第七話 真実の目

「魔王ジェラルド!! 貴様、一体どういうつもりだ!」

「ッ、イグニスくん」

 

 聖剣を携えて、イグニスくんが怒りを露わにしている。普段の物静かな彼からはかけ離れた、感情をむき出しにする姿にリュシオンとシェレグ、そして周りの騎士たちも恐れおののいていた。


「うおっ、勇者だ。どうするシェレグ、あれはマジでヤバい相手だぞ」

「直接剣を交えなくとも、我らよりも格上だとわかる。しかし、陛下が命じるならば全身全霊で相手をするのみ」


 二人がちらりとジェラを見やる。彼は、軽く首を振って二人を制した。


「いや、勇者の相手は俺がする。お前たちはヴァルナルが逃げないよう見張っておけ。絶対に人族を傷つけるな」

「わかりました、お任せを」

「ヴァルナルって……あそこに居る陰気なジジイか? あのジジイ、隙を狙って陛下を殺そうと術式を編み込んでやがるぜ」


 リュシオンが目配せする先には、お父様とお母様を庇うようにして立つヴァルナルの姿があった。薄ら寒い笑顔から、明らかに何か企んでいるのがわかる。

 それでも、人族は誰もヴァルナルを疑わない。それだけ人族からの信頼が厚いのだ。私が命を賭けてまで告発したのに、何の意味もなかった。

 悔しい。自分の無力さを嘆いていると、大きくて暖かい手が私の頭をぽんと撫でる。


「そんな顔をするな、ネモ」

「ジェラ?」

「お前のおかげで、俺はここまで来られたんだ。だから、見ていてくれ。この物語の結末を」


 小さく笑いながら手を離し、代わりに私の手から王笏を受け取る。


「さて、残す役者はあと一人。そろそろお呼びするとしよう。ハトリ、キナコ。ネモを頼む。リュシオンとシェレグは人族の騎士たちをもっと下がらせろ。踏み潰されるかもしれんからな」


 それぞれに指示を出して、ジェラが前に進み出る。そして人族の前で堂々と、高らかに宣言した。


「人族の者たちよ。我が名はジェラルド・オウロ・ティアルーン。魔族領を預かる者として、十年前の真実を伝えるためにここに来た」

「十年前の真実だと?」

「勇者イグニス。貴様の聖剣の柄にある魔石は、この王笏にある魔石と対をなすもの。これは王竜のであり、目というものは本来、二つあるべきものであろう? だからこそ、この魔石は二つ揃わなければ真価を発揮することは出来んのだ」


 そう言って、ジェラが王笏を掲げる。イグニスくんも、自分の聖剣の魔石を見つめる。


「……二つが対だとして、それが一体何になる」

「先ほども言っただろう、十年前の真実を教えてやると」

「十年前……貴様が犯した罪を、ここに居る全員に見せつけるつもりか?」

「お前は、父の仇をとりたいのだろう? ならば今一度、真実をその目で確かめるがいい」


 イグニスくんがジェラを睨む。今のジェラは手負いで、隙がある。護衛たちの距離も十分にある。彼ならジェラにトドメを刺すことくらい、きっと容易い。


「イグニスくん……お願い」


 だから私は、願う。イグニスくんが信じてくれることを。胸の前で、手が痛くなるくらいに握り締めて願う。

 一瞬だけ、イグニスくんと目が合った。


 そして彼は、


「いいだろう、付き合ってやる。お前が犯した罪を、この場で全て曝け出せ」


 王笏に重ねるようにして、聖剣を掲げた。


 ここに、二つの魔石が揃う。


「王竜よ、今ここに対となる真実の魔石が揃った! 我々はそれぞれの世界を預かる者として望む。過去に葬られた真実を、今一度ここで再生せよ!!」

「――よかろう。その望みのため、我が権限を行使する」


 ぎょろりと、二つの魔石が瞬いた次の瞬間。太陽を隠してしまうほどの大きな影が、どこからともなく現れた。

 春の陽光を思わせる金色の鱗。優しくも鋭い空色の双眸に、厳格でありながら穏やかな声。

 世界を見守る、神の御使い。それが今、目の前に降りて来て――


「うわあ⁉ お姫ちゃん危ない!」

「噂には聞いていましたが、本当に大きいですね!」

「え? え?」


 キナコちゃんとハトリさんに引っ張られるようにして走る。ドレスのせいで何度も躓きそうになったが、なんとか影がない場所まで走りきれた。

 人族の皆も、あまりにも巨大な闖入者に慌てふためいている。統率なんて完全に乱れているが、リュシオンとシェレグが誘導することで、なんとか誰も潰されずに済んだ。

 ずしん、と地面が揺れる。


「……狭い。魔王よ、ここ狭いぞ」

「王竜、その苦情を俺に言うのは間違いではないか?」


 王竜。限られた者が、限られた時にしか会うことが出来ない存在。見上げるほどに大きい黄金の竜は、あまりにも神々しくて瞬きさえも忘れてしまう。

 そんな神の御使いが、みちっと狭そうに身体を丸めて窮屈だと文句を言っている。この訓練場、平均的なサッカー場よりは広いと思うんだけどね。


「あ、パパだ。パパー!」

「パパ!?」

「うむ、久しいな我が子よ。元気なようで何よりだ」

「うん、元気だよ! ボクも早くパパみたいに大きくなりたいなぁ」


 ライカが王竜の元にすっ飛んでいき、子猫のようにじゃれつき始めた。いや、確かにジェラはライカが王竜から貰った卵から孵ったと言っていたけれども。

 今まで、王竜の子供に乗っていたってこと?


「王竜、まさかあなたがここに来るだなんて」

「勇者イグニス。最初に会った時、汝はその力で復讐を果たしたいと言った。しかし、我は知っていた。汝には真実が何か、正しきは何かを突き止める力があると。よくぞここまで来た、汝を勇者に選んだことは正しかった」


 王竜は慈しむように言って、私たちをゆっくり見渡す。そして一度、ゆっくりと瞬きをすると、最後にジェラを見下ろした。


「ここに対なる真実の魔石が揃った以上、我は汝らの望み通りに過去を再生することが出来る。しかし、よいのか魔王ジェラルドよ」

「何がだ?」

「十年前の真実……それは、汝の傷を深く抉るもの。聖剣で貫かれた傷よりも、遥かに苦痛を伴うものになるだろう。その覚悟はあるか?」


 王竜の問いかけに、ジェラが黙り込む。しかしすぐに、強い意志で頷いた。


「……父上、母上、アルフィオ兄様、ミシェル。皆が受けた痛みと屈辱を思えば、どんな痛みにも耐えてみせる。この王笏を受け継いだ時から、俺の意志は少しも変わっていない」

「覚えているとも。まだ王笏を引き摺るような幼子が、痛々しくも勇ましく宣言したあの日のことを。ならば、見せよう。十年前の真実を」


 王竜が天を仰ぐ。すると、二つの魔石が強く輝き、光が弾けて視界を覆った。


「うわっ!?」

「きゃあ!!」


 傍でハトリさんとキナコちゃんが悲鳴を上げた。でも、その声もすぐに聞こえなくなってしまう。

 


 

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