第15話 伏見朱莉1

 この「繰り返し」に回数制限があるのだろうか。俺が五回目の九日を迎えた時に思った最初の疑問だった。

 体を動かす前に唐突に考えた。まだ自分が何者なのかすら把握していない段階で、じっと見知らぬ天井を眺めていた。

 これで五回目だ。流石に「繰り返し」も収束てしまうのではないだろうかと不安になる。早く、解決しなければならない。俺はいつか訪れるであろう不可視なタイムリミットに焦りを感じていた。

 四周目では何も出来なかった。何もできない自分に対し、深く落胆した。このまま「繰り返し」を続けていても意味がない。周回を無駄にするごとに、ただならぬ恐怖が沸々と湧き上がってくる。


 しかし、思わぬチャンスは突然やってくるものだ。

 俺が起きた場所はマンションのようだがマンションではない。部屋の造りやテレビの位置、殺風景な生活感のないの部屋の雰囲気からしてここはホテルの一室だ。

 周囲を確認しながら体を起こそうとすると、胸のあたりに尋常ではない重力を感じた。その重力を発生させているをどかそうとそうと思い、触れてみる。しかし物ではなかった。質感は柔らかく、感覚がある。

 まさかと思い、急いで洗面所に走ると、そこで驚愕した。


「女……なのか」


 スレンダーで髪は黒く長く、光っている。体は曲線的で胸は膨らんでいた。顔はそこそこ美人で、体は軽い。

 ついにこの日がやってきた。取り分けおかしなことではない。しかし、こうなると厄介なのは化粧だ。俺にそんな知識はない。

 しかしこれに限っては普段の習慣という無意識が働いてくれた。

 外見は繕えても、女性と男性では全てが異なる。ここでへまは出来ない。

 女性というイレギュラーと同時にこれまでにない好機がやって来たからだ。この女性、伏見朱莉ふしみあかりは芦谷聡の秘書だった。

 言葉遣いや仕草を精一杯女性に寄せて、芦谷と接触しなければならない。ベッドの脇にあったパンツスーツとワイシャツに着替えると、その下からホルスターと拳銃が出て来た。


「由和の話には聞いていたが。まじかよ。ここは日本だぞ」


 回転式拳銃は間違いなく本物で、手にとってみるとその重厚感に兵器であることを実感する。

 スケジュール帳には今後の動きがびっしり書かれていて、その手帳によって芦屋の情報を掴むことが出来た。

 まだ六時だ。しかし八時には隣の部屋で寝ている芦谷を起こしに行かなればならない。几帳面にスケジュール管理されていたお陰で、今後の動きが把握できた。

 十二時にはホテルのロビーで待っているSP達と合流し、そして成田空港へと向かう。芦谷は日本を代表する要人だ。

 そしてテロの標的でもある。

 SPの総勢十五人が芦谷を守ることとなる。スケジュール帳にはやはり台湾に着いた後、デモを主導する人たちの会談が予定されいた。

 この会談こそが事実上、日本と台湾の同盟を意味し、中国共産党を窮地に追いやることとなる。

 それを避けるためのハイジャック事件のはずだ。警備情報を見ても暗殺は難しい、つねに周りは固められていて、付け入る隙は微塵もない。

 恐らく狙撃も困難だろう。

 しかし暗殺する方法は一つだけある。それは裏切りだ。最も近くにいる人なら殺せる。俺はじっと手に取った拳銃を見つめた。

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