第九話 小さな一歩、しかし状況を打破する変換点!
魔王が落ち着いたのは、それから一時間くらい経った頃だった。最初は気恥ずかしそうにしていが、色々吹っ切れたらしく、彼は山盛りのマフィンをバクバクとヤケ食いし始めた。
私もお腹が減ったので、魔王と一緒に食べた。冷めてしまったが、どちらも凄く美味しい。
野菜のフレーバーなので、カロリーはゼロだと思うことにした。
「うーん……やっぱり、気になる」
マフィンを食べてから、私は床に落としたままにしていた王笏を持ち上げる。魔王は喉が渇いたと言ってお茶を淹れに行ってしまったので、部屋に居るのは私一人だ。
……試してみるなら、今しかない。
「丁度いい大きさなんだよねぇ」
私はお守りをポケットから出すと、空の台座に押し込んでみた。少し硬いが、私の予想は的中した。
カチッ、と小さな音を立てて、お守りが台座に収まった。
「わあ! 思ったとおり、ぴったりじゃない!」
私は立ち上がり、王笏を持ち上げてまじまじと眺める。全ての台座に魔石が収まり、本来の王笏はこんな感じだったのかなと達成感に浸る。
すると、不意に視線を感じた。
王笏に収まったお守りが、ぎょろりと私を見たのだ。
「ひいっ!? な、なに今の!」
また投げ出しそうになるも、なんとか堪える。お守りの中の光が真ん中に集まり、まるで瞳孔のように見えたのだ。でも、それは一瞬で。今見ても、特に変わった様子はない。
見間違い、だろうか。目を擦ってみるも、やはりお守りに変化はなかった。
「き、気のせい……よね。とりあえず、魔王が戻ってくる前に外さないと……え、やばい。外れなくなっちゃった」
ぴったりと台座に収まってしまったお守りは、私の力ではどうやっても外れそうにない。摘んで引っ張ってみても、魔王の机から拝借したペンで押し出してみようとしても無駄だった。
「姫? 何をしているんだ」
なんとか言い訳を考えるも、思いつくよりも先に魔王が空気も読まずにお盆を片手に戻って来てしまった。
マズい、怒られるかも。こうなったら、何か言われる前に謝るしかない。
「ご、ごめん魔王! 丁度いい大きさだったから、私のお守りでもイケるかなって思って試してみたんだけど、ぴったりすぎて外れなくなっちゃった!」
王笏を差し出して、外れなくなったお守りを指差す。
一体何を言ってるんだと怪訝そうに首を傾げるも、彼の目が信じられないものを見るように大きく見開かれた。
「なっ、お前……! どうして、それを」
「だ、だって。どうしても気になっちゃって。一か所だけ空っぽなの、気になっちゃって!」
つかつかと歩み寄ってくる魔王にびくびくしてしまうも、叱られることはなかった。伸ばされた手に反射的に目をギュッと瞑るも、王笏を奪われ代わりにお盆を持たされる。
目を開けると、魔王が王笏に収まるお守りをまじまじと見つめていた。
「姫……なぜ、お前がこの魔石を持っていたんだ?」
「ま、魔石? それ、魔石なの? でも、ロニーはガラクタだって言ってたわよ」
私には魔石とそうではない石の見分けがつかないのだけれど。魔王が一度私を見て、再びお守りに視線を落とした。
「ガラクタ……確かに、この魔石からは何の魔力も感じないな。だが、ここに収まるということは、俺が探していた記憶の魔石で間違いない筈なんだ。姫、この魔石をどこで?」
「えっと、昔すぎてよく覚えてないけど……私のお城で拾ったのよ」
「お前の城で……そうか、そういうことだったのか。だからお前はあの時――」
「ちょっと、一人で納得しないでよ」
私は全然わからないのに! 文句を言って説明を求めるも、彼の意識はすでにお守り……ではなく、魔石の方に向いてしまっていた。
「なんにせよ、この魔石があれば十年前の真実を暴ける筈だ。よくやったぞ、姫。褒めてやろう」
「魔王としての調子が戻ってきたのは何よりだけど……まあ、いいわ。それより、その記憶を見せてよ。このお守りが本物の魔石なら、過去を再生することが出来るんでしょう?」
はやる気持ちを押さえるように、お盆をテーブルに置いて覚悟を決める。誰が犯人であろうとも、私は受け入れなければならない。愚か者には必ず罪を認めさせるのだ!
