四章
大躍進!
第一話 物語をどんどん作るのだ!
私が魔族領に来てから、あっという間に半年もの時間が経過した。
そしてこの半年で、魔族領は着実に変化していた。
「おはよう御座います、ネモフィラ姫さま。こちら、差し入れです」
「まあ! 美味しそうなカヌレ、もしかして手作り?」
「はい。キナコさまほど上手ではないのですが、よければ執筆のお供に食べて頂けると嬉しいです」
「ありがとう、とっても嬉しい。大事に頂くわね」
「光栄です。わたし、ネモフィラ姫さまの物語大好きなんです。こんな形でしか応援出来ませんが、頑張ってくださいね!」
最近仲良くなった新人メイドのセシリーさんから、カヌレの入った箱と激励の言葉を受け取る。蜂蜜の甘い香りに心が踊る。
近頃よく、こんな風に差し入れや応援をして貰えるようになった。私はお礼を言ってからセシリーさんと別れると、すっかり見慣れた魔王城の中を急ぎ足で進む。
向かう先は私の作業部屋兼、魔王ジェラルドの執務室である。
「おはようジェラ!」
「ふあ……ああ、おはようネモ。お前は朝から元気だな」
「あんたは相変わらず朝弱いのね。うはあ、モフモフ……今日もいいモフモフしてるじゃない、よーしよしよし!」
「うあああ、やめろおぉ……髪をぐしゃぐしゃにするなぁ」
「おほほほほ! 始業前だからって、だらだらしてるのが悪いのよーだ!」
自分の机に突っ伏してむにゃむにゃしているジェラの髪を、思う存分に撫で回す。彼の柔らかい髪は猫ちゃんをモフりたい欲を満たすのに丁度いいのに、あまり触らせてくれないのだ。
でも朝ならば、このように触り放題である。しばらくモフり、満足したところで髪を整えてやる。そして机の上にカヌレの箱を置いて、彼にも見えるように開いて中を見せた。
「はい、起きて起きて。まだ時間があるとはいえ、ハトリさんが来る前にしゃんとしないと。そうだ、セシリーさんからカヌレを貰ったのよ。一緒に食べましょう」
「セシリー? 入ったばかりのメイドだったじゃ。ふむ、美味そうだな。だが、その前に」
もそりと身体を起こしたジェラが、カヌレに向かって指を立てて円を描くように軽く振った。すると、彼の指先から銀色に輝く小さな蝶が生まれてカヌレの周りを飛び回った。
しばらくすると、蝶は風に攫われるように消えていった。息を飲むような美しい光景だが、私はすでにその魔法の意味を知っているのでうんざりしてしまった。
「何よ、また毒味? ジェラって意外と用心深いわよね」
「ネモは最近、自分が人族の姫であることを忘れていないか? とにかく、キナコとハウエル以外から貰う食物は用心しろ」
「はいはい、わかりましたー。とりあえず、お茶を淹れるわね」
ジェラの小言から逃げるように、部屋の角にある棚からティーセットを取り出し二人分のお茶を淹れる。彼はそれ以上何か言ってくることはなく、軽く唸りながら伸びをしている。
先ほどの蝶は毒味の魔法だ。毒物や呪いなどの害に触れると、蝶が黒く変化するのだと聞いたが、今のところ見たことがない。ジェラは自分が本当に信用している人以外から貰った食べ物には、必ずこの魔法を施している。
ナタンのように敵対する者がこれまでにも居たのだろうし、魔王という立場を考えれば過去に食べ物で何かあったのかもしれない。それにしては平気で市街区に足を運ぶし、自分で何でもするし。警戒心片寄りすぎでは。
そんなことを考えていると、やっと目が覚めたらしいジェラが見覚えのあるチラシを持って立ち上がった。
「そうだ、ネモ。新作のプロットを添削したぞ」
「えっ、もう⁉ 早くない? 昨日の夕方渡したばっかりなんだけど」
彼が自分の執務机から離れ、応接用のソファに座ってしまったので私もそちらへ向かう。用意した二人分のお茶をテーブルに置いて、カヌレをお皿に盛ってから彼の向かいに腰を下ろした。
こうなると始まるのが、それはそれは壮絶な打ち合わせである。
「うむ。そうは思ったが、ネモの新作とあっては睡眠時間を削ってでも読みたかったのだ」
「あんたも自分が魔王ってこと忘れてない? 夜更しなんてするから毎朝眠いのよ」
