第八話 十年前の真実
※
「魔王エドガルドを暗殺するだと⁉ ヴァルナル、本気で言っているのか!」
どことなく懐かしさを覚える声。ゆっくり目を開くと、そこは訓練場ではなかった。
見覚えはないが、山の中の洞窟のようだ。激しく降る雨をしのいでいるのだろう、四人の人影が見えた。
自ずと理解する。これは、王竜が見せている過去の記録だ。しかし雨音や湿っぽい空気の匂いは本物だとしか思えずに、私もそこに居ると錯覚してしまう。
しかし動くこと、声を出すことは出来ない。以前に見た悪夢と同じだ。ぼんやりとそう思っていると、忌々しい声が退屈そうに言った。
「大声を出すな、ゲルハルト。声が響いて耳障りだ」
イグニスくんによく似た男性を睨みながら、ため息を吐くヴァルナル。
この人が、イグニスくんのお父さん……先代勇者ゲルハルトなのだ。イグニスくんと瓜二つな顔立ちだが、雰囲気はイグニスくんよりも快活な印象を受ける。
対してヴァルナルは……多少は若いものの、今とあまり変わらないように見える。
「だって、魔王を暗殺だなんて……そんなこと、前代未聞だ!」
「これまで思いつかなかっただけだろう。魔王を亡き者にすれば我々の勝ちなのだから、勝率の高い方を選ぶべきだ」
「違う! 僕たちの戦いは、ただ勝てばいいというものではない。人族と魔族は対等であることを示すための戦いであり、これ以上人族と魔族が争わないようにするのが、僕たちの使命だ!!」
鬼気迫る表情でヴァルナル胸倉を掴むゲルハルト。
そうか、ゲルハルトはわかっていたのだ。私と同じように、人族と魔族が互いに協力できると。
「ゲルハルト様、落ち着いてください」
「ユーリヤの言うとおりだ。仲間内で争ってどうする」
ローブを着た女性と、筋骨隆々な男性が二人を引き剝がす。女性は聖女ユーリヤで、男性は戦士アキムだ。
仲間たちのおかげで、ゲルハルトも幾分落ち着きを取り戻していた。だが、ヴァルナルは軽く咳き込みながらも、再びゲルハルトを睨む。
「ふん、正々堂々か……それは王竜に焚きつけられたのか? 単純な男だな」
「……何だと」
まさに火に油を注ぐ発言だ。でも、そこに続くヴァルナルの言葉に、ゲルハルトの表情が一変した。
「正義を掲げることはご立派だが、もしも貴様が死んだら、残してきたイグニスはどうなる? 息子を一人にするつもりか?」
「それ、は」
「あの子はまだ幼い。母親も亡くして寂しいだろうに、勇者として旅立つお前を送り出してくれた。お守りまで作ってくれたのだろう? 優しい子だな」
ゲルハルトの手首を掴むヴァルナル。そこには確かに、手作りと思われるブレスレットがあった。
そうだ、確かにイグニスくんはお父さんが旅立つ前にお守りを作っていた。ゲルハルトは旅の間、ずっとつけていてくれたんだ。
私は熱くなる胸を押さえる。でも、そこにヴァルナルの冷たい声が突き刺さる。
「わしはこの年まで魔法の研究に没頭していたせいで、家族は居ない。だから、ここで死んだとしても惜しくはない。だがゲルハルト、お前は違うだろう? 勇者の使命と愛する息子、どちらが大切なのだ」
「それは」
「ユーリヤ、アキム。お前たちにも残してきた大切な人や、やり残したことがあるだろう? それなのに、こんな場所で死んでもいいのか?」
ヴァルナルの言葉に、ユーリヤとアキムも困惑を隠せなくなっていた。それぞれ心当たりがあるのだろう。
正義よりも、勝利。ゲルハルトは誇り高い勇者だが、同時に父親だ。どちらを選ぶかなんて、わかりきっている。
「……どうすれば、いい。イグニスの元に帰るために、僕は何をすればいい?」
雨音にかき消されそうな声で、ゲルハルトはヴァルナルに問いかけた。膝をつき、縋りつくように言葉を絞り出す姿は、まるで別人のよう。
そんなゲルハルトに、ヴァルナルは残酷な笑みで囁いた。
