第三話 告発


「まあ! 素敵よ、ネモフィラ」

「そう? なんか、似合ってないっていうか。違和感が凄いと思うのだけれど」

「そんなことないわ。今日のあなたは世界で一番の美人なんだから、もっと自信を持ちなさい」


 支度が終わった私を見て、お母様がまるで自分のことのようにはしゃいでいる。確かに、仕立てて貰ったウェディングドレスは見事なものだが、鏡に映る自分に似合っているようには思えない。

 それなのに、お父様もほうとため息を吐いた。


「うむ、綺麗だぞ。さすがは余とカトレアの娘だ」

「あら。いやだわ、この人ったら」


 茶化すようなお父様に、お母様が頬をほんのり赤く染める。なんとも仲のいい二人だ。

 元は政略結婚だったというのに、この二人は王族とかそういうのは関係なく、お互いを思いやれる素敵な夫婦だ。

 幼い頃は、私も二人みたいな幸せな結婚に憧れていたけれど。自分の身分がいかに重要であるかを知り、恋や愛のある結婚は難しいだろうと思っていた。

 そして、その通りだった。


 イグニスくんからのプロポーズを受けてから一週間。結婚式当日になっても、私の心は凍り付いたままだ。


「さあ、もうすぐ式が始まるわ。イグニスにあなたの素敵な姿を見せてあげましょう。きっと驚くわ」

「ネモフィラが結婚か……小さい頃は、お父様と結婚するって言ってくれたのにな。しかしイグニスになら、安心して任せられる」


 笑っていたかと思えば、急に涙を滲ませる二人の後を歩く。人族の結婚式は、前世のものとほとんど同じ。新郎新婦が教会で永遠の愛を神に誓うのだ。

 ちなみに教会は城内に併設されている。実家で結婚式が行われるようなものだから、未だに結婚する実感が湧かないのかな。

 