「ふははっ! 痛いところを突いてくるではないか。まあいい。今回の『グローヴァー探偵事務所』のプロットだが」
そう言いながら、ジェラがチラシを私に差し出した。『豚バラ肉ブロック二千五百ユピー』と書いてある表側ではなく、裏側を上にして。そこには私がペンで書いたプロットと、彼が赤いインクで書いた添削の文字でいっぱいになっている。
最初は目の前で自作品を読まれるだけでも恥ずかしくて死にそうだったが、毎日のように繰り返してきたことで、今は少しだけ慣れた。
どうしてジェラにプロットを見てもらっているのかというと、私が物語を書く上で人族と魔族の文化の違いが、そして前世での癖がどうしても出てきてしまうからだ。だからプロットの段階で彼にチェックして貰って、出来るだけ魔族に受け入れられるような物語に出来るよう努力している。
最初は「なぜチラシ裏に書くんだ」という文句と共に最高級の羊皮紙を渡されていたのだが、どうにも緊張してしまって何のアイデアも浮かばなくなってしまったので、結局捨てる前のチラシを再利用する形に落ち着いた。
こうして、人族の姫と魔族領の王がチラシを挟んでああだこうだ言い合うという図が出来上がったのである。
「今回の物語は次々と起こる殺人事件を、探偵である主人公が推理して犯人を見つけるという内容なのだな。これもまた新しいな!」
「う、うん。そうね……これでもかっていうくらいに王道ミステリーだけどね」
ジェラが目をキラキラと輝かせているので、深くはつっこまないけど。元々物語が無かった世界にとっては、どんな王道ストーリーでも目新しいし面白いのだそう。
「最近は短い話ばかりだったが、今度のものは結構長くなりそうだな」
「あ、やっぱりそう思う?」
「俺は楽しみだが……なんというか、子供向きではないな」
ジェラの指摘はズバリと的を射ていた。今までは、というか最初に書いた物語の後にもいくつか書いたのだが、それらは『おとぎ話』をオマージュしたものだった。
彼が子供たちに読み聞かせていたこと、そもそもこの世界の人が物語に慣れていないことから、まずは短くて読みやすいお話を書いたのだ。
ちなみにウケがよかったのは、シンデレラや白雪姫のような一発逆転ものだった。反対に、浦島太郎のような最後に主人公が哀れな目にあうお話は微妙で、人魚姫に至っては「人魚は確かに美しいが、こんなに殊勝な性格じゃない」とプロットの時点でボツになった。この世界自体がファンタジーな世界なので、おとぎ話は相性がよくないみたい。
それから、桃太郎のような勧善懲悪ものは避けた。無用な争いを誘発しそうだし、なんとなく書く気にならなかった。
「確かに子供向きじゃないかもね……でも、こういうミステリーって物語の構成としては一番わかりやすくて王道なのよ」
「王道?」
「そう。最初に大きな問題を提示しつつ、各所に問題を解決するための手掛かりを散りばめる。読者は手掛かりを拾いながら、大きな問題の答えを予想しつつ読み進められる。今回の大きな問題は殺人事件。でも物語によっては、貧乏な主人公がどうやってお金持ちになるか、誰かに恋をしている主人公がどのような恋愛をするのかが大きな問題になるの」
「……なるほど」
私はテーブルに置いてあったペンとメモ用紙を拝借して、ジェラに図を書いて説明する。
彼とこうして物語について話し合う時はいつもこの場所なので、いつの間にかペンとメモ用紙がテーブルに常備されるようになっていた。
「そこまで言うなら、書いてみるべきだ。子供向けではないが、大人にはウケると思うぞ。何より俺が楽しみだ」
「そ、そう。あんたは大体なんでも楽しみって言うから、もう何にも思わないけどね」
ぼすん、と背もたれに体を預けて顔を背ける。毎日のように聞いてきた言葉で未だに照れてしまうなんて、そんなことは絶対にない。
耳まで熱いのは……たくさん喋ったから、ということにしておく!
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