第3話 糸の秘密
貸本屋は数人の客が、まばらに訪れる程度。
店先で、トラ子、ガマ吉、円が、のんびりお茶をすすっていると、流行りの洋服を着こなした、中年女性がやってくる。
「あの…、あやかしのたぐいの相談に乗って頂けるのはこちらですか?」
円が途端に腰を上げ、茶の間へ案内する。
「はい! どうぞ、こちらへ、こちらへ」
円がトラ子とガマ吉にこっそり話す。
「トラ子ちゃん、ガマ吉くん借りていい?」
「分かっただよ!」
ガマ吉が円の肩にポンと乗り移る。
「ありがとう!」
女性が円が下げているガマ口の財布に目をやる。
「随分、可愛いお財布を下げていらっしゃるのね」
「ええ、そうです! これで、あやかしの声を聞きます!!!」
手を広げて、円がそれっぽい雰囲気を出す。
そんな円を少しあきれてガマ吉が見る。
「先生……。間違っちゃいないが……」
女性が慌てて訂正する。
「そうでしたのね、失礼しました」
女性が深刻な面持ちで、円に相談を始める。
「息子が寝込んでしまっていて、医者に見せたのですが、何ともないと言われておりまして。あやかしの類ではないかと……。主人に話しましたら、文明の時代に何を言ってるんだと、叱られて。あっ、すみません」
「いいんですよ。お気になさらず」
円がガマ吉に、ひっそり話かける。
「どう思う? ガマ吉くん?」
「うーん。その話だけじゃなんとも。他に何かないか……」
円が頷く。
「息子さんに、最近、変わったこととか? 些細なことでもよいので。環境の変化とか? 何でもよいので」
「何でもですか? そう言われると、すごく可愛い恋人が出来たと喜んでいまして。今度家に連れてくるように申しましたら、それはもう、こちらが心配になる程に浮き足立ってしまって。でも息子は、もう18才なので、知恵熱で寝込むという年でも」
「そうですね……。他にはありますか?」
「うわ言で糸がどうとか……」
「糸!」
円が声を上げる。
紅子やガマ吉の口から、「糸」という言葉が発せられていたことを円は記憶している。
また円がガマ吉に目配せする。
ガマ吉は円が察したことに対して頷く。
「可能性高いな。少し目星もつく」
「目星!? 本当に!? 初めてマトモに相談にのっている!」
円が、目を輝かせる。そんな円に、今まではどうしていたのか、ガマ吉は少し心配だ。
「先生……」
ーーー
円、トラ子、ガマ吉が茶の間で、あやかしの件で思案を巡らす。
「あれから似たような案件が、よく来るだよ…。可愛い恋人が出来て、喜んだ矢先に寝込む。糸のことについて言ってたり……」
円が珍しくソワソワしている。
「なんか、二人が来たら、ちゃんとソレっぽくてワクワクしちゃう! しかも、どの人もお金持ちそうだし! 前金も貰っちゃたし!」
ガマ吉が円を、渋い目で見る。
「先生……、やっぱり、静のお兄ちゃんだな」
「ガマ吉、思いあたるって、言ってただな?」
「うわ言で糸と言っているあたり確率は高いかもな。妖怪は糸を通じて、人の心を食べる」
円が、ガマ吉の発言に、当然驚く。
「糸を通じて!? 人の心を……!? 食べるッ!? 食べちゃうの!?」
「あ、ああ……。先生と……、それに、トラ子には、もういい加減話さなくちゃな……」
「ガマ吉は、オラを……食べてるだッ!?」
財布姿のガマ吉が、体を左右に揺らして否定する。
「いや、俺は基本的にトラ子から力を貰ってない。この前、紅子と戦う時と、トラ子自身が力を使った時は多少……」
ということは、実際食べているということだ。今の今まで知らなかったトラ子は驚く。
「たッ、食べてるだよッ!!!」
トラ子が驚いていることに焦り、ガマ吉が慌てて、弁明を始める。
「この前が、初めて、初めて!」
「食べただよー! 紅子が話してたことと、一致してくるだよ!」
「ちょっとだ! トラ子!」
「ちょっと食べただよーッ!!!」
トラ子はガマ吉に対しては、完全に子供になってしまうので、涙目で訴え、まるで駄々っ子のようだ。
トラ子とガマ吉が揉めだしたので、円が間にはいる。
「ええ! 二人の関係性大丈夫!? 責任感じちゃう! いや、トラ子ちゃん大丈夫じゃん! 寝込んでないじゃん!」
「そうなんだ! トラ子、ちょっとだから、お前は大丈夫なんだ!」
「そういう問題じゃないだよ! 食べただー!」
円が紅子が話していたことを思い出す。
「あ! 紅ちゃんが、言ってたじゃない? そのせいでガマ吉くんは、お財布の姿なんでしょ? トラ子ちゃんから、あんまり力をもらってないから?」
ガマ吉が渋りながらも、円の質問に答える。
「トラ子が気にすると思って言わなかったんだ……。トラ子は自分のことより、すぐ気を使っちまうから……」
ガマ吉の話を聞き、トラ子が途端に悲しい顔になる。
涙が目から溢れ出てきそうだ。
「ガマ吉……。せっかくイケメンなのに。もっとオラの力、食べていいだよ……。もっと、もっと。オラは大丈夫だ」
ガマ吉も自分を心配するトラ子を涙目で見上げる。
「そういうこと……言い出すから、言えなかったんだ……」
「ガマ吉…」
「トラ子…」
トラ子とガマ吉が見つめ合って、顔を赤くる。
そんな二人を見て、すごく心配しただけに、円は少し納得がいかない。
「え! なんなの!? 心配して損したような、この気分は何!? でも仲直りして良かった!」
ガマ吉が加えて説明する。
「で、まあ、妖怪でも食い方はそれぞれだ。妖術を使わせてやることを条件に食ったり、嘘ついて食い逃げしたり、人が死ぬまで食いつぶしたり」
「人が死ぬまで!? 紅子が、あれだけ警戒してたのが、分かるだよ」
円がガマ吉に質問する。
「何で食べるの? 美味しいの?」
「先生、さすが。何かスゴイだよ…」
自分も食べられる対象の人であるにも関わらず、こういう質問を恐怖心なく飄々とする円にトラ子は尊敬する。
「旨いと思って、暴食に走る奴もいるが、生存する以上に食いたがるのは、より力を強くするためだ」
「そうなんだ……。じゃあ、『寝込んでる』っていうことは……今回の妖怪は生存以上に食べたがるタイプ?」
「その可能性も、あるかもしれない」
「あと、狙われる要因とかもあるの?」
「相手が同意すれば別だが、基本的に心が弱ってる奴の方が食いやすい」
「心が弱ってると! じゃあ、私は大概大丈夫っぽいね」
『うふっ』と笑う円かに、トラ子とガマ吉は、いたく納得し、同時に頷く。
ガマ吉が円に提案する。
「円先生のもとに来た案件だけでも結構な数だ。若い男がよく集まる場所にいけば、そいつは出てくるかもしれない」
「本当!? 行ってみよう! 穏健派の妖怪だったら、解決なわけでしょ!? 成功報酬ッ!!!」
「円先生……すごい順応性と、前向きさだよ」
「だって、目の前に穏健派がいるんだもの! ガマ吉くんは、いい人だもの!」
「あ、ありがとう?」
そうとは限らないが、ガマ吉は笑う。
そしてガマ吉が、少し悲しそうにいう。
「先生みたいな奴ばっかりだったら、よかったんだけどな……」
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