第六話 時間だよ、全員集合!

「どうしてここなの? ここになにかあるの?」


 見渡してみるも、広いだけで特に変わったところは何もない。不思議に思ってジェラを見上げると、明らかに何かを企んでいるような悪い笑顔を浮かべていた。


「何かがあるわけではなく、このくらい広い場所でないと駄目なのだ。まあ……実行するのは初めてだから、どうなるかはわからんが」

「初めてって……失敗したらどうするの?」

「その時は……俺が直々にヴァルナルへ罰を下す。あの男を野放しにするわけにはいかない。あの老いぼれに魔王の恐ろしさを思い知らせてやろう、ふはは!」

「ジェラ……」


 茶化すような口調だが、その目には鋭い光が宿っている。その光に圧倒され、私は何も言い返せないまま俯いてしまう。

 私だって、ヴァルナルがどれだけ危険な男かは身をもって思い知った。あいつは止めなければならない。

 でも……だからといって、ジェラの手を汚させていいのだろうか。


「ジェラ、人族の騎士たちが来たよ」

「ほう、人族の騎士団は優秀だな。突然の事態にもすぐに判断を下せて、統率もとれているとは。魔王軍の皆にも見習わせたいものだ」

「感心している場合!?」

「動くな、魔王!!」


 団長を先頭に、百を超える騎士が訓練場に集った。ジェラの言うとおり、確かに騎士たちは万が一の時でも対処出来るよう厳しい訓練を重ねている。

 加えて、今のジェラは負傷している。勝負以前に、これ以上彼に傷を負ってほしくない。


「魔王ジェラルド、今すぐネモフィラ姫を解放しろ! 素直に従うなら、命だけは助けてやる!」

「ううむ、統率の面では素晴らしいのに、あの交渉は魔王相手に無謀ではないか? 魔法で一掃されるとは考えていないのか?」

「ボクも居るのにね! 無視してくれちゃって、イヤな感じ!」


 惜しいなと苦笑するジェラに、ぷんすこ怒るライカ。人族は人族で平和ボケしていると思うが、この二人も暢気すぎる。


「わ、私が皆を説得してくる!」

「ネモ、お前は動くな」

「でも」

「ジェラ、こっちも来たよ」


 ライカの言葉に、私は少しでもジェラを護ろうと身を寄せた。騎士団は弓を引いているが、私が傍に居れば簡単には矢を放てないと思ったからだ。

 でも、無駄だった。


 そんなことしなくても、騎士団は弓を引くことが出来なかった。


「な、なんだ!? 弓矢が凍ったぞ!」

「はー、急いで来たから熱い! 熱くて倒れそうだが、これで少しは涼しくなるだろうぜぇ!!」


 太陽は高く、ぽかぽかした日差しが注いでいるにも関わらず、不自然なくらいに気温が下がった。

 悲鳴が上がった方を見ると、弓矢を引いていた騎士たちの腕が弓矢ごと凍っていた。

 そして上空からグリフォンと共に降り立つ、ヤケクソ気味に高笑いするエルフの騎士。


「リュシオン、遅かったな」

「オレのグリフォンは騎獣大会でも一、二を争う名グリフォンなんだけどな! 流石にさあ! ライカには勝てるわけないだろ!! 速度を保つように言ったのに、無視しやがってこの陛下は!!」

「し、仕方ないだろ。人族の城から赤い光が見えたのだから」


 気まずそうに笑って誤魔化すジェラに、リュシオンが細剣を振り回しながら喚いている。負傷者は出ていないが、行動不能になった弓矢部隊に騎士団の統率が大きく乱れた。


「え、ええい落ち着け! まずはあのエルフを始末するぞ、動ける者はわたしに――」

「おおおおお!!」


 獣の咆哮が空気を震わせる。騎士たちがそちらを見るよりも先に、大きくて真っ白な何かが弾丸のように駆け抜けた。

 身の丈ほどあろうかという大剣を軽々と振り回し、騎士たちの手から剣や槍を叩き落とす人狼の騎士。シェレグがリュシオンの隣に立ち、低く唸るように威嚇した。

 人族、ではなくジェラを。


「陛下……護衛である我々に、まずは言うべきことがあるのでは?」

「……ごめんなさい」


 震える声で謝罪するジェラ。顔色が真っ青だが、怪我は多分関係ない。


「うわー、これじゃあどっちが主人なのかわかんないねぇ」

「本当にね。あの二人、相当怒ってるわ。ていうか、ライカって本当に速いのね」

「えっへん!」


 得意気なライカを撫でる。とりあえず、護衛の二人が来てくれて安心した。

 ほっと胸を撫で下ろすも、嬉しいことはさらに続いた。


「お姫ちゃーん!!」

「うわあ、キナコちゃん⁉」

「ああもう、皆好き勝手に動いて。全然統率がとれてなくて恥ずかしいですね!」

「ハトリさんも! 皆、来てくれたんですね」

「はい、陛下が面白いものを見せてくれるというので。ネモフィラ姫もご無事で何よりです」


 勢いよく抱き着いてきたキナコちゃんに、やれやれと頭を抱えるハトリさん。

 十日間くらいしか離れていなかった筈なのに、なんだか凄く懐かしく感じる。


「きゃー! お姫ちゃんのドレス素敵! なあに、今日は結婚式なの⁉ もっとオシャレしてくればよかったー!」

「いや、これはその……」

「あ、でもお肌が砂漠みたいになってるじゃない。せっかくの結婚式なのに、化粧で誤魔化すってどういうこと? 唇もガサガサだし、隈もひどいわね。ドレスは素敵なのに顔面は汚姫おひめじゃない! 結婚式は女の子にとって人生最大の大舞台なんだから、少しでもキレイにしなきゃダメでしょ。花婿に幻滅されちゃうわよ」


 はしゃいでいたかと思えば、急に怒り出すキナコちゃんにはっとした。

 そうだった。本来、結婚式って女性にとっては人生で一番大事なイベントだと言っても過言ではない。やっと気が付いた。

 私、イグニスくんとの結婚式、全然嬉しくなかったんだ。


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