第12話 塚山廉也3

 心なしか人間観察がうまくなった。人の体の中に入り、そいつの情報をいち早く入手することで、人間の実態や特徴を掴みやすくなっていた。

 こうやって呆然と人の流れを見ているだけで一人一人に人生があり、皆違った生き方をしてることを感じる。

 万引きGメンや捜査一課のような炯眼さは無いにせよ、証券会社に勤めていた時に比べれば、ずっと人間を見る目が付いたと思う。

 たった二日しか経験していないが、元々その素質があったと考えれば、この体験が開花するきっかけとなっただろう。

 しかしハイジャックをするほどのテロリストとなると、それは犯罪のプロに近い。国からの下命を受けているとなると猶更だ。

 腕時計を見ると、そろそろ篠原が現れ、暴れる時間帯だった。既にゲート脇には由和と尚志の姿が見える。


「ちょっと……」


 篠原は現れ、昨日同様にもめ始める。

 しかしここである疑問点が生まれる。篠原の中に入ってるのは俺なのだろうか。

 確かに言動は昨日と寸分違わず同じだった。しかしその中身が俺なのか分からない。

 そこで俺は塚山の体で実験することにした。

 時計を見ると四時過ぎ。つまり、いま俺がこの場で自分しか知らない合言葉を決め、それを次周の俺がここにいる塚山に問いかけたらどうなるだろうか。

 三周目を迎えた俺はなぜ四周も繰り返すという自信がどこかにあった。

 俺が言動だけではなく、中身まで同じなら、次周でも塚山の中に俺はいる。もしもそれをうまく利用すれば協力者を増やせるかもしれないのだ。

 俺は合言葉を考えた。偶然にも答えらてしまうのものでは困る。そのため定番の「ヤマ」「カワ」などは使えなかった。

 よし……ハワイと言ったら熊本だ

 俺は心の中で自分に言い聞かせた。

 この段階で口に出してしまえば、それは言動となってしまう。言動が反映されるなら、声に出してはならない。なぜハワイと熊本なのかというとこれは数少ない由和と旅行した場所だったからだ。

 ハネムーンがハワイでその後、一度だけ熊本に行った。

 恐らく、次周も塚山はこのベンチに座り、じっとしている。それは篠原の動きで確証が持てた。そこで塚山と接触し、四時過ぎに合言葉を聞けばその答えで分かる。

 俺はそれを心に留めて、依然人間を観察をしていた。

 予想だと、この隙にハイジャック犯はゲートを潜っている。皆の意識は篠原に向いているから、隙は生まれやすい。


「まさかあいつか……」


 俺は篠原の影に入る男を見つけた。

 その男ただ独り、暴れる篠原に見向きもしていない。まるで自分の使命だけを全うするためだけに生きているようだった。

 キャップを深くかぶり、足音もしない。まるで特殊部隊の身のこなしだった。

 注意して見てなければ、誰もその男に気が付かないだろう。


「やっぱりプロか」

 

 テロリストというものは軍の諜報部隊であることが多い。少なくとも一度は軍隊経験をしている。

 だとすると仲間がいるのは確実だった。たった独りでは飛行機をジャックすることは出来ない。少なく見積もっても、あと四、五人は協力者がいるはずだ。

 俺は暴れる篠原に目もくれず、必死に残りのハイジャック犯らしき人物を探した。

 すっと立ち上がり、首を伸ばしながら、一歩前に出ると、何者かにぶつかる。


「すみません……」


 向こうが先に謝った。


「お前は……」


 俺がぶつかったのは篠原に話しかけて来たジャーナリストを名乗る男だった。

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