第十一話 復讐
※
「これこそが十年前の真実である。この後、勇者ゲルハルトは仲間たちと共にストラーダ城まで転移し、幼いイグニスに最後の言葉をかけて息を引き取ったのだ。ふふっ、人の思い込みというのは面白いな。罵り合っていた二人を、まるで力を合わせて帰ってきたという美談にすり替えてしまうのだから。魔石はこの時にヴァルナルの懐から落ちたものを、姫が拾ったというわけだ」
王竜が私たちを見下ろして笑っている。そこはもう過去ではなく、私たちが生きる今だった。頬を濡らす涙を拭いながら、周りを見回す。皆も同じものを見ていたようだ。
呆然と立ち尽くす者、その場に座り込み泣き崩れる者。そこに魔族の違いなんてない。皆、同じくらいショックを受けたし、同じように怒りを覚えたのだ。
たった一人だけ、真っ青な顔をする男に。
「ち……違う……こんなものは、デタラメだ!! このわしが、ゲルハルトを裏切るわけがないだろう⁉」
「ほう、この王竜が見せた過去を幻覚だとでも言うつもりか?」
今になって、自分の無実を喚くヴァルナル。真実の魔石がどういうものかを知っていたくせに、まさかここまで鮮明な過去の真実を見せつけられるとは思っていなかったのだろう。
それも、この場に居る全員に。
「ヴァルナル……! そなた、なんということをしてくれたのだ。ゲルハルトたちにあのような仕打ちをしていながら、この十年間、涼しい顔で余の近くに居たとは……」
「ああ、なんて恐ろしい。あなたを信じていたわたくしは、なんて愚かだったのでしょう」
「父さん……そんな、僕は……」
お父様、お母様、イグニスくん。それに、結婚式に来ていた貴族たちと、騎士団の皆。誰もがヴァルナルを嫌悪し、彼を信じていた自分自身に後悔していた。
「……あー。なんとなく察してはいたが、改めて見るとキツイなこれは」
「そうだな。今すぐあの男を嬲り殺してやりたいくらいだ」
「ミシェル様……陛下のご家族に、よくもあんなことを!」
「思い出しましたよ、あの時の屈辱を。そうですか、ようやく仕返しの時が来たんですね」
リュシオン、シェレグ、キナコちゃん、ハトリさん。皆、今にもヴァルナルに襲い掛かりそうな程に敵意を向けている。
ヴァルナルの周りに、もう味方は居ない。罪は暴かれたのだ!
「わ、わしは何も悪くない。わしはただ、どうすれば確実にエドガルドに勝てるかを考えただけだ。それの何が悪い⁉」
「そうとも、勇者と魔王の戦いは死闘だ。己の命だけでなく、大切な者の思いも賭ける戦いだ。だからこそ……俺は、貴様を許さない!」
鼓膜を殴り付けるかのような雷轟。視界を焼くほどの強烈な光が王笏から放たれ、ヴァルナルの右足を貫いた。
「ギャアア!!」
「俺の家族のみならず、人族のために戦ったゲルハルトたちを侮辱した貴様を、俺は許さない」
バチン、とジェラの角が輝き、溢れる光が鋭く弾ける。過去の光景と同じ。しかし今のジェラは怒りの大きさも、魔力の量も段違いだ。
初めて見た彼の剥き出しの憎悪に、凍えるような恐怖を覚える。皆も同じなのか、ジェラを止めようとする者は誰も居ない
「く、来るな……この、死に損ないめ!!」
地面に倒れ込みながらも、ヴァルナルは必死に杖を振り上げた。でも、実力差は圧倒的だ。
ヴァルナルが魔力を操るよりも速く、ジェラの雷が杖を粉砕する。もはやヴァルナルに抗う
「ひ、ひいい!? おい、誰か助けろ! イグニス、お前は勇者の責任を放棄するつもりか!?」
「ヴァルナル殿、僕は今まであなたのことを尊敬していました。でも、見損ないました。勇者を見捨てた挙げ句、今更勇者に縋るなんて!」
失望感で立ち尽くしたまま、イグニスくんが憤りを露わにする。ここに居る誰もが、ヴァルナルのことを見捨てていた。
そして同時に、ジェラの復讐は止められないと誰もが思ってしまっていた。
