第3話 今村尚志3

 台湾で起こっているデモは共産党傀儡の総統に対するものだ。このデモが激化すれば、危うくなるのは間違いなく中国共産党である。

 今はまだデモを抑圧してはいるが、この一連の事件に芦谷聡が介入すれば、デモを起こしている革新派は益々、大きくなるだろう。現状でも革新派は諸外国を味方につけている。

 そして台湾から現総統を追い出せば、さらにアメリカが世界を味方につけ、国連軍とは名ばかりの米軍で一気に押し潰しにかかる。つまり、芦谷聡と言う男は共産党にとっての最大の癌であり、アジアの火種であった。共産党からすれば、絶対に台湾島に上陸させてはならない老人である。


「それでも由和は関係ないだろ」


 俺は自分の腿に拳を突き立てた。この便には妻以外にも幾人のジャーナリストが搭乗していた。つまり、共産党はこの便を叩くことが一番の有効策である。ネットからテレビまで情報統制をする共産党にとって海外のジャーナリストほど厄介な存在はいない。それを芦谷聡とまとめて始末できる。こんな好機を逃すはずなかった。

 ハイジャック犯は犯行声明を出していない。そのため、自爆テロの可能性が高い。この一件で日本のテロに対する対応の甘さを再認識することとなる。


「恐らく、日本は人命を優先する……でもそれは犯行声明が出ていればの話」


 俺は大量の汗をかいていた。日本は以前ハイジャック犯に従ったことがある。「ダッカ日航機ハイジャック事件」というテロ事件だ。

 当時、福田赳夫内閣は犯人の声明に従い凶悪犯数名を釈放した。

 俺はその事件を思い出した。日本は一度テロに屈した国である。それは人命を優先させるという暖かな国民性以上にテロに対すると意識の甘さを物語っている。諸外国に比べ、やはりガードに隙がある。そこを突かれたのかもしれない。

 しかし今回ばかりはこの甘さに賭けるほかなかった。考えらえる目的は亡命。または純粋な大量虐殺である。

 アメリカは芦谷聡を共産主義に対する次なる一手の捨て駒に考えているのかもしれない。そのためにこの一連の事件に沖縄に駐留する米空軍が動くことはない。それはおろか日本政府とて、アメリカの意向に従い、手を出さない可能性もある。


「いま速報が入りました……」


 頭の中に沢山のことが嵐の様に吹き荒れ、ラジオの音声など全く聞こえなかったが、この時ばかりは俺の耳をつんざくように、焦ったニュースキャスターの声が鼓膜を震わせた。


「台湾行き375便は……炎上したまま、太平洋沖に墜落しました」


 心臓が止まったかと思った。いや世界が止まったのかもしれない。

 俺は咆哮を上げ、涙と共に妻と過ごした今までの思い出が零れ落ちっていった。

 決して感じたことない感覚が体中を走り回り、腹の中からよく分からない感情が押し寄せてくる。


「由和……」


 俯きながらラジオを止めた。

 ハンドルに顔をうずめ、辺りを静寂が包むと、遠くの方から夕方六時を示す、時報が聞こえて来た。

 ――ボーンッ

 俺の意識はその時報を聞くと同時に遠のいていった。

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