第16話 伏見朱莉2

 テロを未然に防ぐ一番の方法としてはその標的を犯人よりも先に排除してしまうことだ。

 さらに行動を起こす前に事件が起これば、騒ぎが拡大し、行動も制限される。

 そもそも犯人は芦谷をつけ狙っていてる。その標的が先に排除されれば願ってもないことだろう。標的を失った犯人がハイジャックをする意味も消滅する。

 俺は決意を固めた。

 秘書である伏見なら確実に隙を作ることが出来る。行動するときは必ず、芦谷の隣に付くはずだ。

 そのための拳銃だ。芦谷を守る最後の人間は最も近くにいる秘書、つまり伏見朱莉なのだ。それを逆手に取れば、芦谷はこの伏見にかなりの信頼を置ている。

 暗殺するには絶好の人間だった。


 八時を迎え、芦谷を起こし向かった後、一階のレストランにて朝食をとる。芦谷が移動するときは必ず同じホテルに宿泊しているSPが警備を行い、二十四時間体制で身の安全が保障されていた。

 レストランで朝食をとるにせよ、周囲からSPの緊張感が伝わり、張りつめた空気が漂う。


「伏見、今日の飛行機は何時発だね。」


 芦谷がパンをかじりながら問いかける。老人ながらその眼光は鋭く、少し話しかけられただけでも腰が引ける。


「五時です」


「そうか、分かった。では向こうに着くのは七時と言ったところかのう」


「そうですね、今日は台湾で休む形になります」


 俺が答えると、芦谷は頷き、目を新聞に落とした。新聞の一面には台湾で行われているデモについて記載されている。

 その新聞と俺の顔をじっくりと見つめる。


「どうかなされましたか」


「全く酷いものだ。昨日もデモ隊が死んだ。これを見ると日本とて盤石ではない」


「ええ、全くです」


 俺は発言するたびに不安になる。伏見朱莉がどのように話していたのか分からない。芦谷の顔を見る度にバレているのではないかと考えてしまう。俺はコーヒーを飲み、その緊張を和らげた。


「君はコーヒー飲めたのか」


「ブラックは飲めませんけど、砂糖を入れれば飲めます」


「それは知らんかったな、いままで飲んでいる姿を見たことがなかったのでな」


「最近飲めるようになりました」


 一言一言に重みがあった。俺はコーヒーを置き、この場をやり過ごすことだけを考えていた。


 そしてついに出発の時間がやってくる。

 本来、要人の車はSPが運転する。しかし、芦谷の車だけは俺が運転しなければならない。俺が運転する車の他に前後に一台ずつ、護衛車を付け、万全の態勢で送り届ける。

 俺は常に前を走る護衛車のスピードに合わせ、慎重に車を走らせた。慣れない胸の重みとホルスターの重みで肩がこる。

 しかしここで変な動きも出来なかった。助手席と後部座席にはSPが座っていて、芦谷にべったりとくっついている。芦谷自身は俺の真後ろに座っているため、よく見えない。SP同士は常に連携していて、付け入る隙を与えなかった。

 日本のSPは警備部の中でも花形でそうそうなれるものではない。言わば、警察官におけるエリート集団であり、精鋭だ。

 そのSPを出し抜くのは難しい。俺は何の行動を起こすことなく成田空港の駐車場へと入っていった。


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