第四話 ヒーローは遅れてくる、これもまた王道展開
皆が一斉にヴァルナルの方を見た。彼は一瞬唖然としたようだったが、すぐに気を取り直すと何でもないことのように立ち上がった。
「これはこれは、驚きましたよ姫様。このような祝いの席で、急に何を言うのかと思えば……場を盛り上げる冗句としましては、いささか趣味が悪すぎるのでは?」
年老いて、枯れ木のようにやせ細りながらもその眼差しは未だ力強い。ヴァルナルはやれやれと肩をすくめると、私を見てニヤリと笑った。
「姫様、魔王に何を吹き込まれたのですか? 場合によってはあなたが洗脳されているとみなし、しかるべき対処をさせていただきますが」
「私は洗脳なんかされていない!」
「ならば、証拠を示してくだされ。姫様がいうように、わしが罪を犯したというのなら、何か証拠があるのではないでしょうか?」
「そ、それは」
しまった。証拠なんて、何もない。慌ててポケットを探ろうとするも、お守りどころかドレスにポケットなんかついていない。
でも、イグニスくんがはっと顔を上げた。
「……そういえば、王竜は言っていました。聖剣にある、この魔石。これは対となっており、人族と魔族がそれぞれ一つずつ所持しているのだとか。しかし、最近までずっと魔石はネモフィラ姫が所持しておりました。僕以外にも、姫がお守りを持っていたのを見たことがある人は多いのでは?」
「確かに。そのようなきらきらした石を、ネモフィラは子供の頃から大事そうに持ち歩いていましたね。危険はないようでしたから、放っておきましたが」
「それなら、余も覚えているぞ」
お母様とお父様が頷く。この二人がそう証言するのならば、疑う者は居ないだろう。
「しかし、聖剣は姫がさらわれるまでずっと封印状態にありました。それが王竜によって解かれた時に、僕はこの魔石がどういうものかを教えて貰ったのです。よって、姫が持っていたお守りは聖剣の魔石ではなく、魔王の王笏についていた魔石だったのでしょう。昔、姫はお城から外に続く大扉の前で拾ったと話してくれました。その時の無邪気な姫の姿が、僕が恋心を抱いたきっかけだったので、よく覚えています」
「そ、そうなんだ」
「ヴァルナル殿。あなたはあの日、父と一緒に転移の魔法で戻ってきたと言っていましたね。あの大扉の前で」
どういうことだ、と来賓の誰かが呟く。ざわつく空気の中、ヴァルナルだけがつまらなそうにため息を吐いた。
「魔王エドガルドを相手に、命を懸けた死闘の後ですぞ。十年も経っておりますし、よく覚えておりませんが……戦いの最中、魔王の王笏から魔石が外れ、転移の際に巻き込まれたのでしょう。それを姫様がお拾いになった、それだけかと」
「ならばなぜ、姫がさらわれた時に魔王ジェラルドは誰も殺さなかったんだ?」
「それこそわかりませぬ。が、姫様の身柄で何か取引でも企んでいたと考えるのが普通でしょう」
「ジェラは魔石は王竜の目であり、世界で起こった全ての出来事を記録している媒体だって言っていた。ヴァルナル、あなたもそのことを知っていて、だから盗んだのでは? あなたは賢者、知識の探求者だものね」
「出来事を記録……つまり、過去を記録しているということか。だからあの時、王竜は言ったのか。この魔石は、僕が望むものに導くものだと。僕の望むもの、つまり父の仇」
ざわつきが一際大きくなる。これではもう、結婚式どころではない。イグニスくんが一歩踏み出し、ヴァルナルを睨みつける。
「ヴァルナル殿、一度クィンライム大神殿へご同行願いたい。貴殿に少なからず疑いが出た以上、王竜に真偽を問いましょう。この魔石の使い方はわかりませんが、王竜に教えてもらえば――」
「はあ、姫様にそこまで簡単に焚き付けられるとは……イグニス、お前は本当にゲルハルトにそっくりだ」
「イグニスくん!」
イグニスくんが剣を抜くよりも先に、ヴァルナルの方が早かった。
彼が杖を高く掲げた次の瞬間、凄まじい重力が皆を拘束する。
「あの時のゲルハルトは、自分の成すべきことが何かを見失っていた。イグニス、今のお前と同じようにな」
「ぐああっ!?」
「きゃああ!」
