第六話 そもそも物語はどこにでも溢れているものである
※
「ネモフィラ姫、今日の物語も素晴らしいものでした! わたくし、感動しましたわ!」
「あ……あはは、えっと、ありがとうございます。ベニータ様も、本日はお手伝いをありがとうございました」
「これくらい、どうってことないです。わたくしは貴族の娘ですが、以前から商人のお仕事に興味がありましたの。売り子の仕事も楽しいものですね。これからもずっと姫を応援していますので、遠慮せずにいつでも声をかけてくださいね」
それでは、と立ち去るベニータを見送る。無事に……と言っていいのかはわからないが、舞台もひと段落した後、私は劇場を出たところで観客たちに囲まれていた。
誰もが目を輝かせて、または涙を流しながら、物語を絶賛してくれた。応援している、もっとたくさんの物語に触れたいと言ってくれる人も少なくない。
嬉しい。物語がなかった世界で、物語が認められたのだ。それが、とにかく嬉しい。
「キナコ様の演技、素晴らしかったです! わたしにも教えてください!」
「そう? まあ、どうしてもって言うなら教えてあげないこともないわ」
「シェレグ様、格好良かったですー! これからも応援していますね」
「う、うむ。感謝する」
「リュシオン様、どうぞお身体を大事に……そして、シェレグ様とお幸せに」
「お幸せんって、何でシェレグと⁉ おいコラ、変な勘違いをしたまま帰るな!」
「はいはい、通路で立ち止まらないでくださいねー。後ろが詰まって危ないですよー」
演者の三人は、私以上に囲まれていた。三人は手を振ったり、握手をしたりしてお客さんにサービスしている。意図せず握手会みたいになってしまったので、滞る人の流れを騎士たちと一緒にハトリさんが誘導している状況だ。
次回からはこういう状況を想定して対処しないと駄目ね。相談しようとして隣を見るも、ジェラの姿がない。
「あら、そういえばジェラはどこに行ったのかしら」
周りを見渡すと、目的の姿はすぐに見つかった。人込みから少し離れた場所で、彼も誰かと話しているようだ。
しかも、見慣れた顔ぶれだった。私もそちらに駆け寄って、話に混ざることにした。
「お疲れ様、皆」
「あ、姫さまだ!」
「姫さま、見てくれましたか? あの着ぐるみ、わたしたちが作ったんですよぉ」
私の姿を見るなり、孤児の子供たちが満面の笑顔で集まってきてくれた。私は皆と視線を合わせるために屈む。
「ええ、よく見ていたわ。燃やしちゃうのももったいなかったから、あれでよかったのかもね」
「ロニーがね、せっかくだから野獣騎士の着ぐるみを直して劇場のどこかに飾ろうって言ってるの。姫さま、いい?」
「飾るっていうか、資料として残しておいた方がいいと思ったんだ。これからも演劇を続けるのなら、ああいうのを作りたいって思う職人が出てくるかもしれねぇだろ」
「それはいい考えだな。ネモ、どうする?」
「そうね。この劇場のシンボルに丁度いいかも。劇場のことは私やジェラよりも、皆の方が詳しいと思うから、飾る場所は任せてもいいかしら?」
やったあ! 大はしゃぎする子供たちを、いつものようにロニーが宥める。彼らには、この劇場の管理と演劇に使う道具類の準備をお願いしていたのだ。もちろん、お仕事として。
ロニーはまだしも、子供たちはまだ働くのは早いかなって思ったけど。杞憂だった。この世界の子供たちは、もうすでに自分の目指す先が見えている。
だから、出来ることから始めてもらうのだ。生きるために、自分の夢を叶えてもらうために。
「お前たちも疲れただろう、早めに帰った方がいい。明日からもやることは山積みだからな」
「魔王さまの言うとおりだ。チビ達、そろそろ後片付けして帰るぞ」
「はーい。魔王さま、姫さま、バイバーイ」
ロニーが子共たちを先導して立ち去るのを、魔王と一緒に見送る。さっきまで明るかったのに、いつの間にか空が暗くなっていた。
嵐にように時間が過ぎ去ってしまったが、とても楽しかった!
