第五話 明るみになった真実
「魔王は凄いわね、見直した。それなら……私にも、何か出来ることって、あるのかな」
私は今まで、あれこれそれっぽい事情を考えて、やらない理由を探していた。魔王に協力しないのは、人族のためだと納得しようとしていたけれど。それは本当に人族のためなのか。
彼が言っていたように、両種族が手を取り合う土台を作る方が人族にとっていいのかもしれない。いや、きっとお互いのためになるだろう。
魔王のことを強引で、自分勝手な男だと思っていたけれど。それは彼がちゃんと行動しているから。ちゃんと王としての責務を全うしているからであって。
鼻につく言動は多々あれど、何もしていない私が文句を言うのは筋違いだ。彼に物申すなら、私も何か行動を起こさなければ。
私の中で固まっていた意思がひっくり返りそうになる。でも、そこで思考は中断されてしまった。
「おやおやぁ? 魔王のくせに、どうしてこんな場所で遊んでいるんですか……ジェラルドお坊ちゃま」
知らない声だった。気味の悪い、しゃがれた男の声。見ると、暗い路地から出てきたオーガ族の男が魔王を睨んでいた。
くすんだ色の肌に、頭に生えた二本の角。魔王よりも背が高く、体格もいい。見るからに禍々しく、威圧的な見た目。さらに、その手に持つ錆付いた戦斧に、嫌な予感が募る。
魔王の知り合いなのだろうか。でも、今まで会ってきた人の中で彼のことを『お坊ちゃま』なんて呼ぶ者は居なかった。
「ナタン……? どうして、こんな場所に。故郷に帰ったんじゃなかったのか?」
魔王が驚いた様子で立ち上がる。彼の顔に、再会を喜ぶ表情はない。
「ええ、ええ。確かに帰りましたよ、一度。でもね、追い出されたんですよ。なぜかわかります?」
ナタンと呼ばれた男が、口角をつり上げて笑う。ケラケラと笑い声を上げているくせに、血走った目は凄まじい憎悪を抱いて魔王を睨んでいる。
「オーガは何よりも強さを誇る種族。だから、おれも昔は故郷で英雄だったよ。あんたのお父上、エドガルド様直々に将軍に任命されたんだからなぁ。だが、それも十年前のあの日までだった。ひゃひゃ、あの頃のお坊ちゃまもそこに居るガキと同じくらいだったなぁ?」
「ひっ……」
「王笏に押し潰されそうになってたお坊ちゃまが、すっかり立派になったもんだ。見た目だけは」
怖がる子供たちが、スカートにしがみつく。私は立ち上がって、皆を庇うために後ろに下がらせた。何か言った方がいいのだろうが、何を言えばいいのかすぐには思いつかない。
迷っている内に、私の存在に気が付いたナタンの目がぎょろりと私を見やる。
「最初はね、あんたにも同情しましたよ。一晩でご家族全員を失うなんて、あまりにもカワイソウで」
「え……」
あまりの衝撃に、声が漏れる。脳裏を過ぎったのは、今朝の悪夢だ。血だまりの中、たった一人で座り込んでいた魔王の姿。
まさか。声すら出せずに、唇だけがもぞもぞと動く。そんな私を見て、ナタンは顔面をひしゃげさせるように笑った。
「ひゃひゃっ! 人族のお姫様、あんた知らなかったのかい? ああ、まさか何も知らない姫君を囲って何か企んでたんですかねぇ。それはそれは、お坊ちゃまには悪いことを」
「ナタン、俺はそういうつもりで彼女をさらったわけではない」
「じゃあ、何のためです? 教えてくださいよ。場合によっては、魔王軍に復帰してあげますよ。人手不足なんでしょう?」
「自分から辞めたくせに、なんのつもりだ」
「同情してあげてるんですよ。たった一人で生き残った哀れなお坊ちゃま、あんたも人族に思うことがないわけではないでしょう? 憎んでいないわけがないでしょう⁉ 勇者がしたことを、小癪なあの男の愚行を許せるとでも⁉」
「まさか……! ナタン、止せ。それ以上は――」
「やかましい!! 生き残った者の責任すら果たせない弱虫が、おれに指図するな!」
魔王が名前を呼んで止めるも、ナタンは止まらなかった。先ほどまでの笑みはもうどこにも無かった。
額に血管が浮き出る程に怒り、血を吐くように、ナタンは叫んだ。
「あの男、勇者はエドガルド様との戦いを避けた。夜中に城内へ忍び込み、あろうことか幼いミシェル様を人質にして、エドガルド様とアルフィオ様に自死を要求した。そしてお二人が亡くなった後、ミシェル様を解放すると見せかけてリーセ様ごと背中から殺したんだ!」
「な……なによ、それ!!」
気がついたら、叫んでいた。ありえない、信じたくなかった。ナタンの出任せだと信じたかった。
そもそも、そんなことはあり得るのだろうか。
「で、でも……勇者と魔王の戦いは、王竜が見守っているから……そんな反則行為を、勇者がするはずなんて」
震える声で、私は反論した。この世界における人族と魔族の戦いには、決まりがある。それは、勇者と魔王は決闘にて決着をつけろというものだ。
王道だが、言い伝えによると王竜が神の意思を汲んで定めたルールなのだそう。
しかし長い歴史の中において、魔王が人族領へ侵攻したことは度々あったし、勇者が旅の途中で力尽きたことも少なくない。それでも、人族はひたむきに王竜に従って生きてきた。
もちろん、王竜の存在を気にしない悪党は少なくない。しかし他でもない勇者が、そんな人道を外れた行為に手を染めるとは考えられない。
「したんだよ、これは事実だ。現に証拠はある。見てみろ、お坊ちゃまが持ってる王笏を。魔石が一つ足りねぇだろ? 王竜はな、そこにある筈の魔石を通して世界を見ていると言われている。それを勇者も知っていたんだろう。わざわざ王笏から外して、持ち去りやがったんだ。勇者が王竜に見られたくない悪事を犯した証拠としては、十分だと思わねぇかな?」
思わず、魔王の王笏に目が行く。彼は失くしたと言っていたが、考えてみれば王笏についていた魔石が無くなるなんて大事だ。
魔王が自分から魔石を捨てる理由なんてないだろうし、側近の誰かが盗むというのも考え難い。魔王が反論出来ないでいるのが、何よりの証拠だろう。
ならば、真実はナタンの言う通り。ゲルハルトはエドガルドとの戦いを避け、一方的な殺戮を繰り広げた。
「でも、それならどうして王竜は何も言わないの? 勇者がそんな反則を犯したなら、人族に何らかのペナルティが与えられても……もしかして、ライカって」
「そう。ライカは勇者が犯した反則の代償として、王竜が魔王さまに与えた竜だ」
「ロニー、それ以上は」
「勇者のせいで、魔王さまの家族は全員死んじまったが……勇者や勇者の仲間たちも、その後すぐに死んだんだろ? だから、人族への罰は無しだったんだ」
魔王の声は聞こえてるだろうに、ロニーは淡々と話を続けた。彼の表情を見れば、悪ふざけで口を出しているわけではないのは明らかだ。
……ということは、今朝の悪夢はただの悪夢ではなかった。魔王の過去、そのものなのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます