第10話 塚山廉也1

 目を覚ます。

 見知らぬ部屋で目を覚ますのはこれで二回目だ。恐らく、俺はもう篠原ではない。篠原が住んでいたアパートに比べ、こちらはタワーマンションだ。そこそこの稼ぎがある男の家だろう。開きかかったカーテンの隙間から朝日が差し込む。

 ダブルベッドの隣を見るとそこには見知らぬ女が寝ていた。布団から白い肩が見える。


「起きたの?」


 俺がじっと天井を見つめていると、その女も目を覚ました。


「ああ、ちょっと早かったか」


「今日、出張なんでしょ」


「そうだな」


 恐らく台湾だ。これが三回目の九月九日ならこの男も375便に乗り、本来なら今日の夕方六時には死ぬはずだ。そして隣に寝ているのは婚約者だろうか。これに篠原の時とは別の問題が発生した。

 俺はこの女の名前を知らないし、他人が見ている前で堂々と素性を調べるわけにはいかない。不自然な態度はあまりとりたくなかった。疑われて、新たな問題が発生しては、いざという時に行動できない。

 俺は傍らにあったスマホを手にとった。ロック画面を見ると、やはり九月九日の朝六時。予想通り篠原の時と何ら変りない。そしてこの状況でいち早く知りたいのは、隣で寝ている女の名前だ。


「なにやっているの?」


「いやちょっとね」


「うーん、もう起きちゃうの?」


華菜かなはまだ寝てていいよ」


 うん……俺は今なんと言った。スマホをベッドに置き、違和感を考える。確かにこの女の名前を言った。無意識だった。

 自分の名前は分からないのに、なぜ婚約者の名前なら分かるのだろうか。それに意識はいまスマホにあった。つまり、彼女の質問に対する回答は言わば、生返事だったのだ。

 つまり、無意識で俺は彼女を名前を言ったこととなる。これは篠原の時に体験した「煙草を吸いたい」という衝動やロック画面のパスコードを指が覚えているといった事象と同じものではないのだろうか。

 人間の意識と無意識とは極めて、難しい問題だ。それにこのようなことを体験している人間は俺しかいないし、この事象に答案用紙はない。俺しか分からない問題に独りで答えを導かなければ、このシステムを理解できないのだ。


「なあ華菜、俺の名前なんだっけ?」


カップルがふざけている時のトーンで聞いてみる。


「まだ酔ってるの? 大丈夫、そんなんで飛行機に乗ったらヤバいんじゃないの?」


 この男は昨日、浴びるほど酒を飲んだらしい。そしてあの飛行機に乗った乗客だ。スマホで素性を調べるよりもパートナーに聞いた方が早いのかもしれない。誰も俺が人間の体を渡り歩き、繰り返しているなど想像できないはずだ。


「冗談だよ。あれチケット何処にやったっけ」


「ここでしょ。本当に大丈夫」


「ちょっと飲み過ぎちゃったかな。まぁ大丈夫だよ。夕方には治っている」


 チケットはベッドの脇にあったキャリーケースの上に置かれていた。


「ええと……時間は」


 五時半出発、香港行き……

 台湾行き375便ではない。俺が憑依する人間はあの飛行機に乗った人間だけだと勝手に思い込んでいた。どうやら違うらしい。由和を助ける前にまずこのシステムを完璧に理解しないとならない。

 この能力を使えば、由和を助けることが出来る。俺はそう信じていた。


「流石にまだ早いな。もう一眠りするか」


「そうよ、まだ六時じゃない」


 俺はベッドに潜り彼女に背を向けて、この男の情報をチェックすると同時に状況を整理していった。システムを理解するのは最優先だがそれ程多くの周回を裂くことは出来ない。

 故にここから先の一周一周は最も大事になっていく。一瞬たりとも気が抜けない時間を過ごすこととなるだろう。

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