「簡単なことだ。エドガルドには、まだ幼い子供が居ると聞いた。ならば、その子供を人質にすればいい」
そこで場面が切り替わる。ここは見覚えがある。魔王の寝室だ。でも、目の前に広がる信じ難い光景に、私は思わず声にならない悲鳴を上げた。
「魔王エドガルド。娘を助けたければ、息子と共に自害しろ」
「ミシェル!!」
「う、うぅ……おかあさま……」
涙を流す少女を人質にとり、細い首に聖剣を突きつけるゲルハルト。今の彼に、勇者としての矜持なんか残っていない。
ヴァルナルはもちろん、ユーリヤとアキムも、ゲルハルトを止めようとしない。まさか、勇者たちが真夜中に忍び込んでくるとは考えていなかったのだろう。
部屋の外では、何人もの魔族が血を流して倒れている。ここに居る魔族はエドガルドとミシェル、リーセとアルフィオだけ。ジェラの姿はどこにもない。
「はあ……まさか勇者がこんな外道な手を使ってくるとはな。真正面から正々堂々と、っていうのが勇者の定石じゃねぇのか?」
呆れた、と言わんばかりに魔王エドガルドが髪をばりばりと掻いた。そんな宿敵の様子に、焦ったのはゲルハルトの方だった。
「う、うるさい! 僕は、息子の元に生きて帰らないといけないんだ!!」
「だからって、他人の娘を人質にとるかね普通。あー、そうか。人族にとっては、魔族の命なんかどうなろうがなんとも思わねぇのか」
ガツン、とエドガルドが王笏で強く床を叩く。ゲルハルトが大きく肩を震わせたのは、単に驚いただけではないだろう。
本来抱いていた信念。それを、自らズタズタにして破り捨ててしまった。どれだけの罪悪感が彼を蝕んでいるのか、想像さえ出来ない。
「うーん、参ったな。魔王としては、家族を犠牲にしてでも勇者を潰すべきなんだろうなぁ。だが……ダメだな、ふはは! ワシにとって、家族は宝だ。見捨てるわけにはいかぬ! いいだろう。この首、望み通りにくれてやるとも!」
豪快に笑うエドガルド。器が違う、と思った。
これが、玉座を預かる王という者なのか。
「だが……ふむ、勇者よ。このエドガルドの首だけで満足してくれたりせぬか?」
「な……だ、だめだ! 貴様が死んでも、そこの息子がすぐに魔王を継ぐだろう!? それでは意味がない!」
「むう、強情だな」
「仕方ありませんね。父上、この無礼者たちには俺の首もくれてやりましょう」
アルフィオの申し出には、その場に居た全員が動揺した。エドガルドまでもが目を丸くしていた。
「……本気か、アルフィオ」
「ええ。この程度の勇者の策で死ぬなんて屈辱でしかありませんが……父上とあなたの後継者であり、息子であるこのアルフィオ、二人分の首で家族が助かるのであれば安いものです。大丈夫。俺達が居なくなろうとも、魔族はすぐに立ち直りますよ」
「アルフィオ、あなたまさか……!」
「アルフィオにいさま!」
アルフィオの言わんとすることに、エドガルドやリーセはもちろん、ミシェルでさえも気がついたようだ。私だってわかった。
彼は自分の命を諦めて、託したのだ。ジェラに、未来を。
「ふはは! さすがワシの愛息子。では、ついてまいれアルフィオ。この愚か者どもが来るまでに、先に地獄を征服しておかぬとな」
「はい、父上。地獄の果までお供しましょう」
そう言い残して、二人は躊躇なく自分の首を斬り裂く。あまりの潔さに、何が起きたのかすぐには理解出来なかった。ゲルハルトたちも同じだったようだ。
そんな中、最初に動いたのはヴァルナルだった。倒れた二人を杖で小突き、首を触ってニヤリと不気味に口角をつり上げる。
「二人とも死んでいる。拍子抜けするくらいに呆気なかったな」
「そ、そんな」
「おとうさま……アルフィオにいさま……そんな、ミシェルのせいで……」
「あ……ぼ、僕は……こんな、こと」
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