第二話 気が大きくなってる時こそ失敗するのって何でだろう
お腹がいっぱいになると、不思議なことに好奇心まで膨れ上がってしまうもので。
「ねえ魔王、どうせここまで来ちゃったんだから、もう少し城下町を見て回らない?」
満腹になったお腹を撫でながら、私は魔王を見やる。少し食べすぎたから動きたい。それが乙女心というやつだ。
「構わんが、いいのか? さっきまでハトリやキナコたちに怒られると喚いていたではないか」
「どうせ怒られるなら、楽しんだもの勝ちだと割り切ることにしたの。ね、ライカもそう思うでしょ?」
「ふわあ……ほえ、なにー? なにか言ったー?」
「あ、あれ? ライカってば、いつのまにか眠そうね」
傍らで丸くなって、ふわふわとあくびをするライカの顎を撫でる。猫のようにゴロゴロと喉を鳴らすことはないが、すり寄ってきてくれるのがかわいい。
「うー……ねむたぁい。ボクはお昼寝するから、その間二人で遊びに行ってていいよー」
「羨ましいくらいに自由ね」
「まだ子供だからな、仕方がない。ハウエル、ライカを頼む。一時間程で戻ってくる」
「わかったよ。気をつけてね」
行ってらっしゃい、と手を軽く振りながら見送ってくるハウエルさん。私も手を振り返しながら、再び魔王について行く。
そうだ、買いたいものがあったんだった。
「あのね。私、靴が欲しいのよ。この近くに靴屋さんってある? そんなに高いところじゃなくていいんだけど」
「靴? 心当たりならあるが、急にどうしたんだ?」
「今履いてる靴、キナコちゃんから借りたものなのよ。よく覚えてないんだけど、私、魔族領に来るまでの間に靴を失くしちゃったみたい。だから、自分の靴が欲しいなーって思って」
靴のサイズがキナコちゃんと同じだったので、今は彼女のお古を借りているのだと魔王に説明する。
牢屋で目覚めた時に裸足だったのは、履いていた靴をどこかで失くしてしまったからだった。
「そ、それは気が付かなかった。大切なものだったのか?」
「大切っていうか……お父様が誕生日にプレゼントしてくれたものだからね。まだ新しかったし、可愛かったから、それなりに気に入ってたんだけど」
こう言ってはなんだが、私は両親にとても可愛がられている自信がある。たった一人の姫だからだろう、愛情が私一人にこれでもか! と集中してしまっている。
誕生日はもちろん、乗馬が出来るようになった記念や、綺麗に刺繍が出来たご褒美。機会さえあればプレゼントを贈られる。靴やドレス、アクセサリーなどなど。靴だけでも何足あるか覚えていないくらいだ。
だからお気に入りとはいえ、今更靴が一足失くなったくらいで騒ぐこともないのだが。いつまでもキナコちゃんから借りるわけにもいかないので、自分の靴が欲しい。
……と、そういう理由で言ってみただけなのだが。
「うぐ……それは、すまなかった。どうにかして、探しておく」
「へ? 探すって」
「魔族領で作られたものならば、魔力を伝い探すことが出来るのだが……人族領のものとなると探しようがないな……いや、逆になんとかそれを手がかりにして探すか……」
ぶつぶつと考えを口から零しながら、歩調を速める魔王。まるで私の存在を忘れのかと思ってしまう程の速さで、私は小走りじゃないと追いつけないくらいだ。
「ちょ、ちょっと待って」
まさか、本気で靴を探してくれる気なのだろうか。息をするのが苦しくなってきた。思わず魔王の腕を掴んで、しがみつく。
それでやっと、魔王は足を止めた。彼の瞳に、私の姿が映り込む。
「む、どうした?」
「ど、どうしたじゃないわよ……ぜえ、はあ」
深呼吸を繰り返して、何とか呼吸を整える。
「あ、あのね……私は、靴が欲しいって言ったの。探して、じゃないの」
「しかし、失くした靴は父親からの贈り物だろう?」
「そうだけど、でも探すなんて無謀よ。あんた、私のお城までライカに乗ってきたんでしょ? それなら、失くしたのが人族領か魔族領かさえわからないじゃない」
「それは……確かに、そうなんだが――むぐぐっ⁉」
魔王がしつこく食い下がろうとするので、彼の前に立って両手で口を塞いでやった。むぐむぐ、と言葉をこもらせてようやく諦めたようだ。
私をさらって牢屋にぶちこむことまでしておいて、なんで靴一足にそこまでこだわるんだか。
「もういいのよ。靴なんて失くしても、死ぬようなものじゃないし。わかった?」
「ぶはっ! なんで口を塞ぐんだ、不敬だぞ!」
「あんたが変にこだわるからよ。で、わかったの?」
「……ああ、わかった。だがな姫、俺が言えた義理ではないが……家族からの贈り物は大事にしろ」
魔王がハエでも払うかのように手を振って、私から視線を逸らす。
そして、全く彼らしくないような弱々しい声で、溢れ落とすように言った。
