第十二話 和解……と言っていいのかな?
「あ、ああ……」
視界に鮮明さが戻ってくる。何度も目を擦って、ジェラの姿を探した。
そして、見た。
「忘れてしまっていた。トゥルーエンドを世界に広めるという、ネモと交わした約束を。約束を果たすためには、復讐なんかしている暇はないな。それに」
「ひ……は、ひ」
「……こんなクズ、この魔王ジェラルドが相手をしてやる価値もない」
目の前に落ちて、地面を鋭く抉った雷撃。圧倒的な実力差に、戦意喪失してしまったヴァルナルを睨んだのを最後に、ジェラはもうヴァルナルを見なかった。
「人族の王よ、この男の処遇は貴殿に任せる。勇者たち三人を手にかけたのだ、相応の罰は与えられるのだろう?」
「も、もちろんだ。ヴァルナルの罪は重い。これまでの功績を加味したとしても、許されるものではない」
「そうか……それでいい」
お父様の答えに、ふっと表情を和らげるジェラ。ヴァルナルの身柄は騎士団に拘束され、もう姿を見ることはないだろう。
それを見届けたジェラが踵を返し、私の方に歩いてきた。角も元の猫耳……ではなく、髪に戻っている。
「まったく、お前は本当に無茶をする。でも、これでよかったと思うぞ」
「ジェラ……うぷっ!?」
「それにしてもネモ、今のお前はとんでもない有様だぞ。仕方がないから、貸してやる」
おもむろにジェラが自分のマントを外して、頭から覆うようにして被せてきた。
私、そんなにとんでもない格好をしているのかしら。ありがたく借りておくことにしよう。
「はあ、それにしても……疲れた、な」
「ジェラ!?」
「陛下、大丈夫ですか!」
王笏を支えにしながら、ジェラがずるずると座り込む。よく見れば額には汗が滲んでおり、顔色もかなり悪い。異変に気がついたハトリさん達も慌てて駆け寄る。
魔力を使い過ぎたせいで、怪我が悪化したのか。
「ふん。無様だな、魔王」
「い、イグニスくん」
抜き身の聖剣を携えながら、歩み寄ってきたイグニスくん。リュシオンとシェレグが二人の間に割り込んで、それぞれの武器を構えた。
「おっと、そうはさせねぇぞ勇者。人族を傷つけるな、と陛下に命令されてはいるが、あんたは別だ」
「ハトリ殿、キナコ。我々が時間を稼ぎますので、陛下を頼みます」
「待て、僕はお前たちと戦うつもりはない。というより、戦う必要なんかない。そいつは魔力を消耗しすぎている。僕が手を下さなくても、このまま放っておけば、魔王はもうすぐ死ぬだろう」
イグニスくんの目がジェラを捉えるのを見て、私は咄嗟にジェラを抱き締めた。すると、大人しく腕の中に収まる身体の冷たさにぎょっとする。
一体彼がどれだけの激痛に耐えているのか。かたく目を瞑り、浅い呼吸をくり返すジェラへ不安はどんどん募っていく。
「……そうですか。ネモフィラ姫、あなたの本当のお気持ちはそこにあるのですね」
「イグニスくん?」
「正直、僕は魔王のことが嫌いです。でも、それ以上にヴァルナルと同じことをしてしまった自分が許せません。だからこれは魔王を助けるのではなく、僕が犯した誤ちへの償いです」
自虐的に笑いながら、イグニスくんが聖剣を突き出す。
「聖剣よ、傷ついた者に癒やしの光を」
イグニスくんの言葉へ応えるように、聖剣が優しい光を帯びる。そしてその光がジェラの身に降り注ぐ。
聖剣で傷つけられた傷でも、聖剣ならば癒せるんだ! 暖かな光にジェラが眩しそうにしながらも、目を開いた。
それだけで、心の黒いモヤが晴れる。
「ジェラ、よかっ――」
「ぎゃああああ! なんだこの光は、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!」
私の腕からすり抜けるなり、ジェラが悲鳴を上げながら地面をゴロゴロと転がる。全く予想していなかった反応に、その場に居た全員が唖然と見守る。
そうしている内に、ジェラがピタッと止まり、そのまましん……と動かなくなってしまった。本当にぴくりともしないので、キナコちゃんとハトリさんが恐る恐る突っつく。
「あのー……今のは癒やしじゃなくて、トドメになっちゃったんじゃないですか?」
「あ、でも脈はありますよ。傷も塞がっているようですし、気絶しているだけですね」
よかった、生きてはいるらしい。
「こ、こいつ……他人の好意を……!」
「あわわ……ご、ごめんねイグニスくん。いや、なんで私が謝ってるのかも腑に落ちないんだけど」
「あっははは! 魔王と勇者の魔力の性質は異なるからな。違和感を覚えるのも無理はない」
堪えきれず、吹き出すように笑ったのは王竜だった。これまでずっと静かに成り行きを見守っていたくせに、ジェラとイグニスくんのコントのようなやりとりには我慢出来なかったらしい。
ふうっ、と苛立ち混じりの息を吐いて、イグニスくんが私を見る。
「困りました。魔王になぜ姫をさらったのかを問い質したかったのですが、くたばってしまっては何も吐かせられませんね」
「うん、くたばってないけどね。イグニスくん、今のでジェラのことが嫌いから大嫌いになったでしょ」
「ならば、それも王竜に再生してもらうことは出来ぬのか?」
「わたくしも気になっておりましたの。魔王はなんと言いますか、思っていたような残忍な方とは違うようですし」
えっほえっほと駆け寄ってきたのは、お父様とお母様だった。ヴァルナルの身柄を送り届けた後、わざわざ戻ってきたようだ。
ていうかこの両親、王竜が意外と物腰穏やかだからって無茶ぶりしてない?
「ふむ、よいぞ」
「よいの!?」
「魔石が揃っており、勇者と魔王が望むならば我は応じなければならん。魔王は寝ておるが……人族の王が望んでおるようなので、よしとする」
「あ、案外いい加減ね」
「おーい、ジェラルドー。起きた方がいいよ、このままだとパパが『秘密』をバラしちゃうよー」
「うえっ……はっ、なんだと!? 駄目だ、それだけは絶対に駄目だ!」
ペチペチとライカの尻尾で叩かれ、ジェラが跳ね起きる。さっきよりも顔色はよくなっているので、怪我はもう大丈夫なようだ。
「こら王竜、勝手なことはやめろ! 横暴だぞ!」
「ならば、魔族の皆にも問おう。魔王がなぜ姫をさらったのか、知りたい者は手を挙げよ」
「面白そうだから知りたいに一票!」
「確かに、気にはなっていた」
「アタシも、モヤモヤしたままなのは性に合わないわ」
「そうですね、この際全部はっきりさせましょう。陛下は押さえつけておきますので、今の内にどうぞ」
「全員賛成のようだ。魔王よ、よい臣下を持ったな」
「あー!! お前ら、恨むからな!」
ジタバタと暴れるジェラを、ハトリさんが羽交い締めにする。私が前に聞いた時もはぐらかされたが、こんなに嫌がるのは一体なぜなのか。
その答えは、すぐに明らかとなった。
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