第13話 塚山廉也4
俺は幻獣でも見たかのような顔で男を凝視した。
男は一歩後ろに下がり、頭をかきながら平謝りする。
「いやぁ、すみません。周りが見えていませんでした。僕も野次馬気質がありまして、ついああいう喧嘩が起こると夢中になって見ちゃうんですよ」
男は暴れる篠原を指差して言った。まるで赤の他人を見るような目だった。
もしも二周目と今が完全にリンクしているなら、この男は篠原に話しかけているはずだ。
しかしこの男の視線は他人のそれと同じく、冷ややかだった。
別におかしなことではない。たった一度会話をしただけの間柄、その人間が頭のおかしい暴徒だったら軽蔑して当然だ。
「君はあの男のことを知っているのか」
「いいえ全く」
「いや二時間程前に話してなかったか、あっちのほうで」
俺は以前、篠原とこの男が会話をしたロビーの方を指差した。
「人違いですよ。あの人を見るのは今が初めてです」
「そうか、君職業は?」
「僕ですか、ただのサラリーマンですよ」
「てっきりジャーナリストかと思ったよ」
「ジャーナリストだなんて、あり得ません。僕はしがない会社員ですよ」
嘘だ。いや篠原の時に嘘をついたのか。それとも二周目といまではこいつの職種までもが変化したのか。
それに篠原との面識はないと言い張っている。確かにここで変に疑われるようなことは言いたくない。俺でも嘘をつく。しかしこの男は嘘をついているようには思えなかった。瞬きも増えないし、手の動きも正常だ。
一切の動揺が見られない。
一見ひ弱そうに見えて、実は肝座っているのか。それともその事実ごと変わってしまったのか。
「繰り返し」の中で事象が変化することがあるのかもしれない。つまり、俺が憑依した人間の言動は固定されるが、他人の言動は変化するのだろうか。
俺は尚志と由和、そして篠原を囲む警備員に目を向けた。すると二周目をコピーしたように同じ言動をしている。
ではこいつだけが嘘を……
「どうしたんですか、ぼーっとして」
「いやちょっと考え事をしていたんだ」
「そちらは何のお仕事をしていらっしゃるんですか。まさか刑事さんとか」
「刑事に見えたのか、俺が?」
「ええ、あの目つきはただ者ではない。まるで誰かを探しているような目でした」
「だとしたら生まれつきだよ。考え事をすると、みんなにそう言われる。君と同じ、しがない会社員さ。今日はちょっとした出張なんだよ」
「台湾にですか」
「まぁね」
俺はチケットをポケットの奥にしまい込んだ。篠原の時は気が付かなかったが、この男、目が透き通っている。
気が弱そうに見えたのはこの目が原因だ。まるで世間を知らない子供の目だ。
吸い込まれそうなほど澄み切っていて、やけに不気味に思えた。
「君、名前は? ここで会ったのも何かの縁かもしれないからね。同じビジネスマンならまたどこかで巡り合うかもしれない」
「流石、いいビジネスマンは違いますね。僕も見習わなくちゃ」
男はそう言って内ポケットから名刺を取り出した。
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