第2話 邏卒、吉川紅子!
トラ子がもたもたしている家に仲介人がやってきてしまう。
台所仕事をしているトラ子を養母が優しく呼ぶ。
「トラ子や」
ガマ吉が小声で怒る。
「トラ子、来ちまったぞ!」
「おじさんと、おばさんのせいにならない程度まで、粘ろうかと……」
「何処まで、お人好しなんだよ!」
養母は仲介人の前にトラ子を差し出す。
仲介人は5人程。いかにも堅気ではない佇まいだ。
仲介の一人がトラ子を見るなり言い放つ。
「なんだ? この色気も素っ気もねー、ガキは!」
確かガマ吉の話によると、カワイイからって話だったはず、トラ子は仲介人の言葉に戸惑う。
「……ガマ吉、違ったみたいだ」
ガマ吉は少し居心地が悪そうだ。
「欲目だったかな」
養母も焦りが隠せないようで、トラ子を何とか売り込もうとする。
「でも、この子笑顔が可愛くて、ほら、トラ子」
養母がトラ子の背中をつつくので、トラ子がニタッと笑ってみせる。
仲介人がそんなトラ子を見て、ゾッとする。
「目が笑ってない……。怖いわ。こんなんじゃ売りもんになんねーよ」
さすがのトラ子も大人達のやり取りに、嫌気がさしてくる。
「なに、このダークすぎる会話。需要があってもそれは、それで生々しいけど……」
ガマ吉はトラ子がやっと現実が見えたようで安心するが、遅すぎることに、少しあきれた様子だ。
「トラ子、お前の得意なこと言ってみろ」
トラ子が即答する。
「おべっか」
「得意じゃねーだろ」
トラ子が左足をしっかり地面に踏み込む。
「逃げ足」
そう呟いた途端、踵を返して、トラ子が走る。裏の勝手口から、勢いよくトラ子が逃げ出す。
仲介人もトラ子を追うが、トラ子のように機敏には走れない。勝手口の前で躓いていく。
そんな様子をみてガマ吉が笑う。
「お前、やっぱり、おべっかより逃げ足のほうが、よほど得意だからな! 覚えておけ!」
「いや、おべっかだって、なかなかものだよ」
「譲らねーなー」
「これから、どうするだ?」
「とりあえず町に行こう。町にいきゃ、なんか仕事あんだろう」
走っていくトラ子の目の前を仲介人がふさぐ。
「もう、金はもらってんでな。丁稚にでも行ってもらうよ」
トラ子が背後を見るとそれは、行き止まり。
「オラの逃げ足をなめないでほしいだよ!」
トラ子が正面突破しようと、走っていくが、仲介人が数匹の犬を放つ。
「廃刀令が出ちまってるからな、ワンちゃん飼ってるのよ」
犬が牙をむき出してトラ子を威嚇する。
「うわー。ワンちゃんって感じじゃないだよ」
仲介人は怯えているトラ子に満足する。
「働き者なのは確かみてえだから、いいところに売ってやる。安心しろ」
「まったく、安心できるセリフ回しじゃないだよ」
ガマ吉が声を上げる。
「トラ子! 力かしてやる!」
「え? 力??」
「あの犬をのっとる」
「何言ってるだ?」
「俺とお前なら出来るんだ」
「何言ってるか分からんだよ」
ガマ吉があまり言いたくないのか、渋い表情を浮かべる。
「俺は生き物の心を奪って、乗っ取ることができる……。妖怪だから……」
「へ?」
当たり前だが、トラ子は、ガマ吉の言っていることが隅から、隅まで分からない。
ガマ吉が大声を出す。
「いいから! 念じろ! このままじゃ捕まる!」
ガマ吉の大声を聞いたことがないトラ子。
意味が分からないが、ガマ吉の言っていたことで、間違ったことなど一度だってない。
トラ子は念じる。
意味が分からないが、とりあえず大声で、がむしゃらに、連呼する。
「ワンちゃん、ワンちゃん、ワンちゃん!」
すると犬達が子犬のように、仲介人達に甘え始める。
仲介人達の脚にまとわりつく犬達。どこか、微笑ましい。
「カワイイだよー。羨ましいだよー」
「お前バカか!」
「え?」
「普通、襲わせるだろう」
「ああ! そうか!」
トラ子が自分の手をポンと叩く。トラ子は、土壇場になり、あまりの窮地に立つと、何故か落ち着くところがある。
そんなトラ子の姿にガマ吉が安心する。そしてトラ子を鼓舞する。
「とにかく逃げるぞ! とりあえず、今のうちに正面から強行突破だ」
流石の逃げ足自慢のトラ子。
仲介人達の上を跳ぶようにして、駆け出し正面突破する。
仲介人が目を輝かせる。
「たまげたな……。今の喋る財布と、このワンちゃんのありさまは関係があるのか……。それにあの娘の身体能力。両方とも見世物小屋で売れる!!!」
走っていくトラ子に仲介人達の言葉が耳に入る。
「身売りからの、丁稚からの、見世物小屋!!! 良くなってるだか!? 悪くなってるだか!?」
「とりあえず全部ナシだな!」
