20 過去、隠す


私は一人、取り残された。

花火は何発も打ち上がり、色とりどりに咲かせていく。


空気を何度も震わせながら、空へ向かっていく。

同じ花火を彼も見ているのだろうか。

隣にいた青年は今頃、年老いた自分の隣に立っているのだろうか。


これでいいと思っているのに、ぎゅっと胸が締め付けられる。

一日だけと最初から決めていたのに、なぜだろうか。

いくつも大輪の花を咲かせるのをただ眺めていた。


一番大きな花火が上がった後、私は振り返った。


「出てきてください、いるんでしょう?」


「なんだ、分かってたんだ」


路地裏からぞろぞろと人が集まってきた。

端から見れば、何の集団かよく分からないだろう。

共通点がどこにもなく、様々な人種が集まっている。


町の人たちは両親の仕事仲間だと思っているらしい。

あれだけ豪勢な建物に住んでいるのだから、それだけ人との付き合いも多いと思われているらしい。それと同時に、子どもを他人に預けているのをよく思っていないのも確かなようだけれど。


どう思われていようが、私は別に構わない。

不老不死であろうとなかろうと、家族と同じくらい、大切な人たちだ。

家族以上にかけがえのない人たちだ。


彼らのことを不思議に思ってはいたけれど、結局黙って帰ってしまった。

そういえば、その理由をすっかり聞き忘れてしまった。

何も知ろうとしなかった理由をまたいつか会えた時に、聞くことはできるだろうか。


「どの辺から気づいてた?」


「ずーっと人ごみに紛れていたんですね。

私もここに来るまで気づきませんでしたし……」


「そう簡単に気づかれてたまるかって話だけどね」


「今日は本当にありがとうございました。

みなさんのおかげで、すごく楽しい1日を過ごせました」


私は頭を下げた。

ここまでのことができたのも彼らの協力があってこそだ。

自分一人だけでは何もできなかった。


「けど、本当によかったの?

もっとわがまま言ってほしい、みたいなこと言ってたけど」


「これでよかったんです。

あまり困らせてもしょうがないですし」


言葉と裏腹に涙が止まらない。

ぼろぼろとこぼれ落ちていく。


「寂しいって、素直に言えばよかったんじゃない?」


エマは優しく頭を撫でる。

今日は本当に、いろいろなことがあった。

絶対に忘れられない日になるはずだ。




エマのクローゼットの引き出しを開け、切手帳の上に底板によく似た板を載せる。

倉庫を掃除していた時、どこか気に食わなさそうに表情をゆがめていた。

自分の大切なものが処分されているのが気に入らなかったのだろう。

それが何だかおもしろくて、せめて何か残したくなった。


家に帰った後、エリーゼは糸が切れたように眠ってしまった。

今日という日を迎えるだけで、気を張っていたに違いない。

彼を召喚することで、平和な世界へ確実に繋げたのだから。


とはいえ、このことは知らせないつもりだ。

置き土産があることは、黙っていたほうがいい。


「あの二人、今頃かなり驚いてるんじゃないかな」


「呆れて言葉も出ないと思うに一票」


リヴィオはおかしそうに笑い、エマは肩をすくめた。

行き当たりばったりとはいえ、本当によく思いついたものだ。


「それで、どのくらい隠すつもりなんだ? さすがに限度があると思うが」


切手帳の持ち主が一番最初に言いだしたんだから、面白い話だ。

誰にも手渡さないと思っていたのに、急にどうしたのだろうか。


「少なくとも一人一個ずつ、何かしらは提出してもらいたいところだけど……そこらへんはレイの采配次第かな」


「少なくとも、5個以上はあるわけか。

最後まで振り回しちゃって、何か申し訳ないわね」


この旅をそう簡単に終わらせるつもりはないらしい。

エリーゼが眠っている間にプレゼントをこっそりと用意している。

未来で絶句している姿が脳裏をよぎる。


結局、一日だけでは物足りなかったというだけの話だ。

まともに話もできなかったし、つまらないのだろう。

一週間くらい、ここにいれば十分だったのだろうか。


「本当にさあ、お前ら何がしたいわけ? 

あの野郎がそんなに気に食わなかったか?

飽きもせずに殺意の視線を飛ばしてたもんな?」


最後まで残ることになったカインがぶつぶつと文句を言う。


「全然そんなことないよ。もうちょっとここにいればよかったのにって、思ってたところだし。大体、気に入らなかったらこんな面倒なことやってないって」


「アイツで遊び足りないってだけの話じゃねえか。

エリーゼ以上に寂しがってんじゃねえの?」


「君はこれから先、ここにいるから文句しか出てこないんだろうけど。

立ち去る側の私たちからしてみれば、もうちょっと関わってみたかったんだよ」


「あの手の人種は貴重だからな。

名もなきバケモノを受け入れられる人間もなかなかいない」


「そういうこと」


ルーイはうなずいた。そこまで誰かを褒めることもなかなかない。

面倒な奴らに目をつけられましたね、これは。


突然の時間旅行に文句も言わなかったのだ。

心が広いなんてもんじゃない。


「カイン、後は頼んだ」


「はあ? 誰がそんな面倒なことを頼まれてやるかよ。

そっちでどうにかしろ」


「いや、私いないし」


「仕掛けに気づかなかったら、俺が説明する羽目になるんだからな?

これがどんだけダサいことか、分かってんのか?」


「さすがに気づかないってことはないと思うよ」


「キリサキが来ても気づかれなかった場合、お前がどうにかしてくれ」


「それくらい自分らでどうにかしてくれよ……」


どうしてこういう時ばかり、この二人の息は合うのだろうか。

出迎えた時も殺意の視線を送っていたし、本当に何なのだろう。


「そんなに心配なら、一緒に探せばいいんじゃない?

また会うつもりなんでしょ?」


「いつになるか分からないけどね。

そんな予感がするってだけの話だし」


「お前の予感は外れたことがないからな。

いつの日か、叶うんだろうな」


「全部気づいた後かもしれないけどね」


それこそ、置き土産の意味がなくなってしまう。

未来に戻った後に隠した物を探してもらう方法を考えなくてはならない。

こうなると、まだまだ続きそうだ。


ナナミごめん。もうちょっとだけ付き合って。

心の中で謝罪したのだった。

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