第三話 世界初の屋外劇場が出来上がりました!


「本日、旧市街区に新設された『青空劇場』にて記念演劇を行います! 入場無料ですので、貴族の方も平民の方もお気軽にどうぞー!」


 数か月前までゴーストタウンだった旧市街区が、今日は見違えるような騒がしさだった。道も多少ではあるが綺麗に舗装され、取り壊し途中だった街並みもかなり工事が進んでいる。

 そして、新たに建設されたのがこの『青空劇場』である! どん!


「おお! これは意外と立派なものではないか。俺は建設途中のものしか知らなかったが、これほどのものが出来るとは思わなかったぞ」

「でしょでしょ? 私も驚いちゃった。皆が頑張ってくれたんだなーって、凄く感動しちゃったわ」


 驚きと感動で目を輝かせるジェラの隣で、私も飛び跳ねたくなるくらいに嬉しかった。

 円形のステージと、扇状に囲う客席。いわゆる、屋外劇場である。収容人数はなんと千人! 物語がないこの世界における初の劇場としては、かなりの大規模だ。

 私は小説ではなく物語が好きなので、もちろん演劇も大好き! だからこの半年間、頑張って物語を書いて、稼いだお金で色々やりくりして、この劇場を作ったのである!

 元々、旧市街区は取り壊すことは決まっていたものの、そこからどういう街づくりをするかは未定に近かったのだそう。

 だから、私は決めた。この区画を、物語で溢れる夢の街にするのだと!


「ですが姫、本当に誰でも無料でいいんですか? しかも、貴族も平民も一緒だなんて」


 私たちの背後で控えていたハトリさんが、心配そうに言った。確かに、客席を有料化すればかなり稼げるだろう。


「確かに……いくら物語を広めるためとはいえ、さすがに身銭を切りすぎではないか?」

「心配ご無用。お金のことだって、ちゃんと考えてるわよ。ふふん」


 ジェラまで不安そうな顔をしてきたので、私は胸を張って不敵に笑ってやった。

 もちろん、ちゃんと対策はしてある。私はその対策を見せるために、指をさした。


「時に二人とも、あれを見てみたまえよ!」

「あれ、とは?」

「急に口調どうしたんですか?」

「青空劇場にて特別記念舞台、ネモフィラ・ストラーダ姫の『美少女メイドと野獣騎士』が一時間後に開演でーす!」


 私たちの先には、看板を持ったダークエルフの女の子が笑顔でよく通る声で何度も演目を繰り返している。最初の舞台演目は言うまでもなく、私がシナリオを書いた。

 決して自己主張が激しいわけではない。この世界に舞台に出来そうな物語がないのが悪い。


「……あの子がどうしたんですか? 普通にお客を呼び込んでいるように見えますが」

「まさか、タダ働きか? 劇場のことは一任すると言ったとはいえ、そこまで鬼畜な仕打ちをするのか?」

「ちゃんとお給料払うしっ! そうじゃなくて、よく聞きなさい」


 いわれのない誹謗中傷を即座に否定し、二人にもう一度同じ方向を向かせる。


「なお、『美少女メイドと野獣騎士』の小説版を終演後に販売いたしまーす。本日限定ですので、お財布の用意を忘れることのないようお願いしまーす!」

「……なるほど。抜かりないな」


 ジェラが納得した、と言わんばかりに表情を引きつらせる。確かに客席代は無料だが、他はちゃんと有料にした。

 今回の演目の小説版は、他の小説とは異なり今日一日しか売らない。このプレミア感で恐らく、用意した部数は完売出来る筈。


「ふむ……でも、そんなに上手くいきますかね? タダで見られるものを、媒体が異なるとはいえわざわざお金を出して買います? しかも劇場には平民や貧民も来るということで、貴族からの反応はあまり良くなかったですし」


 ハトリさんはまだ腑に落ちないのか、不思議そうに首を傾げる。もっともな意見だ。

 今のところ、まだ本というのは高価な嗜好品という色合いが強くて、買ってくれるのは主に貴族だ。

 そして今回の記念舞台に関してはハトリさんの言う通り、貴族からは安っぽい催しだと思われていた。

 でも、勝算はある。私の隣に。


「いえいえ、ちゃんと貴族の皆さんに買って貰うわ。だって、ジェラがここに居るんだもの。買わない筈がないわ」

「は? 俺がなんだと」

「へ、陛下!? まさか本当に、陛下がここに足を運ばれるなんて!」


 民衆の一角から歓喜の声が上がる。遠目から見ても、身なりがいい中年男性だとわかる。

 尖った耳はリュシオンと同じだが、男性は浅黒い肌に赤い髪のダークエルフだ。人の波を掻き分け、嬉しそうな顔でこちらに駆け寄ってきた。


「止まりなさい。あなた、貴族ですよね。許可なく陛下と言葉を交わすおつもりですか?」


 しかし、すぐにハトリさんがジェラを庇うように躍り出た。今日も護衛の二人が居ないので、ハトリさんが代役だ。

 最初は不安だったが、今の身のこなしには思わず眼を見張る。


「すご、今のハトリさんの動き見えなかったわ」

「ハトリは昔、俺の護衛だったからな。騎士団長たちのように軍を率いるタイプではないが、あれとやり合うのは中々に骨が折れる」

「う、ハトリ様……わたしは、その」


 ジェラとひそひそ話している傍で、ただでさえ迫力のあるハトリさんに凄まれた男性が後退る。

 というのも、ジェラは市街区はちょくちょく出歩いているくせに、貴族街に足を運ぶことはおろか、貴族との交流も必要最低限にしかしない。恐らく、平民よりも敵が多いからだろう。

 だからジェラと交流出来れば、それだけで貴族の中では箔が付く。私はそこを狙ったのだ。


「ご機嫌よう、ローデンヴァルト伯爵。ようこそおいでくださいました」

「ね、ネモフィラ姫! ええっと、本日も麗しいですな。もちろんですとも、姫から直々に招待して頂けたのです。この日がずっと待ち遠しく、昨日など眠れなかったくらいです」


 私が割り込んできたことで、伯爵の表情が幾分和らぐ。これに驚いたのは、ハトリさんの方だった。


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