第五話 そして結婚式の最中に花嫁がさらわれるのも王道


「ぐ……なぜだ、なぜ貴様がまだ生きている」


 ジェラに突き飛ばされたヴァルナルが、殴りつけられた胸元を押さえながら信じられないものを見るかのように目を大きく見開いた。

 確かにそうだ。ジェラは間違いなく、勇者の聖剣に貫かれた筈。


「ふん、愚問だな。貴様は知らんのか? 魔王というものは、最初の姿で勇者に負けたと思わせておいて、相手が油断したところで本来の姿を見せつけて絶望を味わわせるのだ! ネモいわく、王道展開というものらしいぞ、ふははは!」

「く、何を意味のわからんことを」

「そうとも、ヴァルナル。俺は、貴様の罪を暴くためにここに居る。十年前、貴様が先代の勇者と魔王に何をしたのか、これから全て明らかにしてやる。だがそれには、もっと観客が必要だな」


 不敵に笑いながら、ジェラが王笏を操る。窓から暖かで爽やかな風が吹き込み、ヴァルナルの魔法をかき消した。

 少しずつ皆が身体を起こす。


「ゲホゲホッ、ゴホ」

「い、今の魔法は一体誰が……姫様か、それともヴァルナル様か」

「ひいぃ! ま、魔王がどうして人族領に!?」

「皆! よかった、ありがとうジェラ」


 そして誰もがジェラの存在に恐怖し、しかし助けられたことに困惑している。とりあえず、皆無事でよかった。


「くっ……魔王、貴様……! 一体何のつもりだ」


 ふらつきながらも、最初に立ち上がったのはイグニスくんだ。荒い息をそのままに、彼が剣を抜いて構える。


「ま、待ってイグニスくん! ジェラは皆を助けてくれたのよ」


 そんな彼の姿に、あの夜の光景が思い出されてしまい、私は咄嗟にジェラを庇って彼の前に立とうとした。

 でも、ジェラに腕を掴まれて止められてしまう。


「ネモ、いい」

「でも!」

「今は俺に対する理解を得るよりも、ヴァルナルの罪を明らかにしたい。やっとわかったんだ、お前がくれたお守りの使い方を」


 王笏にはめられたお守りを見せながら、ジェラが声をひそめる。彼の一言が、私の中にあった暗雲を一気に晴らしてくれた。

 繋がったのだ、トゥルーエンドへの道筋が!


「本当!? 凄いわジェラ! それなら早く、皆の前でヴァルナルの罪を証明して。私がヴァルナルを告発しようと思ったんだけど、証拠がないから皆に信じてもらうことが出来ないの」

「それであいつに襲われていたのか、相変わらず無茶をする……もちろんそのつもりだが、もう少し時間を稼ぎたい。ネモ、手伝ってくれないか?」

「もちろんよ。私は何をすればいい? 何でもするわよ!」


 ヴァルナルの罪を明かすために、というのはもちろんだが。なによりも、今はジェラのために何でもしてあげたい。

 と、言ったものの。私は、その発言をすぐに後悔することになるのであった。


「頼もしいではないか。ならば……とりあえず、これを持っていてくれ。落とすなよ」

「え、ええ?」


 押し付けられるままに、私は王笏を両手で抱き締めるようにして持つ。するとジェラが、イグニスくんを睨んで不敵に笑った。


「勇者イグニス。手段はどうであれ、よくぞこの俺に傷を負わせた。それは褒めてやる。だが、残念だったな。俺はこの通り、まだ生きているぞ。詰めの甘さは父親譲りだな。しかも、父親の二の舞になろうとしていたなんて、滑稽すぎてもはや笑えん」