するとトラ子の前方に邏卒達数名が現れる。
人身売買は禁じられている。そこへ現れた治安組織である邏卒。
黒い詰め襟の制服を身奇麗に整え、威厳のある佇まいだ。
先頭には、女性である
国家の行政機関である「邏卒」。
そして、その目の前の部隊を取り仕切るのは、若くて奇麗な女性。
そんな紅子がトラ子に手を差し伸べる
「娘! こっちへこい」
トラ子は目を輝かせる。
……が、やはり紅子の、ギラつく目があまりに鋭く怖い。
紅子の方へ向かおうとした、トラ子が足を止める。
すると、紅子の部下の
「隊長! 顔が怖いっす! 子供が怯えてます」
「顔など、どうにかできるもんでもない」
「ほら、笑って! 優しいお姉さんですよーって! 違うけど。 せっかくカワイイんですから!」
紅子が静を冷たい目で睨みつける。
「上官になんて口を聞く」
紅子が静の頭を、思い切り叩く。
「なんで!? 褒めたのに!」
その様子を見て、更にトラ子が怯える。
「……これ頼っていいやつ?」
ガマ吉も不安になる。
「………身売りと、見世物小屋よりはマシだろう。邏卒だし」
トラ子は紅子の方へ足を進める
すると紅子がまた険しい口調で、言い放つ。
「娘! そのガマ口をよこせ!」
トラ子が、その言葉に警戒する。
「……。ガマ吉をとうするだ?」
この世のものとは思えない、般若のような険しい顔で紅子は言う。
「消す」
青ざめたトラ子とガマ吉が声を合わせる。
「ダメだーーーッ!!!」
踵を返してトラ子が走る。
静が紅子にあきれてしまう。
「隊長! あの財布と、女の子の関係性、見りゃ分かるじゃないっすか。バカなんすか」
紅子が静の胸ぐらを掴み、睨みつける。
静が怯える。
「すみません……」
紅子はバカという静の上官に対する態度に腹を立てたわけではないらしい。そんな静の振る舞いはいつものことだ。
静はいつもとは違った紅子の怒りの表情に恐怖する。
「……。妖怪と仲良しごっこなど……胸糞悪い……消す」
紅子がトラ子を追いかける。さすがに訓練されている邏卒は違う。
トラ子は邏卒に囲まれてしまう。
「ガマ吉に何かあるくらいなら、丁稚でも、何でもいいだよ」
紅子が静かにトラ子に尋ねる。
「お前、その妖怪と糸まで繫いでるのか?」
「……。糸……。糸ならあるだ……」
「悪いことは言わない。その財布、よこせ、お前のためだ」
トラ子が激しく頭を横に振る。
「絶対、絶対、嫌だ」
「糸まで繋げば危険領域だ。お前は、精神を食い潰される」
トラ子が後退るが、紅子がにじりよって来る。
そこへ仲介人達が、ニヤニヤ笑いながら、やってくる。
「横取りはダメだよ、お姉さん」
トラ子は紅子から逃れる機会が訪れたように思う。だが、それは仲介人。犬達も、また仲介人達の言うことをきき、牙をむいている。
「タイミングいいんだか、悪いんだか!」
紅子が仲介人達を見て蔑む。
「邏卒だ。お前達もあとで連行する。人身売買など見逃せるか」
「いやだなー。俺たちは寂しい子供達を新しい居場所に連れて行ってるだけですよー」
「この娘とガマ口はこちらで保護する」
「だから、横取りはダメですって」
仲介人が紅子に殴りかかる。
紅子はそのまま殴られる。
紅子の口から一筋の血が流れる。
そしてニタッと笑う。
「急迫不正な侵害に対して、やむを得ずにした行為は、違法性が阻却される。だから、補充の原則も、法益均衡の原則も考えなくていい」
その、あまりに不気味な笑顔に、仲介人達が、少し後退る。
「何、ブツブツいってやがる」
紅子が今度は、朗らかに笑う。
その笑顔は、愛くるしく、美しい。
しかし、紅子にまったく似合わない。違和感しかない。
「つまり、やりすぎていいってことだ」
紅子が仲介人達を一人で、殴り倒していく。
静が怯えながら呟く。
「気の毒な人達」
紅子が仲介人の一人をいつまでも踏みつけ続けているので、静がいい加減止めに入る。
「隊長! もうダメですって! ブツブツ、カッコよく言ってましたけど、積極的な加害の意思が加わってたら、普通にダメですから! 後で何か言われたら、どうするんすか!」
「後で言うことなどない。自分達がお縄になるようなことはないだろう。妖怪よりも、おぞましい奴らだ」
「いやー、もうね、ダメなんですって。子供も見てますし。もう、完全に怯えきってますから!」
紅子の様子に、トラ子が口をあんぐりあけている。
「ろくでもない人間に散々出会ってきたけど、ここまてヤバい人は初めて見ただよ」
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