イグニスくん、お父様、お母様。会場の中に居る全員が長椅子から倒れ込み、床に倒れ込んだ。誰もが動けず、中には呼吸すらままならない者も居る。
動けるのはヴァルナルと、
「やはり、無理矢理にでもそのブレスレットは奪っておくべきでしたな。まさか、このような場で暴走するとは」
「ち、違う! このブレスレットはお守りよ。誰かを傷つけるようなものじゃないわ!」
仄暗い視線に、思わずブレスレットをつけた手首を握り締める。その拍子に編み込んでいたお花が解け、地面に落ちた。
すると、ブレスレットの魔石が光り輝いているのが見えた。どうやら、ヴァルナルの魔法を無効化しているようだ。
「ヴァルナル、早く皆を解放しなさい!」
「ああ、なんとお労しい。ここまで魔王に毒されているとは。ブレスレットを頑なに手放さかったのは、人族の要人が集まるこの機会を利用し、一掃するためだったのですな。ですが、わしには全てお見通しです」
「何を馬鹿なことを、この魔法はあなたが――」
「そんな、姫様……」
マズい。今の状況では、魔法に詳しくない人族の皆では、ヴァルナルと私のどちらが魔法で皆を拘束しているのか判断出来ない。証明する余裕もない。
そして、私がここでヴァルナルに何かされても、正当防衛で済まされてしまう!
「姫様、大人しくしてくださいませ。このヴァルナル、賢者であれど老いには勝てず、手元が狂ってしまうかもしれませぬ」
「こ、来ないで!」
私は咄嗟にブレスレットを高く上げて、救難信号を放ってしまった。弾ける赤い光に、ただでさえパニック状態だった皆が恐怖に悲鳴を上げる。
完全に悪手だ。この救難信号は魔族にしか理解出来ない上に、誰かが助けに来るわけでもない。
これでは、私が魔法を使っていると言っているようなものだ。
「姫様、往生際が悪いですな。このままではご両親やイグニスが死にますぞ」
「来ないで!!」
歩み寄ってくるヴァルナルから逃げようとするも、聖堂内に出入り口は一つだけ。そちらはヴァルナルによって阻まれているので、私は窓際へと後ずさるしかなかった。
でも、すぐに背中が窓に突き当たる。
「逃げられない……」
窓から飛び降りようかと思ったが、ここから地上までは十メートルくらいある。落ちればただでは済まない。
どうしよう! 躊躇している内に、目の前に立ったヴァルナルに腕を掴まれる。
「さあ、姫様。そのブレスレットを外しましょうか。ご案内なされよ、わしが魔王の洗脳から解放してさしあげましょう。『真実の魔石』さえ返して頂ければ、廃人になっていただく程度で許して差し上げますよ」
「いや、離して!」
ヴァルナルの手を振り払おうともがくも、枯れ枝のような指は力強い。生臭い息に足が震え、恐怖で立っていられなくなり、私はその場に座り込んでしまう。
助けて、誰か――
「汚い手でネモに触るな、この卑怯者が!!」
「なっ、貴様――ギャアァ!?」
何もしていないのに、ヴァルナルの身体が吹き飛んだ。いや、突き飛ばされたと言った方が正しい。煌めく王笏を携え、背後の窓から黒い姿がひらりと舞うように飛び込んできた。
「え……?」
一体何が。いや、誰が。私のことをネモと呼ぶのは、一人しか居ない。でも、その人は死んでしまった筈。
それなのに、彼は助けに来てくれた。
モノクロだった世界が、一瞬で色づいた。
「ネモ、無事か……なんだ、凄い格好をしているな、お前」
「ジェラ……? ジェラ、なの?」
「なの? って……おいコラ、しばらく会わなかっただけで俺のことを忘れたのか?」
「だ、だって……だって、あんた」
恐る恐る、私はジェラに手を伸ばす。そしてそのまま、彼の頭に向かって指をさした。
「ジェラ、あんた……猫耳が無くなって、頭に角が生えてる!」
「今更!? というか、前から猫耳ではなく角だと言っていただろう!」
愕然とするジェラ。確かに前から聞いていたが、全く信じていなかった。なんなら魔族領では猫耳を角と呼ぶのかとさえ思っていた。
でも、今の彼は私が知っている姿と違う。
猫耳のような銀髪は跡形もなく姿を消して、代わりに銀色に輝く二本の角が生えていた。
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