「貴様……!」

「俺がまだ生きている以上は、このお転婆姫を返すつもりはない。代わりに、貴様には自分の父親がどのように息絶えたかを教えてやろう。だが、ここは少々狭すぎる」

「え、なに……きゃあ!?」


 王笏ごとジェラに抱えられてしまい、慌てて彼の胸元にしがみつく。


「……重い」

「なにか言った?」


 とても聞き捨てならない単語が聞こえたような。

 いや、今の私はウェディングドレスと王笏の重さがプラスされているので、いつもより二十キロは重い筈。そうよね、そのせいよね。

 そう視線で圧力をかけると、ジェラが私から目を逸らした。怯えているようにも見えるのは、気のせいでしょう。


「いや、なんでもない……コホン。ええっと、とにかく。ここは狭いから、全員外に出ろ。さもなくば、ネモはこのまま俺が貰う」

「な、なんだと!?」

「なんですって!?」


 同じタイミングで、同じリアクションをするイグニスくんと私。火がついたのではないかと思うくらいに、頬が熱くなる。

 でも、文句をいう暇はなかった。ジェラは私を抱えたまま踵を返すと、軽やかに窓枠に飛び移った。

 ……嫌な予感がする。


「え、どういうこと……待って、そっち窓なんだけど。まさか、あんた」

「喋っていると舌を噛むぞ」

「いや、待って。本当に待って。一旦窓から下を見ましょう。見た? ここ、結構高いのよ」

「大丈夫だ、俺は魔王だぞ。この高さから落下した程度では死にはしない」

「私は死ぬのよ! って、マジで飛び降りるなんてそんな――きゃあああ!!」

「姫!?」


 イグニスくんの手が届くよりも先に、ジェラが私を抱えたまま窓から飛び降りた。一瞬、私は夢を見ているのでは、と錯覚するほどに彼は躊躇しなかった。

 浮遊感は一瞬だけ。私たちはすぐさま落下する。こういうアトラクション、前世にあったな。


「ひいいぃ! 死ぬ、死んじゃうぅ!! 潰れたトマトみたいになっちゃううぅ!!」

「ライカ、来い!!」

「もちろんさ!」

「へ? ひぎゃっ!?」


 両手を広げて待ち構える死への恐怖に目を瞑るも、地面に激突することはなかった。死に迎えられる前に、ライカが私たちを背で受け止めてくれたのだ。

 ぐんぐんと遠ざかる地面。城の周りをぐるぐると飛び回るライカが、声を弾ませる。


「久しぶりだねぇ、ネモフィラ姫。今日はパーティーでもあったの? とっても素敵なドレスだね、まるでお姫様みたいだよ!」

「あ、ありがとう。普段からお姫様なんだけどね」


 いつもと変わらず暢気なライカに、久しぶりに息をつけた。いや、気を抜いていられるような状況ではないのだが。


「そういえば、結婚式の最中のようだったが……なんだお前、まさか勇者と結婚するつもりなのか?」

「え……」


 ジェラの問いかけに、何も答えられなかった。どうなんだろう。結婚式自体はめちゃくちゃになってしまったが、だからといって婚約まで無くなったわけではない。

 このままでは、私はイグニスくんと結婚することになる。覚悟していたことだが、それはジェラが死んでしまったと思っていたからで。

 なんていうか、自暴自棄になっていた暴走というか。どう答えたらいいか迷っていると、次第に自分のことよりもジェラのことが気になってしまう。


「ジェラ……あんた、本当に生きてるの?」

「ああ、なんとかな」

「なんとかって……傷は? もう大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない。聖剣で与えられた傷というものは、魔族の魔法では癒やすことが出来ないんだ」

「そんな!」

 

 思わず、ジェラの頬に手を伸ばして触れる。よく見たら、顔色が悪い。呼吸も浅いし、時折歯を食いしばって痛みに耐えている。

 ジェラの話によると、イグニスくんと私が人族領に帰還した後、ジェラはハトリさん達の手ですぐに城へ運び込まれた。

 しかしどんな薬でも、魔法でも、ジェラの傷を癒やすことは出来なかった。事実、彼は一週間以上眠り込んでいて、目を覚ましたのは今朝だったと言う。


「今は魔力で体力を補っている。だから、この角には絶対に触るなよ。俺の角は魔力が結晶化したものだ。素手で触ったりしたら指が吹き飛ぶぞ」

「わ、わかった。でも、大丈夫なの?」

「ヴァルナルの罪を暴くまでは保たせる。ここまで来て、家族の無念を晴らさずに倒れるわけにはいかない」


 ふっ、と力なく笑うジェラに、心臓がぎゅっと痛んだ。

 ヴァルナルの罪を暴くまでって。じゃあ、その後は? 不安に心をかき乱されながらも、ジェラがライカの背中を撫でながら指示を出す。


「ライカ、すぐそこの開けた場所に降ろしてくれ。あそこなら広さも十分だ」

「はーい」

「すぐそこって……騎士たちの訓練場のこと?」


 ジェラが指差す方向を見ると、森を切り拓かれて作られた広大な訓練場が目に入った。いつもは騎士たちが訓練をしている場所だが、今日は私の結婚式なので訓練は休みだ。

 誰も居ない訓練場にライカが降り立つ。私もジェラの手を借りて、地面へ降りた。



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