「色々あったけど、これで一段落ね」
「そうだな、今後はこの青空劇場を拠点にして物語を広めていこう。流石にキナコたちばかりに任せてはいられんから、演者の育成もしていかんとな……ふふ、やることがいっぱいだな」
ジェラが力なく笑いながら、首の辺りを撫でた。嬉しそうだが、その表情には疲労の色が見え隠れしている。
だから、私は彼の袖を摘んだ。
「ジェラ、少し静かなところに行かない?」
「む? しかし」
「大丈夫、すぐそこだから。それに、いざとなったらちゃんと助けも呼べるようになったしね」
ジェラに見せびらかせるようにして、彼から貰ったお守りのブレスレットを見せる。これでも毎日練習しているのだ。今のところ出番はないけどね。
そう言って私が笑うと、ジェラがなぜだかむっとした。
「……俺って、頼りないんだろうか。魔王なのに」
「え、何か言った?」
「なんでもない。それで、どこに行きたいんだ」
「こっちよ、ついて来て」
なぜだか不機嫌そうなジェラと一緒に、私は劇場から出て空き地へと向かった。
柔らかな芝生を踏みしめ、大きく息を吸いながら伸びをする。少し肌寒いが、興奮で火照った頬には心地いい。
「んー! ここの風は気持ちいいわねぇ、まだ何にもないけど」
「本当に何もないな。ここはなんだ、公園か?」
「ここにはね、近いうちに展望台を作る予定なの」
こっちこっち、とベンチにジェラを誘って二人で座る。ここは今、街灯や花壇すらない、だだっ広い空き地だ。
でも、ここにもいずれ青空劇場と同じく、私の欲望の象徴を建設予定である。それが、展望台だ。
「展望台?」
「そう。私ね、自分が作る街を眺めたいの。だから、展望台。お城からも城下町は見えるけど、ちょっと遠すぎるからね」
見て、と青空劇場を指さす。
「ジェラがさっき言ったように、青空劇場はこれから物語を広めていく拠点になる。そのためには、演者を育成しないといけない。衣装や道具を作る職人さんも増やさないとね。すると、ここからたくさんの施設やお店が出来ていくでしょう? 学校とか、食べ物屋さんとか、宿屋とか。ここに展望台が出来たら、それが全部見えるのよ」
「なるほど、それは確かに見応えがありそうだ」
「でしょう? 物語は私が生み出すだけじゃない、どこにでも存在するし、今もどこかで生み出され続けているものなのよ! そして私は、この街が生み出す物語を隅々まで楽しみたいの!」
それが、この世界で見つけた私の夢だ。そして同時に、ジェラの夢を叶える土台でもある。
「……俺も、楽しみだな。このまま物語が広まっていけば、魔族の教育水準は飛躍的に向上するだろう。そうすれば、きっと食糧や貧困の問題も解決する筈だ。魔族と人族が争う理由もなくなるな」
「でしょう? 争いがなくなるのは、人族にとってもいいことだもの」
そう。全ては争いをなくすため。
決して自分自身が物語に浸かって生きていきたいから、ではない。断じて違う。
「……やはり、人族も争いは避けたいのだな」
「当たり前じゃない。戦争なんて、悲しみを生むだけ。それならジェラが言うように、二つの種族が協力出来る方がいいわ。ていうか、理想的よ」
「ならばネモ。お前に一つ謝罪と、提案がある」
「へ? 提案はまだしも、謝罪って?」
「まずは、これをお前にやる」
ジェラが差し出してきたのは、一冊の本だった。真っ白な表紙には、タイトルも何も書かれていない。
今更、中を見るまでもない。ある意味、今まで書いてきた中で一番思い入れがある物語だからだ。
「何よ、一番最初に書いた物語の本じゃない。あんたが勝手に売り捌いたやつ」
「売り捌いたことについては、もう何度も謝っただろう。そうじゃなくて、中を見てみろ。特に、終盤の方だ」
ジェラに言われるがまま、渋々本を開く。そして劇場から漏れる光を頼りに、私はクライマックスの辺りを斜め読みした。
そして、驚いた。魔族領に来てから、一番の驚きだった。
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