「ここに来るまでは、お前の罪を暴ければそれでいいと思っていた。だが……王竜の言うとおりだった。あの日の光景をもう一度見た瞬間、蓋が外れた。押し隠していた憎しみが、止めどなく溢れてくるんだ」
「や、やめろ……やめて、くれ」
ジェラが憎しみを向ける対象は、ヴァルナルただ一人だけ。ヴァルナルはそれだけのことをしてしまったのだから、報いを受けるのは当然だ。
……でも、
「え、お姫ちゃん!?」
「ネモフィラ姫、危ないですよ!」
私だけは、気がついたら駆け出していた。躓いて靴は脱げるし、ドレスは汚れてしまうだろうけど、構わない。
「ジェラ、やめて!」
弾ける魔力の中を走って、私はジェラの腕にしがみついた。
でも、ジェラは私の方を見てくれない。
「……離れろ、ネモ」
低くて、冷たい声。まるで別人のようなジェラに怯むも、しがみつく腕を離したりしない。
「……ネモ、離れてくれ。これは俺の問題だ」
「やだ、離れない」
「頼む。ようやく復讐を果たす時が来たんだ」
ジェラの表情はよく見えないけど、きっと酷い顔をしている。彼の復讐を止める権利なんて私にはない。
でも、嫌なのだ。復讐なんて、人殺しなんて、ジェラにはしてほしくない。それなのに、物書きのくせに、説得するための言葉が思いつかなくて。
「そ、そんなに復讐したいなら、次の物語は復讐モノにしましょう!」
咄嗟に飛び出してきたのが、これだった。我ながら呆れたが、ジェラの目を私に向けることには成功した。
「は……? お前、何を言って――」
「そういえば、復讐モノってまだ書いたことなかったわよね? 色んな人に裏切られて、大事なものを全部失った主人公がドン底からのし上がって、裏切り者に復讐するお話とかどうかしら!」
「いや、どうって」
「ジェラは男主人公と女主人公だったら、どっちがいい? 名前は? 年齢は? 職業は? 今回はキャラクターを一緒に考えましょう、きっと名作が生まれるわ!」
「待て待て、落ち着け。その話、今じゃなくてもいいだろう」
「今じゃなきゃ駄目よ!」
気がついたら叫んでいたし、両目から涙がぼろぼろ溢れ出していた。両手はジェラにしがみついているので、みっともないが流しっぱなしだ。
「う、ふえ……」
「な、なんで泣く!? 今のどこに泣く要素があった!」
「だって……復讐なんかしたら、今までのジェラじゃなくなるもの」
嗚咽が混じるが、無理矢理喋り続ける。喉がひくひくとして、胸がジンジンと痛い。
「あんたは、なにかと引きずるタイプだから……復讐で人殺しなんかしたら、もう二度と私の物語を面白いって言ってくれなくなるじゃない」
「なぜそうなる!? それとこれとは、まったく別の問題だろ」
「別じゃないもん! それに、ジェラがこのまま復讐なんかしちゃったら、また争いが生まれるもの……それは、トゥルーエンドじゃないわ」
頭も心も、そして顔面もぐっちゃぐちゃだ。この期に及んでトゥルーエンドに執着するなんて、空気が読めないにも程がある。
現実と物語は違う。それはわかっている。物語のように上手くいくわけがない。でも、どうしても諦められない。
人族と魔族が共存する、平和な世界。それを実現するには、争いを止めなければならない。ジェラならそれが出来る。
だから、
「……悪いな、ネモ」
「え……」
振り払われる両手。追い縋る暇も与えられず、ジェラがヴァルナルに向かって王笏を振り上げた。
金の瞳は、もう私のことを見ていない。
「ジェラ――」
名前を呼ぶも、拒絶されるかのような雷轟に掻き消される。世界の全てを焼き払うのではと思わせる光に、私は思わず尻餅をついた。
焦げ臭い空気に、飛び交う悲鳴。絶望で指先が冷たくなっていくのがわかる。
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