第四話 夢のためなら人脈だってフル活用よ

「へ? 姫……まさか、お知り合いですか?」

「ええ。ローデンヴァルト伯爵は、私の作品を販売する際にお力を貸して頂いてるんですの。先ほどお二人がご覧になったお嬢様は、伯爵のご令嬢であるベニータ嬢なんですよ」


 え。と、ハトリさんとジェラが顔を見合わせる。私が急に外向けの振る舞いにスイッチしたことへツッコミを入れることすら出来ないくらい驚いたようだ。

 流石に小説の稼ぎだけで、劇場を作るのは無理だった。だからこそ、私は協力者を探した。人族の姫の話を聞いてくれる貴族など居る筈がない、と思うのが普通だし、なんなら私もそう思っていた。

 ただ、波に逆らう捻くれ者というのはどこにでも居るそうで。


「伯爵は代々続く名家でありながら、とても柔軟で遊び心があるお方なんですよ。この劇場を建設する際にも尽力してくださって、お礼に招待状を送らせて頂きました」

「勿体ないお言葉です。元はと言えば、娘が姫の物語を大層気に入りまして。ぜひお手伝いさせて頂きたいと、お声がけさせて頂いたのです」

「ほう! それは蔑ろにするわけにはいかないな」


 ハトリさんが制するよりも先に、ジェラがハトリさんを押し退けて伯爵の前に立った。

 よし! 私は内心でガッツポーズした。


「この劇場はネモ……こほん、ネモフィラ姫の発案であるが、物語を普及させていくのは我が悲願である。ローデンヴァルト伯爵、この度の働き見事であった。魔王として礼を言う、そして今後も力を貸してくれると嬉しいのだが」

「は、はい! もちろんで御座います、陛下!」


 満足そうに、というか感極まった様子で自分の胸に手を当てる伯爵。それからジェラといくつか言葉を交わしてから、満足そうに去って行く伯爵を見送る。

 これぞ大勝利! 私、頑張った!


「ふふっ、うふふふ! よくやったわね、ジェラ。これでここに居る人たちにはもちろん、そうでない貴族にもジェラがどれだけ物語を重要視していることが知れ渡るわ。きっと、伯爵以外にもお手伝いしてくれる人たちが増えるに違いないわ!」

「なるほど、抜かりないやつめ。だから俺に魔王の目印である王笏を持って行けと言ったのか」

「いや、それは持ち歩きなさいよ」


 王笏で肩を叩くジェラが、呆れたように言う。相変わらず王笏を持ち歩く習慣はついていない。

 確かに持って行けとは言ったが、目印のためではなく、護身のためだ。毒味は必ずするくせに、ナタンに襲われたことを忘れたのだろうか、この男は。


「それに、ジェラに直接声をかけようにも、ハトリさんが怖いってことも見せられたからね。こうなったら、伯爵に仲介を頼むしかなくなるわよね?」

「ローデンヴァルト伯爵を関所扱いですか。ネモフィラ姫の手腕には驚きます。政治に向いてるんじゃないですか?」

「政治は嫌よ、難しいし面倒だわ。そういうのはジェラがすればいいの」


 なんて話をしていると、あっという間に開場時間になった。

 人の波が、少しずつ客席の方へと流れていく。開演まではまだ時間があるが、今回は私たち以外は自由席になので早めに席をとってもらうよう誘導しているのだ。

 ちなみに、誘導しているスタッフはお城で暇そうにしていた騎士たちである。


「わたし達も行きます? 一応、陛下が居るので席は確保してありますが」

「今はまだ人の出入りが激しいから、落ち着いてから行きましょう。その前に、挨拶したい人も居るしね」

「挨拶したい人?」


 二人を連れて私は劇場の出入口から一旦離れ、併設された広場の方へ向かう。すると、見覚えのある屋台が見えてきた。


「お疲れ様です、ハウエルさん!」

「お姫さま、お疲れさま」

「ハウエル? どうしてここに居るんだ」

「ふふふ、私がお呼びしました。演劇は意外とカロリー消費するからね」


 使える人脈は全て有効活用する。事前にハウエルさんにお願いして、ここで軽食を提供してもらうよう手配していたのだ。もちろん、ここもいつも通り有料で。

 劇場で食事は盲点だったのか、売り上げはかなりのものらしい。ハウエルさんもすっかりホクホク顔だ。

 これなら、噂を聞きつけた他の屋台も来てくれるかもしれない。最初はどういう形であれ、少しずつでもいいから物語に触れて欲しいからね。


「ふうん。それなら、別に食事をしてこなくてよかったな。ああ、でもライカにバレたら拗ねるか」

「あはは。普段はいつもの公園に居るから、ライカはその時に連れてきてくれると嬉しいな」

「そうだな、わかった。また連れてきてやらないとな」

「……今の会話は聞かなかったことにするべきでしょうかね」


 朗らかに会話をするジェラとハウエルさんに、ハトリさんが頭を抱える。のどかなやりとりに、思わず吹き出すようにして笑ってしまう。

 でも、不意に首筋に冷たいものが走った。


「え……な、何だろう、今の」


 反射的に身体を強張らせ、周りを見回す。

 なんだか、冷たい気配を感じたのだ。まるで氷のような、それでいて研ぎ澄まされたナイフのような。

 得体の知れない感覚に、不安で肌がぞわりと粟立つ。


「ネモ、どうした?」

「う、ううん……何でもない」

「そうか。ではハトリ、そろそろ俺たちも行くぞ」

「わかりました。では、足元にお気をつけて」


 人の動きも落ち着き、開演時間も間近に迫っていた。ハトリさんが先行し、ジェラと私が後に続く。

 不意に、ジェラが私の手を掴む。


「ジェラ、どうしたの?」

「いつかのように、勝手にどこかへ走り出されたら困るからな。迷子にならないよう、捕まえておこうと思って」

「も、もう! まだあの時のことを根に持ってるの?」


 意地悪な笑みを浮かべるジェラに、負けじと力を込めて握り返す。その手の力強さと温かさで、不安は跡形もなく溶けてしまった。

 だから、気づけなかった。


 分厚いローブを着込んだ何者かが、私たちのことを鋭く睨みつけていたことに――

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