第二話 他人が居る場所での作業は意外と捗る ※個人差があります

 それからしばらく、ジェラと相談してプロットを修正する作業に没頭した。結構形になったとは思うのだが、やはりこの世界で本格的な王道ミステリーがどれくらい受け入れられるかが未知数だ。

 実際に小説を書いて、出来るだけ大勢の人に読んで貰うしかない。駄目だったら、何が駄目だったのかを考えよう。手間がかかるものの、今は前世と違ってジェラが居る。

 読者ジェラが居るだけで、不思議なことに執筆意欲がどんどん湧いてくる。物語のネタが、止め処なく噴水のように溢れてくるのだ。次はどんな物語にしようか、こんなお話はどうだろうって。

 前は新人賞で落選する度に落ち込んでいた。誰にも読んで貰えない状況に何度も筆を折ろうとして、でも出来なくて、惨めたらしくひび割れた筆を夢という名のテープで補修してしがみついてきた。

 でも、今は違う。失敗も成功も、全部ひっくるめて楽しい! 純粋に物語を楽しめていることが嬉しい!


「ネモ、どうした? なんだか顔面がふにゃふにゃしているぞ」

「そ、そう? そんなことないわよ……うひひ」


 ジェラにドン引きされて慌てて顔を手で押さえるも、高揚した気分は簡単には鎮まりそうにない。

 何とか落ち着こうと深呼吸をしていると、品のいいノックと共にハトリさんが執務室に入ってきた。


「おはようございます。お二人とも、お揃いでしたか」

「おはよう、ハトリ」

「ハトリさん、おはようございます」

「また物語の打ち合わせですか。ネモフィラ姫はまだしも、陛下は程々に。というか始業時間はとっくに過ぎていますけど、今日のお仕事はどうしたんですか?」

「ふっ、聞いて驚け。まだ手もつけていないぞ」


 ふはは! と開き直ってふんぞり返るジェラに、いつもと同じ筈のペストマスクが凄みを増したように思える。

 ヤバい、怖い。私は慌ててプロットを引っ込めた。それだけではなく、残りのカヌレとお茶を平らげて、ソファから立った。


「よ、よーし! このプロットはある程度固まったから一旦ここまで。今日は書きかけの原稿を終わらせちゃおうかしら。ほらジェラ、あんたも自分のお仕事を終わらせなさい。明日はお出掛けするんだから、お仕事を残さないようにね」

「姫の言うとおりですよ、陛下。さあ、お仕事です。こちらの書類、今日中に全て確認してください」


 ハトリさんが手に持っていた大量の書類をジェラに押し付け、そのまま彼の腕を引っ張って机の前に座らせた。ジェラはまだ何か言いたげだったが、ハトリさんの圧と押し付けられた書類に顔をしかめながら仕事に取り掛かった。

 私もそそくさと、自分の机に向かう。机の上にあるのは、もはや愛機と呼んでも過言ではない魔法道具。レトロPCのような見た目のこれが、今の私の執筆道具である。

 文字を打ち込むためのキーボードと、文章を映す画面、内容を記録する魔石。この道具は魔王ジェラルドが開発したものであり、高価を超えて値段などつけられない品である。

 まあ、物語を書く上で必要だからと訴えて、私専用のものをタダで作ってもらったんだけど。


「それにしても、ネモフィラ姫がこのお部屋で執筆するようになってから、陛下のお仕事の効率も上がりましたね。最初にここで執筆したいと仰られた時は面食らいましたが、人目が多いというのは意外と作業が捗るんですね」

「そんなに変わったの?」

「ええ。以前までは、この時間になってもまだベッドの中で爆睡していることもありましたからね」

「ハトリ、いらんことを言うな」


 書類に視線を落としたまま不貞腐れるジェラに、ハトリさんがクスクスと笑った。私もつられて笑いながら、改めて室内を見回す。

 壁一面に設置された本棚には、資料や巻物が所狭しと押し込まれている。綺麗すぎず、静か過ぎないこの空間はなんとも落ち着く。

 最初こそ私は自分の部屋で物語を書いていたのだが、テレビも無ければパソコンで作業用の音楽を流すことも出来ない空間ではどうにも捗らなくて。図書館や食堂などを転々として、最終的にここに行き着いたのだ。

 この部屋は乱雑でありながら、常に穏やかな空気が流れている。何より傍にジェラが居るので、気分転換にベッドへダイブすることも出来ない。いつしか彼の机と九十度になる形で専用の机と椅子を置いてもらって、ここが私の仕事部屋になった。

 とは言っても、ジェラは常にこの部屋に居るわけではない。玉座で客人と謁見したり、会議に参加したり、どこかに視察へ行ったりと毎日忙しそうにしている。


「ハトリ、今日は特に人と会う予定はなかったよな?」

「ええ。最近は陛下との謁見を求める者が多かったのですが、今日は何もありません。心置きなく、積み重なった書類仕事を片付けてくださいませ」

「す、好きで積み重ねていたわけではないぞ!? 人と会う予定が多かったせいで、手が回らんかっただけだ!」


 ハトリさんのとげとげしい言葉に、ジェラが慌てて取り繕う。忙しいと言っている割には、ちょくちょくお忍びで城下町の方へ足を運んでいるのだが。そして多分、ていうか絶対にハトリさんにもバレている。

 なんにせよ、今日のジェラは一日この部屋でのお仕事らしい。適度な雑音を求めている私にとっては朗報である。

 はー……落ち着く。もはや実家のような安心感。


「そうそう、本日は夜までリュシオンとシェレグの二人が不在ですので、外出もしないようお願いします。キナコも居りませんので、姫も可能ならば陛下と一緒に居てください。護衛やお世話を預かる身としては、その方がラクなので」

「はーい。それにしても……キナコちゃんたち、ちゃんと上手くやれているのかしら?」 


 騎士の二人と、メイド。普段は私やジェラの傍から離れない三人が、今日は揃って同じ用事で不在である。

 三人は明日のイベントに向けた準備のために外出している。で、私とジェラはイベントのゲストとして参加する予定だ。


「まあキナコはともかく、騎士団長の二人は付き合いが長く城内でも名コンビと言われておりますから。何かあっても、どうにかなるでしょう」

「うむ。明日がとても楽しみだな」

「うう……胃が痛い思いをしているのは私だけなのね……」


 キリキリと痛むお腹を擦りながら、時に悩み、迷いながら原稿を進める。ジェラも真面目に仕事をこなしていく。

 そうして、今日は穏やかに時間が過ぎて行った。

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