薄い緑に……と同じように色を塗れば、ほぼ同じ絵になりますね。ですが、リンゴを黄色く塗ってみたり、洋梨の数を増やしたり、逆にカボチャを省いたりすれば、その個人独特の絵にすることができます」

「アレンジってやつだね」

「そうです。それが、模精魔法です」

「……うん?」

「それに対し、自ら画材を用意し絵を描くのが、創精魔法です」

「……えーと」


 どういうこと?と聞いたら「自分で考えろ」とまた怒られそうなので、いったん止まってみる。


 つまり、パクッてアレンジするのが模精魔法。見たまま同じ現象を再現することもできるけど、威力を上げたり、形を変えたりすることもできる。

 それに対し、何もないところから作り出すのが創精魔法、か。


 確かに自分で絵を描くのは大変だよね。模写ならコピー機で量産できるけど、手書きで何枚も何枚も続けては描けないもん。

 だけど模写では大きく変えることはできないから、やれることに制限はある。手軽な分、あまり突飛なことはできない。

 自ら絵を描く場合は、画材や構図、色、全部自分で決めることができる。だから大変な分、自分が思う絵を描くことができるんだ。


「うん、わかった! コピー機と手描きだね!」

「こぴーき?」

「複写する道具っていうか……」

「ああ、複写。そうですね、その理解で大丈夫です」


 私の答えは、セルフィスにとって満足のいくものだったらしい。珍しく嫌味の無い笑顔でうんうん頷いてくれた。

 へへっ。認められたようで、ちょっと嬉しい。


「でもさ。さっき私が言ったのは、『それだったら自分の描いた絵を模写すればいいんじゃないの?』ってことなんだけど」

「ふむ、その例えも面白いですね。ですが、模写が上手な画家が、独自の絵を描けるとは限りません」

「……」

「また、独自の絵を評価されている画家が、模写が上手いとは限りません」

「……ふうん」


 何となく、わかるような。

 マンガとかであったよね。自分の絵が認められない画家が贋作家として裏で名を馳せた、みたいな……。


「自然の魔精力を借りて生成するために必要な技術と、自らの魔精力を使って生成するために必要な技術は、全く異なるものなのです。ですからこの二つの系統を並行して体系化することがそもそも至難の業。ましてや、同時に行使するなど。……不可能とは言いませんが」

「そうなんだ……」


 いい案だと思ったんだけどな。そしたら場所に関係なく、全部自前で何でもできるのに。水だろうが、雷だろうが。


「やはりマユは、なかなか面白いですね」

「へ? 何が?」

「無知は無敵です」

「……それ、褒めてるつもり?」

「勿論です」

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