「……家族との別れは、自分が想像している以上に突然で、悲しいものだからな」
「え……それ、どういう――」
「さて、では靴屋に行くぞ。丁度ここから近い場所に知り合いの店がある、そこに行こう。そうだ、ついでにこの辺りの区画のことを話しておくぞ」
強引に話を変える魔王に、私は疑念ごと言葉を飲み込むしかなかった。でも、確かに見逃さなかった。
彼が一瞬だけ、泣きそうな顔をしたことを。
「いいか、姫。この城下は大雑把に分けると三つの区画で構成されている。ここは新市街区、ここから少し南に行くと旧市街区、北にずっと行くと貴族街区だ。今後、お前の外出に関してはある程度自由にさせるつもりだが、旧市街区には行くな」
「どうして、ここから近いんでしょう?」
「あの辺りは今、区画整理の真っ最中なんだ。元々、旧市街区は古くからある区画でな。工事を進めている最中だから、行っても面白いものは何もない。まだ手付かずの場所もあるが、道や建物は古く倒壊する恐れもある」
「なるほどね、それなら仕方ないわ」
魔王が言うには、旧市街区はいずれ大規模な工事をする予定なのだとか。工事中ならそれはそれで面白そうだけど、危ないなら諦めよう。
忘れないように頭の中で整理していると、いつの間にか小さな靴屋さんの前まで来ていた。
こじんまりとした可愛らしいお店だ。ショーウィンドウに飾られた靴は数こそが少ないが、そのどれもが丁寧に作られている。
さらに、一番目を引くのは色鮮やかな刺繍だ。
「わあ、かわいい! この靴の刺繍、すっごく細かくて綺麗!」
「ここは靴屋だが、店主は刺繍の職人としても有名なんだ」
魔王に促され、お店の中へと入る。そこは靴がずらっと並んでいるようなお店ではなく、工房と呼ぶべき場所だった。
魔王と私に気づいたおばあさんが、ニコニコと朗らかな笑顔を向けてくる。背は低いが、体格はいい。ドワーフ族のようだ。
「いらっしゃいませ。あらまあ! お久しぶりですねぇ、魔王陛下。……おや、そちらの方は?」
「久しぶりだな、アラーナ。こちらはネモフィラ姫、人族領からさらってきた姫だ」
「よくしれっと言えるわね、あんた」
「それはそれは、はじめましてお姫さま。わたしはアラーナ、この店で店主をしております」
「アラーナ、姫に靴を一足こしらえてくれないか?」
「ええ、もちろん……と、言いたいのですが」
アラーナおばあさんが頬に手を当てて、困ったわと首を傾げる。
「すみません。実は刺繍糸をうっかり使い切ってしまっていて……来週まで入荷しないので、しばらく休業しようかと考えていたんです」
「え、そうなんですか。残念」
「どうにかならんのか?」
思わず肩を落としてしまう私に、魔王がアラーナおばあさんに問い掛ける。んー、と悩むおばあさんだったが、すぐに魔王を見てニコリと笑った。
「あ、でしたら陛下。昔のように魔力で刺繍糸を編んでくださいませんか? それならば、今週中には出来上がるかと」
「なんだ、それなら簡単だな。いいぞ。なんなら糸で倉庫をいっぱいにしてやろうか?」
「いえいえ、魔王陛下の魔力で編まれた糸ともなれば最高級品になりますもの。必要なのは一足分だけ、お代も要りませんわ」
「ちょ、ちょーっと待ってください! それはだめです! お金はちゃんと私が払います!」
慌てて会話を遮る。思わず聞き流してしまいそうだったが、魔王が自分の魔力で糸を編む!?
それがどういう代物になるのか想像出来ないが、最高級品だなんて言われたら無料でもらうわけにはいかない。
ただでさえ、さっき魔王にたまごサンドを奢ってもらったばかりなのだ。これ以上借りが出来たら、物語の執筆を断ることが難しくなる。
お財布を出そうと、私は焦ってポケットを探る。でも、そもそも今日は外出の予定などなかったのだからお財布なんて持ってきていない。そこで落ち着けばよかったのに、私は愚かなことにさらにミスを重ねてしまった。
指が引っかかって、お守りがポケットからこぼれ落ちる。
「あ、お守りが――」
コロコロと、出入り口のドアへと向かって転がっていくお守り。そのままお店の外へと出てしまい、丁度通りかかった人の靴にコツンと当たった。
その人がお守りを拾い上げて、私と目が合う。深くフードを被っているせいで、顔がよく見えない。
でも、どうやらまだ子供と呼べる年齢のように感じた。
「あの、それ」
私の、と言ったつもりだった。相手には聞こえなかったのかもしれない。でも、目が合ったのだから、返してくれると思っていた。
だから、考えもしなかった。
――その人が、私のお守りを握り締めたまま走り去ってしまうだなんて。
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