「イグニス」

「陛下、王妃様」


 先に支度が済んでいたイグニスくんが、私たちに気が付いた。赤銅色の髪はしっかりセットされていて、衣装も見慣れた鎧じゃない。

 形はフロックコートに似ているが、金や銀の刺繍や飾りでなんとも豪華で少々仰々しい。


「姫……! 凄く綺麗です!」

「へ? あ、そう……そうなの?」

「ふふ、ネモフィラったら照れているのね」

「カトレア、余たちは先に行こう。ではイグニス、ネモフィラを頼んだぞ」


 お父様たちは私たちを残して、先に教会内へ入っていった。二人を見送ってから、改めてイグニスくんが私を見る。


「ネモフィラ姫、本当に綺麗です」

「そうかな? なんか、ゴテゴテしすぎてない? 重くて歩き難いのよね」

「それなら、いつでも僕に捕まってください。必ず支えになりますから」

「ありがとう。あれ? イグニスくん、鎧は脱いだのに剣は腰に差したままなのね」


 結婚式の主役の一人にしては物騒な代物に、思わず首を傾げた。

 勇者の聖剣か……そういえば、こうしてじっくり見るのは初めてかもしれない。


「ええ。この結婚で僕は、あなたの夫になると同時に、勇者としてあなたとこの世界を守護することを誓うつもりなので」

「そう……」

「……怖いですか、この剣が」

「少しだけ、ね」


 ジェラの命を奪った刃。平和のために、星の数ほどの争いを繰り広げてきた剣。神聖でありながら、残忍な武器。

 苦くて複雑な思いに顔を背けようとしたその時、一際輝く魔石に目が止まった。

 魔王の王笏に対を成す勇者の聖剣にも、魔石がいくつもあしらわれていた。聖剣をよく見るのは初めてなのに、柄にある魔石は見覚えがある。

 思わず、イグニスくんを見上げる。


「イグニスくん……その、聖剣の柄にある魔石って」

「お気づきになりましたか。僕も最初に見た時は驚きました。この魔石、姫が見せてくれたお守りにそっくりですよね」


 魔石を撫でながら、イグニスくんが小さく笑う。そう、そっくりなのだ。私がジェラにあげた、あのお守りに。

 これは、一体どういうことなのだろう。単なる偶然なのか、それとも――


「姫様、そろそろ式が始まりますので」

「は、はい!」


 メイドに声をかけられ、慌てて意識を目の前の結婚式に戻す。とにかく、今はやるべきことに集中しなければ。

 事前に言われていた通りに、イグニスくんの腕に軽く掴まるようにして組む。


「ただいまより、新郎新婦が入場いたします。どうぞ盛大な拍手でお迎えください」


 祝福の拍手に迎えられ、ヴァージンロードを歩きながら、ふと考える。

 このまま全てを諦めて、イグニスくんの奥さんになったらどれだけ幸せだろうかと。彼は真面目な人だから、宣言どおりに私を一生守ってくれるだろう。文字通り、ハッピーエンドだ。

 反対に、ここで逃げ出したら? 誰も責めないだろうが、お父様やお母様、そしてイグニスくん、他にも大勢の人の顔に泥を塗ることになる。なんてお粗末すぎるバッドエンド。

 そして私は今、そのどちらでもない結末を選ぼうとしている。それは、果たして許されるのだろうか。


「それではこれより勇者イグニス・ロッソと、ネモフィラ・ストラーダ姫の結婚式を始めさせていただきます。まずはイグニスより誓いの言葉を」

「はい。僕は神と御使い、そしてこの聖剣に誓って、姫と世界を守り抜くことをここに誓います」


 神父様の前でイグニスくんが剣を抜き、掲げながら宣誓する。彼らしく実直で、頼もしい言葉だ。

 そしていよいよ、私の番。


「それでは次に新婦、ネモフィラ姫様。誓いの言葉を」


 どうしよう。今ならまだ、ハッピーエンドを選ぶことが出来る。永遠の愛を誓うつもりなんてなかったから、誓いの言葉なんて何にも考えてないけど。そこは物書きなので、どうにでもでっち上げられる。

 でも。私はイグニスくんから手を離して、左手首につけたブレスレットに触れる。今日は生花を編み込んで隠したが、これが私に残されたジェラとの最後の絆だ。

 この絆を断ち切ることなど、私には出来なかった。断ち切るくらいなら、破滅した方がマシだとさえ思った。


「ネモフィラ姫?」

「……私がここに来たのは、イグニスくんと結婚するためではありません。十年前、魔王エドガルドとその家族、そして勇者ゲルハルトと仲間たちの命を不当に奪った不届き者の罪を暴くためです」

「な、なんだと⁉」


 驚愕の声を上げたのはお父様だ。来賓は全て貴族や王族の血縁、つまり礼儀作法を叩きこまれた者たちばかりなのだが、さすがにこの告発には動揺を隠しきれないようだ。

 魔王の家族だけならば、何を言っているのかと一蹴されただろうが。そこに先代勇者たちの名前が上がれば、話は別だ。


「ひ、姫⁉ 何を言ってるんですか。先代勇者は、ジェラルドが――」

「でもね、イグニスくん。あなたにあっさり背後を許すような暢気な男が、あなたのお父さんに不意打ちなんて出来るかしら? しかもあいつは当時十歳の子供で、魔王の王笏さえ持っていなかったのよ」


 これは以前ジェラから聞いた話だが、魔法を使う上で王笏があるのとないのとでは精度が段違いに異なるらしい。お花に水をあげる時、じょうろを使うかバケツを使うか、それくらい差があるのだとか。

 そんな何もかも劣る状態で、どうやったらジェラが勇者たちの背後をとれるというのか。


「それは……確かに、そうですね」


 イグニスくんがはっとした。そう、彼はお父さんのことを信じていた。お父さんが魔王なんかに負けるわけないと、きっと今でも心のどこかで疑っているのだろう。


 どうして、『彼』はたった一人だけ生き残り、人族領まで帰ってくることが出来たのか。


「ジェラルドは言っていたわ。勇者たちはとある人物にそそのかされ、正々堂々とではなく、深夜になってから魔王城へ忍び込んだと。そして彼の妹を人質にし、魔王エドガルドと長男であるアルフィオに自死を要求した。その後、妹と母親を殺害し、勇者と仲間たちを裏切り、魔法で殺害した。その裏切り者は……ヴァルナル、あなたのことでしょう?」

「なっ……⁉」

 


 



 

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