でも、過去の記憶とやらはいつまで経っても再生されなかった。
「どうしたの?」
「……わからん」
「はい?」
「この魔石をどう扱うのかがわからん。魔力を注いでも、何の反応も示さないんだ」
眉をひそめ、ああでもないこうでもないと魔王が悩み始める。細かいことはよくわからないが、どうも他の魔石とは勝手が違うのだそう。
「……駄目だ、やはりこれは探していた魔石ではないのかもしれん。今度こそ、あいつの罪を暴くことが出来ると思ったのに」
徐々に曇り始める彼の表情。せっかく希望が見えたのに、それは偽物だったのかもしれない。私はとっさに彼の腕を引き寄せ、ソファに座らせた。
「うーん、魔石や魔法のことで私がアドバイス出来ることなんて何もないけど……焦る必要はないんじゃない? あんたには他にも、やることがいっぱいあるわけだし」
「むう、それもそうだな」
「そのお守り、あんたにあげるわ。お守りのブレスレット貰ったし、あんたって見てて危なっかしいから……今更だけど、あんたのことをなんて呼べばいいのかしら」
二つのカップにお茶を注ぎ一つを彼に渡し、自分の分を飲んで落ち着きつつ。ふと思う。
今まで彼のことを魔王と、雑に呼んでいたけど。なんか、ちゃんと名前で呼んであげたい気分になった。
「ジェラルド……うーん、改めて声に出すと仰々しいわね、あんたの名前。濁音が多いせいね」
「褒められているのか、貶されているのか」
「ジェラルド……ジェラルド……ジェラ、ジェラがいいわ! 呼びやすいし、響きがジャラジャラに似てるわ」
「ジャラジャラ?」
「お金がジャラジャラ、とか言うでしょう? 守銭奴のあんたにはぴったりね」
「それは貶されているな、すぐにわかったぞ」
「というわけで、今からあんたのことジェラって呼ぶからね」
念を押して、納得させる。魔王……じゃなくて。ジェラは何か思うことがあるようだが、文句は言わなかった。
よかったよかった。そういえば、かなり長い時間居座ってしまった。このままでは本当に夜が明けてしまう。
「じゃ、私はそろそろ部屋に戻ろうかな――」
「ネモ」
「……へ?」
「お前が俺をジェラと呼ぶなら、俺もお前をネモと呼んでいいのだろ?」
ニンマリと意地の悪い笑顔。なぜか高鳴る鼓動。そういえば私、姫という立場のせいか両親や友達にも愛称で呼ばれたことなんてなかった。なんだか、彼との距離が急接近した気がする。
何これ、どういう感情なの私! なんでこんなにドキドキするの、死ぬの!?
「くく……お前、なんという顔をしているのだ……ふ、ふふ」
「わ、笑わないでよ! あんただって、多分同じ顔してたわよっ」
「そうか? そういうことにしておこう……ふっ、くく」
大笑い、とまではいかないけれど。溢れる笑みに、ほっとした。少しは元気になってくれたらしい。
「やれやれ。ネモ、お前は凄いな」
「凄いって、何が?」
「先程まで水も飲む気にならんくらいに憂鬱だったのに、お前と話しているだけで、これからも何とかなる気がしてきた」
「そ、そうなの?」
「そういえば、昼間に会った子供たちもそうだな。彼らは親を失くし、住む場所もなく、飢えを凌ぐだけの日々にずっと暗い顔をしていたんだが。あの物語を読み聞かせただけで笑顔になってくれたんだ。ネモのおかげだぞ」
それは疑う余地もなく、素直な賛美だった。魂ごと揺さぶられる言葉に、押し隠していた筈の欲が野望となって噴き出した。
人族という建前とか、姫という立場とか、そういったどうでもいいものが激情の波に押し流されていく。
そうだ、そうなのだ。
物語は、凄いのだ!
「決めたわ、ジェラ! 私、物語を書くわ!」
「ん? 前から書いていたではないか」
それこそ今更では、と呆れられる。でも、違う。そうじゃない。
バッと立ち上がり、ジェラを振り返る。
「私、今までは自分のためだけに書いていたのよ。私が楽しければよかったの。他人に読んでもらえるような物語なんて、私には書けないと思ってたから。でも、そんなこと言ってられない。物語には無限大の可能性があることを証明する、それが私の使命なのよ!」
「無限大の可能性?」
「そうよ。物語はお勉強にもなるし、経済も回すし、何より人を元気づけてくれるの。物語があるからこそ、私たちは生きることが出来るのよ!」
だからジェラ、彼の手を両手で握り締める。そして外にも聞こえるくらいに、私は堂々と宣言した。
「ジェラ、決めたわ。あの旧市街区、私が買うから!」
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