第九話 裏切り者

 家族のために、自分の命を投げ出したエドガルドとアルフィオ。自身とあまりにも違う生き様に、ゲルハルトは完全にパニックになっていた。


「おかあさま!」

「ミシェル!!」


 隙を突いて、ミシェルが緩んだ拘束から逃れ、リーセの元に走る。平時のゲルハルトならば、きっとそこで考えを改めただろうに。


「う……うわあああ!!」

「ゲルハルト!?」


 聖剣が煌めき、鮮血が飛ぶ。


「あ……おかあ、さま」

「ごめんなさい、ミシェル……でも、大丈夫よ……母が、一緒に居ますからね……」


 ミシェルの亡骸を抱きしめたまま、リーセもまた息絶えた。エドガルドとアルフィオの犠牲を踏みにじり、無抵抗の女性と幼い少女を斬った。

 ゲルハルトはもう、限界だった。


「ああ、僕は……僕は、どうして」


 剣の柄を握り締めたまま、その場にへたり込むゲルハルト。血まみれになった彼に、ユーリヤとアキムが駆け寄る。


「ゲルハルト様、大丈夫ですか」

「ユーリヤ……僕は、とんでもないことを……」

「ここに長居すべきじゃない。早く撤退するぞ、立てるか?」


 ユーリヤとアキムの手を借りて、ゲルハルトがなんとか立ち上がる。でも、足に全く力が入っていない。支えがなければ、すぐに倒れ込んでしまいそうだ。

 そんなゲルハルトに、ヴァルナルだけは薄い笑みを浮かべている。


「よくやった、ゲルハルト。これで魔王はもちろん、正当な後継者もすべて駆除出来た。当分の間、次の魔王が出現することはないだろう。さあ、早く陛下に報告しに行かねばな」


 機嫌よく話しながら、ヴァルナルが杖を振って足元に転移の魔法陣を展開する。

 でも、ゲルハルトはその場を動こうとしなかった。


「どうした、ゲルハルト」

「ゲルハルト様?」

「……僕は、英雄なんかじゃない。ただの、殺戮者だ」


 ぼそぼそと、今にも消え入りそうな声でゲルハルトが言った。光を失った目で、足元に転がる亡骸を見つめる。


「間違いだった。やはり、こんなやり方は間違っていた。これは勝ちなんかじゃない」

「何を言っている。魔王は死んで、貴様は生きて息子の元に帰ることが出来るのだぞ」

「でも、これではイグニスは殺戮者の息子になってしまう……僕は、裁かれるべきだ」


 自分に言い聞かせるようにして、ようやくゲルハルトの目に僅かな光が戻る。自分で立ち上がると、彼はヴァルナルの魔法陣ではなく、自分の魔法道具で別の転移魔法を構築した。


「ゲルハルト、どこへ行くつもりだ」

「クィンライム大神殿に。王竜に全てを話し、しかるべき罰を受ける。魔王と家族に手を下したのは僕だ。皆は陛下への報告を頼む」

「待て。罰を受けるって……イグニスはどうするつもりだ」


 アキムがゲルハルトの肩を掴む。仲間の中では一番体格がよく、口数も少ない彼の言葉は一つ一つが重い。


「……イグニスには罰を受けた後で、生きていたら会いに行くよ。あの子には真っ直ぐに生きて欲しいから」

「それなら、わたくしもご一緒します」

「ユーリヤ?」

「手を下したかどうかは関係ありません。わたくしは、あなたを止めませんでした。それこそが、わたくしの罪」

「……それなら、俺も行く。俺も、このやり方は正しくないとわかっていたのに、止めなかったから」

「アキム……!」


 ゲルハルトの両隣に立つ、ユーリヤとアキム。彼らは間違いを犯した。でも、それが間違いであると認めることが出来た。

 凍り付いたゲルハルトの表情が、ほんの少しだけ和らぐ。


「……愚かだな、貴様らは」


 でも、ヴァルナルだけは違った。


「きゃああ!!」

「ぐあぁ!?」

「な、ぐっ!」


 転移しかけた三人を襲う黒炎。背後から放たれた禍々しい炎が三人に食らいつき、その身を焼いた。

 凄まじい熱は、明らかに殺意で満ちている。やがてユーリヤとアキムが床に倒れた。


「何が罪だ、何が罰だ。魔王を倒すことが使命ならば、やり方なんてどうでもよかろう。結果として魔王に勝った。それの何が悪い」

「ぐ……」

「ほう? さすがは勇者殿、しぶといではないか。ユーリヤとアキムは死んだのに」


 二人よりも比較的軽傷で済んだからか、ゲルハルトだけは生きていた。だが、酷い火傷を負ってしまっている。これではヴァルナルを止めるどころか、立つことすらままならないでいる。

 だと言うのに、ヴァルナルはゲルハルトには目もくれずに、なぜだかエドガルドの元まで歩いた。

 その目的は、魔王の王笏だった。


「貴様たちの言うことにも一理あるか。だが、悪事というものはバレなければよいのだ」

「が、は……ヴァルナル、一体何を」

「ククッ、証拠隠滅だ」


 不気味に笑いながら、ヴァルナルが魔王の王笏に向かって爆発の魔法を放つ。爆発の衝撃で王笏から外れた魔石を拾い上げ、懐にしまい込む。


「これでもう、誰も今夜の真実を知ることは出来なくなった。あとは貴様が死ねば、全てが闇の中だ。案ずるな、貴様らは魔王と刺し違えて勇敢に死んだと陛下には話しておいてやろう」

「この……外道が!!」

「イグニスのことも、仕方がないから城で面倒を見てもらえるよう進言してやる。よかったな、あの子はきっと立派になるぞ」


 ヴァルナルが杖を振り上げ、魔力を操る。ゲルハルトはなんとか上体を起こすものの、とてもじゃないが戦える状態ではない。

 でも、結局ヴァルナルはゲルハルトにトドメを刺すことは出来なかった。


「なんで、皆……」

「ッ!?」


 聞こえてきたのは、どちらのものでもない声だった。二人が同時に、声の方を向く。一体誰か、なんて言われなくてもわかる。

 亡骸となった家族の前で膝をつき、絶望に項垂れる小さな姿。


「父上……母上……兄上……ミシェル……どうして、こんなことに……」

「魔角族の子供!? まさか貴様、エドガルドの――」

「お前か……」


 バチン! と、室内に稲妻が走る。彼の角から魔力が溢れ出した魔力が、怒りの感情と共に弾けたのだ。

 絶望に濡れる金の瞳が、真っ直ぐにヴァルナルを見据える。幼い身体に似合わない迫力は、今まさに炎を放とうとしていたヴァルナルの動きを止めるほどのものだった。

 それだけで、少年……後に魔王となるジェラの格の違いを思い知らされる。


「お前が、ぼくの大切な人たちを殺したのか!!」

「ぐああ!!」


 ジェラの魔力が金色の雷撃となり、ヴァルナルを襲う。ずば抜けた才能だが、この時はまだ子供。

 王笏もない、粗削りな攻撃はヴァルナルに直撃こそすれど、すぐさま逃走に転じた彼を止めることは出来なかった。


「くそ、ここまでか」

「待て、この卑怯者!!」


 ジェラがもう一度雷撃を放ったのは、ヴァルナルが転移の魔法陣で逃走した後だった。

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